名乗り上げろヒーロー

@Ganonnn

名乗り上げろヒーロー

 ヒーローというは、いつも画面の中にしか存在しない。なぜなら、私が何一つ困っていないからだ。

 設定したはずのアラームが鳴らなかったのもチャリンコの前輪がねずみの肺なのも日常の一つだし、この田舎が酷く面白みに欠けるのもまた日常だ。


 スラックスのぽっけから残量僅かなスマホが現れ、現在時刻を示す。授業開始まで五分もない。敵陣に向かって駆けていた鉄の馬は、尖った小石に躓いてから意気消沈しているし、私が今歩いている商店街を越えた先の田んぼ道には日陰などなく、約四百メートルの熱帯地が広がっている。

 まあこの商店街には左右の店をつなぐアーケードがないからもう地獄の沙汰なのは変わらない。


 家具屋のウィンドウでちびっ子たちが戦隊モノを観ている。彼らはまだ知らないだろう。いつの日か己の体力が夏に負けることを。

 通りがけに小さな群衆の頭上からディスプレイを覗き込めば、ちょうどヒーローが仮面とマントを携え怪人と対峙しているシーンであった。皆画面に釘付けのようで好き勝手にヒーローへの声援と怪人への罵倒を繰り返している。悩みなんて一つもなさそうだ。


 さて、素直に通り過ぎればよかったが、少年の頃の好奇心か人を狂わせる熱気のせいか、ふと足を止めた。


 なぜかアラームは鳴らず、なぜかタイヤはパンクしている。もはやその不運に付き合うのは、熱帯のコンクリートに打ち水をするほどバカらしい。一時、これからを忘れて小学生とともにヒーロー観戦をするのも一興だ。と思ったのだ。


 ヒーローはもう少しでトドメという場面。必殺技を放つべく色々な電子音を鳴らしている。電子音が佳境に入り、あと数秒で爆発音が聞こえてくるだろうという時、途端にスクリーンが役目を終えた。


「ねえおじさんテレビ消えたんだけど」

 と短パンの少年が口を開いた時だった。突如、そこにあるはずのない雲から雷がまっすぐ家具屋へ降りた。轟きと閃光により静寂と闇が訪れ、辺りが静止する。



 五感が正常に戻った頃、目を開くと驚くべき人物がいた。ディスプレイの手前にはもうちびっ子たちは逃げていったのかもう姿はなかった。代わりに、ディスプレイの中にいたはずのタコ頭の怪人が辺りを見回していたのだ。


「ここはどこだ!?」

 奴め何をした!?と、顎にあるタコの足のようなものを振り回している。現実とは程遠い存在に口をポカンしていると奴の目線は私に止まった。


「まさか、お前なのか」

「へ」と思わずマヌケな息が漏れる。

「お前がこの俺様をこんな辺鄙な田舎に飛ばしたのか!?」


 辺鄙なことは同意する。しかしそれ以外は誤っているぞ。と否定するより先にタコ頭は二本の脚を前に出した。そして、十メートルの距離を加速的にゼロへと向かわせた。

 悍ましい化け物に殺されると思い、反射的に目を瞑ってしまう。


 しかし、そんな非現実な考えは同じく非現実が蹴散らした。「キッーク!」と高らかに叫びながら赤色の戦士が飛んできたのだ。


「あなたは……!」


 真っ赤なマントを翻し、マスクの隙間から白い歯がニヤリと光っている。

 今度はディスプレイの中のヒーローが私を助けるために現れたのだ。タコ頭はその強烈なキックに吹っ飛ばされ見るも無惨な姿になっていた。


「なんとか間に合ったな。君、大丈夫か怪我はないか?」

「ええなんとか……」


 非現実だが人間なだけで十二分に受け入れられる。


「それはよかった。いやしかし、僕が時速100キロまで出せるから間に合ったが、危ないところだったぞ。なぜすぐに助けを呼ばなかった」

「いやだって、それは、……それは、」

 なぜだか、その質問に答えられなかった。別に助けを呼ばなかった理由なんて「声が出なかった」それだけだ。けど何かもう一つの理由があったような気がする。どの引き出しにしまったのか忘れてしまったような感覚だ。口を噤んでいると、ヒーローは痺れを切らした。


「君に覚えておいてほしい。我々ヒーローをヒーローたらしめるのは、君たちの声なんだ」


 そう言われて、ようやく私は思い出した。昨日、母に「起きてこなかったら起こしてほしい」と言わなかったことを。朝、「車で送って欲しい」と言わなかったことを。そうしたあらゆる頼みをいつからか言えなくなっていたことを。


「助けを呼ぶことを怖がらないでほしい。大丈夫だ。助けられたら「ありがとう」と一言言えばいいだけだ」


 いつからか、「ありがとう」と感謝しても私の「ありがとう」は私がかけた迷惑と釣り合わないと思っていた。だからいつしか、頼ることが怖くなった。嫌われるかもしれないと思った。

 けれど、それは違ったのかもしれない。


「さて、あのタコ型怪人ジュウニシシを回収して、私は行くとするよ」


 伸びているタコ頭を肩に乗せて、たぶん時速100キロくらいで太陽の方角に向かっていった。



 超常体験をした所で、公欠になるわけでもないので、私は学校に行かなくてはならない。とっくのとうに授業は始まっているだろう。遅刻したことを怒られるし、今さっき起きたことを説明しても理解してもらえないだろうし、とっても億劫だ。

 その後は、気まずさを感じながら席について授業に受けなくてはならないし、教科書何ページの話をしているのか、きっと、さっぱり分からないだろう。


 けど、これまでの私と今の私はちょっとばかり違う。隣の席の奴に今何ページを開いているかを聞けばいい。そしてこう言ってやればいいだけだ。

「ありがとうヒーロー」


 赤色の戦士が商店街を出ていきいつしか見えなくなった頃、私は学校を目指して二本の脚を進めた。商店街の先の灼熱の田んぼ道を愛馬とともに慌てずに進んで行く。


 「おーい」


 しばらくして声が聞こえた。声に振り返れば赤いマントとマスクがタコ頭を担いで現れた。時速100キロを遺憾なく発揮して、目の前に立ちふさがった。ほんの少しだけ息を乱しながらこちらの瞳を見据える。


「なあ君、どうすれば元の世界に帰れる?」


 流石ヒーローだ。誰かを頼るということを自ら実践してくれている。だけど、

 「すみませんヒーロー、まったく分かんないです」


 とりあえず、家具屋に戻ることにした。時速2キロくらいで。

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