最強請負人の随伴監査員
人藤 左
請負人ベータ
パシフィスの二人
やってしまった。
完全にやらかした。
クロエ・ベルディクトは後悔などしていない。それでも、『受付職の任を解き、請負人監査を命ずる』などという事実上の左遷を受けたとあれば、内省もするし気分も落ち込むというものだ。
請負人というのは、この街の荒事を一手に引き受ける超人たちだ。その隣に立ちその働きを間近で見聞きして、無事でいられる保証はない。
「はぁ…………」
自然、ため息も溢れる。
……厄介な請負人が、同じく受付をやっていた友人を攫ってまで規定外の報酬を要求してきた。態度はともかく実力だけはあった彼らに、ギルドは静観の態度を取った――まさか、話し合えばわかるはず、と。そんなはずないのに。
……気付いたときには、一人でギルドの根城に乗り込んでいた。頬にアザをつくり、いま正に衣服を剥ぎ取られようとしている現場に出会したクロエは、極めて冷静に請負人たちを制圧した。
一連の責任全てを負う形での左遷、ということだ。
否が応にも丸くなっていく背中に波風を受けながら、クロエは以後しばらく随伴することになる請負人の待つ酒場へと向かった。
◆◆◆
酒気と活気の渦巻く街酒場・バッカス。柔らかな彩光と木の調度が上品な店の片隅に、クロエの随く請負人はいるという。
いわく、この港街パシフィスに巣食う巨悪をたった一人で壊滅させた凄腕請負人だという。
いわく、素行の悪さゆえにギルド本部から出禁を言い渡されており、依頼は全てその請負人と直接交渉しなければならないという。
いわく、前任の随伴監査員はいまも療養中だとか。
いわく、人でなし――だとか。
(イヤすぎる……)
この期に及んで、クロエはいっそう肩を落とす。
その人柄であれば、なるほど、常に監査員を侍らせておく必要があるだろう。依頼の報酬の相場査定や、本当に依頼をこなしているかの確認、その他諸々……正真正銘の左遷といって差し支えない。
絶対にギルドの受付に返り咲くぞ。実績を積んで、信頼を重ねて、煌びやかな世界に戻るぞ――クロエは意を決し、くだんの請負人を探す。
屈強な有名人、細身のカリスマ、名の通ったパーティ、女の子、漁師らしき男たち……。
(誰だろう…………)
消去法で漁師か少女だろう。ギルドの受付で交流のあった前者三組は、気まずそうにクロエから視線を逸らしている。
キョロキョロと目線を泳がせていると、漁師たちと目が合った。男たちは女性に免疫がないのか、酒で赤らんだ顔をさらに紅潮させ、ジョッキを煽って誤魔化した。
「………………」
まさかとは思い、少女の方を見やる。
彼女は、クロエに気付くなり、天真爛漫な笑顔を浮かべ小さく手を振った。
(……イヤすぎる)
出禁を喰らった人でなしの凄腕請負人――それが自分よりも幼そうな少女というのは、どう勘定しても厄ネタだろう。
しかし、これは必要なステップだ。クロエは二つ縛りの毛先を確認し、ギルド制服である濃紺のブレザーの着こなしを検めると、意を決して少女のテーブルへと向かった。
「はじめまして、監査員のクロエ・ベルディクトです」
「どうも、はじめまして。わたしは――」
「――私、あなたのこと踏み台だと思ってますから」
少女のあいさつを遮って、クロエはそう宣言した。
クロエなりの防衛行動だろう。こんな地雷案件、深く関わり合うべきではない。名前を聞けば情が移る。さっさと手柄を立てて、受付に戻るのだ。
「……わたしはベータ。よろしくね」
「………………」
名前を聞いてしまった。自然、その容姿にも目がいく。
可愛らしい、というのが第一印象だ。次に銀髪。左の方はフェイスラインに沿うように三つ編みがされている。右の方は飾り気のないバレッタで耳を大きく晒しており、全体的に顔の良さを自覚しているような構成だ。顔といえば、その瞳はパシフィスの水面を思わせる淡い水色をしており、クロエは店から少し遠い潮騒を思い出す。
細い首、細い肩、細い体に細い手足。胸は少しあるが、華奢な体つきをしている。かといって痩せぎすということもなく、むしろ請負人らしくしっかりとした安心感すらある肉付きだった。
総じて――
(……可愛い…………)
こうなるから、初手で暴言をかましたのだ。
「クロエちゃん、どうしたの?」
「あぁ、いえ、なにも。席、失礼します」
「どうぞどうぞ」
クロエが腰を下ろすと、暗殺者めいてウェイターが注文を取りにきた。グレープフルーツジュースを注文する。
「……改めまして、監査員のクロエ・ベルディクトです。今回、前任のレスト・キューに代わり、あなたの専属となります」
「迷惑かけるね。よろしく、クロエちゃん」
「クロエで結構です」
ベータの握手を断り、クロエは続けた。
「踏み台って言ったけど、受付に戻るため?」
「悪いですか?」
「いいことだと思うよ。ちなみに、なんで?」
「可愛いじゃないですか、受付って。――それで、レストからの引き継ぎですが、今日の午後から依頼が一件あるそうですね。同行させていただきます」
「最高じゃん、可愛いって。…………同行? キューちゃんはわたしの代わりにここに座ってたけど……」
「は?」
「え?」
頭を抱えるクロエ。サーブされたジュースからストローを引き抜いて一気に飲み干し、背を向けたばかりのウェイターにおかわりを要求する。
「レスト、依頼に着いていってなかったんですか?」
「え、まずかった?」
「監査ですよ、監査。請負人がちゃんとやってるか、依頼の内容と報酬は適正か、案件から波及する問題はないか! そんなの、一緒に行かないとわからないじゃないですか」
「それもそうだね」
うーん、と唸るベータ。
「ごめんなさい♪」
「ベータさんは悪くありません。……くっそ、報告書書かなきゃ…………」
「女の子がそんな眉間にシワ寄せないの。ほらほら、リラックスリラックス。深呼吸して」
「すー、はー……すー、はー……」
「落ち着いた?」
「静かな怒りが燻ってます」
「じゃあそれも踏み台にしちゃおう」
「はい」
…………。
「それで、今回の依頼なんですか――」
バッグから取り出した資料を読み上げるクロエ。
――路地裏に屯している不良魔術師への対応。中型漁船解体の手伝い。どちらも割りのいい依頼とはいえないものだ。
「解体の方は船が帰ってきてからだから、先に不良くんたちの方だね。行こっか」
◆◆◆
港街パシフィスは、大波を警戒した街並み作りをしている。
潮風に強い石造りの景観もそうだが、特に顕著なのは坂道と無駄に入り組んだ道だろう。それぞれ水位上昇対策と、建物を衝波材とする役割を持つ。
特に道の複雑化は治安悪化の要因ともなっており、ひたすらに見通しの悪いパシフィスでは、そこかしこの建物の影で大小様々なトラブルが発生している。
その中でも不良魔術の屯ろは大きな問題となっており、この対策は半ば公共事業となりつつあった。
「きみたち、ちょっといいかな」
今回ベータが受けた依頼も、そういった地味ながら無視できないものである。
「なんスか」
リーダー格らしき短髪の少年が一歩出た。
「最近人攫いが多いから、気をつけてねって話をしにきたんだ」
「人攫い?」
(ベータさん⁉︎)
「あんまり暗いところにいると、悪い大人に悪いことされちゃうからね、一応」
「ハッ。大人がなんだ、おれたちゃ泣く子も黙るブラックサンダーズだぜ」
短髪が名乗りを上げると、うぞうぞとしていた少年たちも整列する。全部で八人、子供の集まりにしては大所帯だ。
「お嬢さんたち、ギルドの請負人だろ? ラッキーだ。請負人をやったとなりゃ、おれたちブラックサンダーズの名も上がるってもんだぜ」
ヘラヘラと笑いながら、ブラックサンダーズは魔力を迸らせた。
四人が魔力タンク役、二人が変換術式の杖持ち、一人が砲台役となり、リーダーが前に立って指示する陣形……大掛かりな編成だけあって、蓄積されている電気だけでもベータとクロエの毛先を逆立てるほどだ。
(ブラックサンダーズ! パシフィスから討伐依頼の出ているギャングチーム、依頼評価Cの厄介者! こんなの、不良魔術師の対応で扱っていい案件じゃない!)
被害者数二十弱……いずれも軽傷だが……は、路地裏にしてはそれなりだ。ギルドから正式に戦闘を得意とする請負人を派遣する必要がある評価値である。
クロエは前任者のキューのいい加減さに憤りながら、ベータの手を引いた。
「退がりましょう、ベータさん! 気軽に相手できる連中じゃないです!」
幸いなことに、多人数術式の欠点である発動までの所要時間は相応にかかるらしい。あるいはチャージも脅しとして機能していると考えれば抜群のチームワークと言えるが、それはそれ。一度撤退して仕切り直すべきだろう。
「請けたんだ、やるよ」
「ベータさん……⁉︎」
青白い雷光に照らされたベータの横顔は、喜悦に歪んでいた。
この絶体絶命のピンチを、むしろ待っていましたと言わんばかりに。
「ブラックサンダー・キャノン、発射用意――三!」
「っ、……」
ベータはどういうわけか一歩も動こうとしない。
「二!」
一刻の猶予もない。クロエは懐から杖を取り出す。
「一!」
思い出されるのは、つい先日のことだ。
あの日もこうして、知らんぷりをして目を背けていればよかったのに(うるさい!)魔術で事を解決しようとした。そのせいで監査員なんて仕事をさせられているのに、いま自分は(うるさい!)また同じように(やるしかないでしょう!)――
「――《
魔術戦の構えを見せたクロエとブラックサンダーズ。そこに、一筋の赤い鮮光が走った。
いかなる魔術か。ベータの指先から放たれた光は、まさにはち切れんばかりの雷電球を打ち抜き、四散させた。
「ぃ……?」
「え――?」
「こらこら、こんな街中でそんな大規模な魔術使ったら危ないでしょ」
まだ帯電している周囲にベータが赤い霧を撒くと、何事もなかったかのように電位が安定した。彼女を除く全員が、ベータがなにをしたのかいまだに理解できていない。
しかし、厳然たる事実として、この場にあってただ一人、ベータだけが規格外の魔術師ということだけは本能でわからされた。
「ブラックサンダーズのみんなは解散……って言いたいところだけど、ちょっと着いてきてくれる?」
「なに言ってんだ!」
「おい、やめろ……」
リーダーの制止で、ブラックサンダーズは完全に沈黙した。メンバーの安全を預かる責任は、幼いながら備わっているようだった。
◆◆◆
ベータに案内されて着いたのは、廃船置き場だった。
「こんにちはー、ベータでーす!」
朽ちて野晒しになった漁船だが、その雄大さは大きく損なわれていない。ブラックサンダーズは解体を待つ威容を見上げ、みな感嘆の声を上げる。
「おぉ、ベータちゃん。いらっしゃい。そっちのは?」
船の影から出てきたのは、耐水性のオーバーオールを着た屈強な中年男性だった。その強面に似合わず、ベータに向ける笑顔は柔和そのものである。
「こっちの子は新しい監査員ちゃん。で、こっちの若いのは仲良し八人組。どう? レーヴさんの役に立つと思って連れてきたんだけど」
「おう。若さとやる気は宝だからな、大切にさせてもらうよ」
砂浜より白い歯を覗かせて、レーヴはその大きな手でブラックサンダーズ一人一人の肩を叩いた。
「お前ら、街の半グレだろ? ウチに来い。仕事もやる、その分の金も、そのための寝床も用意してやる。どうだ」
「どう、って……」
「ちょっと待ってください!」
レーヴの強引な勧誘に尻込みするブラックサンダーズ。そこにクロエが割って入った。
「この人たちは不良魔術師なんですよ? まともに仕事するわけありません。このままギルドに引き渡して、二度と悪さできないように――」
「お嬢ちゃん、ギルドの人かい?」
「はい。クロエ・ベルディクトです」
「俺はいま船の整備の仕事で忙しいんだ。ギルドに連れてかれて再起不能になるくらいなら、ウチで雇わせちゃくれないか」
「ダメです。そもそもこんな奴ら、絶対真面目に仕事なんかしません」
「そんなの俺の教え方次第じゃねぇか。それに、ベータちゃんが連れてきたんだ。見込みありってことだろ」
話を振られたベータは、いつもの貼り付けたような笑顔を浮かべた。
「そういうことだ。おい、若いの! やる気があるやつは着いてこい、早速働いてもらうぞ」
レーヴの号令に、ブラックサンダーズは躊躇いもせず続いた。
話の落とし所を一人見いだせなかったクロエは、言葉も見つけられないまま、廃船置き場に背を向けるのだった。
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