とにかくすなおな鹿島さん
とっきー
第1話 とにかくお友達になりたい
中学時代のクリスマス。
「童貞」という名の十字架を背負った俺は、当然のように野郎共とつるんで終わった。
街に出れば、至る所でリア充たちが甘い吐息を漏らしている。その光景が、凍てつく心に突き刺さる。
(羨ましい……。俺もあんな風に、誰かの体温を感じてえ……!)
そんな血の滲むような願望を抱き続けて、はや三年。
だからこそ、俺は誓った。
「高校生になったら、絶対に彼女を作る」と。
死に物狂いの受験勉強を経て、俺は超難関・
桜が舞い散る入学式から三ヶ月。俺は、かつてないほど戦略的に動いた。
まずは地盤固めだ。クラス全員の連絡先を確保し、光の速さでクラスLENEを作成。
持ち前の行動力で全員と知己を得て、放課後に遊びに行ける関係性を築き上げた。
気づけば、クラスのまとめ役……というか、なぜか「便利屋」か「精神的支柱」のようなポジション(支持率100%)にまで上り詰めていた。
舞台は整った。
盤石の布陣。完璧な地盤。
あとはこの広大な選択肢の中から、意中の相手に想いを告げるだけだ。
……だが。神様ってやつは、どうやら俺の努力を「コメディ」として処理しているらしい。
ある日の放課後。
「なあ。少し話があるんだ。この後、ちょっといいか?」
「あ、ごめん! これからバイトなんだ。また今度ね!」
またある日の休み時間。
「ちょっと相談したいことがあるんだけど――」
「あ……ごめん。私、実は他校に彼氏いるんだよね」
さらに、挙句の果てには。
「おい、たまにはパーっと遊びに行こうぜ!」
「すまん。俺、部活の自主練。……お前、なんか必死すぎて怖いぞ?」
女子どころか、親友の野郎にまで拒否権を発動される始末。
(いや、みんなただ本当に用事があるだけなのは分かってる。分かってるんだけど……!)
「はぁ……」
重い溜息と一緒に、俺は机に突っ伏した。ひんやりとした木の感触が、火照った頭を冷やしてくれる。
誰とでも喋れる。誰とでも繋がれる。
なのに、たった一人の「特別な誰か」に繋がるための最短ルートだけが、どうしても見つからない。
タイミングという名の魔物に、俺の初恋は今日も阻まれている。
「はぁ……。さて、これからどうしたものか……」
突っ伏した机の冷たさが、今の俺の境遇を象徴しているようだった。
クラス全員と繋がり、支持を得て、完璧なカーストを築き上げたはずなのに。俺の隣には、春を分かち合う相手だけがいない。
その時だった。
「……ねえ」
不意に、鼻腔をくすぐるものがあった。
放課後の埃っぽい教室の匂いを塗り替える、瑞々しく、ほのかなシャンプーの香り。
冬の気配が残る窓際で、俺の心にだけ、唐突に「初恋」という名の春風が吹き抜けた。
ガタッ、と椅子を鳴らして顔を上げる。
視界のすぐ先に立っていたのは、一人の女子だった。
彼女は――クラスという巨大なパズルのなかで、俺がどうしても最後のピースをはめられずにいた相手。
連絡先は交換した。挨拶もした。
けれど、他の連中のように「こいつはこういう奴だ」という確信が持てない。
掴みどころがなく、俺が作り上げた『完璧な人間関係の地図』において、唯一白く塗りつぶされたままの「残り1%」の領域。
「そんなところで、なにしてるの?」
少しだけ首を傾げて、彼女が俺を覗き込んでいた。
その瞳と目が合った瞬間、俺のなかでカチリ、と何かが音を立てた。
「っ……!? な、ななな、何って、別に! ちょっと机の寝心地を確かめてただけだ!」
バネが弾けたような勢いで顔を上げ、俺はあからさまに視線を泳がせた。
あまりの至近距離に、思考回路がショートした結果だ。
対する彼女は、俺の予想外の剣幕に少し驚いた表情を見せた後、ポッと頬を染めて、気まずそうに視線を逸らしてしまった。
――やってしまった。
何が完璧な地盤だ。何が支持率100%だ。
これじゃただの「キレ気味に起きた不審者」じゃないか!
(まずい、このままじゃ気まずさがマッハで加速して、クラスでの居場所すら失う……!)
焦燥感に突き動かされ、俺は失言を塗りつぶそうと必死に口を開いた。
「も、もしよければ――っ」
「このあと一緒に、どっか行かない!?」
二人の声が、一言一句違わぬタイミングで重なった。
「…………っ!」
彼女は一瞬で、顔全体を鮮やかな朱色に染め上げた。
左手で口元を覆い、もはや顔を向けることすらできなくなっている。
対する俺は、脳内で絶叫していた。
(やばいやばいやばい! 相手の誘いに被せるとか、マナー違反どころの騒ぎじゃねえぞ! 相手の話を折って、自分の要求をぶち撒けるなんて……俺は、俺はなんて独りよがりなモンスターなんだぁぁぁっ!!)
中学時代、暗い部屋の片隅で「リア充になりてえ」と願っていた陰キャの魂が、今の醜態を見て泣いている。
積み上げてきた努力が、音を立てて白い灰へと変わっていく気がした。
あしたのジョーならぬ、今日の俺は真っ白だ。
「…………よ」
「え?」
灰になりかけた意識の中で、微かな声が届いた。
消沈しすぎて聞き取れず、首を傾げる。
彼女は、自分の想いが伝わっていないことを悟ったのか、口を覆う左手にぎゅっと力を込めた。その指先が、小さく、小刻みに震えている。
「……いい、よ。……行こう?」
(……は?)
予想外の肯定。いや、これは奇跡か。
鼓動がうるさくて一瞬耳にノイズが走ったが、俺はプロの意地で平静を装い、なんとかリカバリーを試みた。
「あ、ああ! じゃあ放課後、最寄り駅のカフェに行こう!」
なんとか助かった……のか?
自分でもよくわからないまま、俺はとりあえず「クラスの人気者」としてのテンプレート的な微笑みを張り付けた。
彼女はゆっくりと口元を覆っていた左手を下ろし、顔をこちらへ向けた。
視線はまだ気恥ずかしそうに泳いでいるが、その頬の赤みが、何よりも雄弁に彼女の鼓動を物語っている。
「……名前」
「え?」
名前?
不意の言葉に、俺の回転の速すぎる脳が珍しく空転した。
クラスLENEも作り、名簿も把握している俺にとって、彼女の名前はとうに知っている「データ」の一つだ。だが、彼女が求めているのは、そういうシステム上の情報の話ではない。
「……あ、ああ。俺は、
改めて口にすると、自分の名前が妙に余所余所しく感じられて、背中が痒くなる。
「ふふっ……」
その時、彼女の口元から、春の雪解けのような小さな笑い声が漏れた。
俺の緊張が伝わったのか、彼女はどこか楽しげに、そして大切そうに俺のフルネームを繰り返す。
「そう? 私は、
向けられたのは、一点の曇りもない、にっこりとした「
これまで何十人もの女子と愛想良く接してきた。笑顔の作り方も、向けられ方も知り尽くしていたはずだった。
なのに。
彼女の放ったその
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