思いやりに触れてしまった無感情な一日
- ★★★ Excellent!!!
読み終えてまず強く残ったのは、静かで冷たい空気が最後まで途切れない作品だという印象です。感情を大きく揺さぶる出来事が描かれているのに、語り手自身は終始淡々としていて、その温度差が逆に読者の胸に重くのしかかってきました。
「鏡がない朝」という設定はとても象徴的で、自分自身と向き合うことを避け続けてきた主人公の生き方を端的に表していると思います。鏡を見ないことで外見だけでなく、内面からも目を背けてきた彼が、最後に割れた鏡の破片を手に取る場面は、この物語の核心でした。完全に向き合えたわけではないけれど、もう無視することもできなくなった、その曖昧な地点に立たされた感じがとてもリアルです。
母親の存在も印象的でした。生前は「鬱陶しい」と感じていた言葉が、死後になって日記という形で現れ、主人公の中に静かな波紋を残す。その言葉は救いにも呪いにもなりきらず、ただ残り続けるだけで、「人を思いやる」とは何なのかを突きつけてきます。主人公が最後まで明確な答えにたどり着かない点も、この作品の誠実さだと感じました。
白いガーベラも美しいモチーフでした。きれいだとも懐かしいとも思えないのに、視線が離れない。感情が芽生えたとは言えないけれど、完全な無感情でもいられなくなっている。その微妙な変化が、派手な成長よりもずっと人間らしく感じられました。
全体としてこの小説は、「変われたかどうか」よりも、変わろうとした痕跡が確かに残った一日を描いている作品だと思います。救いははっきりと描かれませんが、その分、読後に静かな余韻が残り、「人を思うこと」について考えさせられる、深くて印象的な物語でした。