鬼退治の後:小牧・長久手の戦いに天海=明智光秀参戦!徳川軍の東濃侵攻作戦
真名千
第一段階:妻木家調略
1584年5月 尾張国 清須城
「
本多正信が主君の徳川家康に報告した。
「うむ」
家康は短く「大儀」もつかない一言で応じた。これが外様の嫡男があげた成果なら手を取って褒めちぎるところだが、謀臣の本多正信に対しては「できて当然」という態度を示すことが信頼の証になる。一度、徳川家から出奔して帰参したばかりの男なので、他の家臣の手前冷遇しているように見えたほうが都合が良いこともあった。
「あの坊主は役に立ったか?」
「は。妻木に関してはあの者に任せきりで。おかげで我らは木曽(義昌)の手当てに専念できもうした」
「奇貨よのう……」
家康は
彼は当初もっと長く雌伏するつもりであったが――具体的には24年ほど――小牧・長久手の戦いで家康が秀吉の大軍相手に苦戦することを予期し、自分を売り込む好機と考えをあらためた。
そして開戦の直前に僧形となって徳川家に接触してきたのだった。
十二万石を超える東濃一円を支配する森家。その傘下にある妻木家――妻木城の存在は三河から美濃東部に抜ける回廊において大きな障壁となっていた。
この妻木氏と明智光秀の縁は非常に深い。光秀の正妻が妻木氏の出であったし、妻木氏に領主が入れ替わる前は、土岐明智氏が妻木を長らく治めていた。
その関係で妻木氏が味方につかぬのなら、その領内で反乱を扇動することも可能であった。少なくともそう妻木氏に信じさせることに光秀は成功した。彼は硬軟両様の交渉術で秀吉方の森氏にしたがう妻木氏を揺さぶり、味方に引き込んだのであった。
現在の妻木家嫡流が織田信長の都合と圧力で付け替えられたため、安定性に欠けていたことも光秀の調略には有利に働いた。謀殺した相手に助けられるとは皮肉な話だが、光秀が味方した側が勝利した方が織田家の勢力が残りそうなことが更に皮肉であった。
先月に生起した長久手の戦いで鬼武蔵と恐れられた森家の当主、森長可が討ち死にしており、妻木城より東の明知城や苗木城が遠山一族によって森氏から奪還されている状況も、家康に味方していた。
もっとも家康――と織田信雄――の有利に展開しているのは、ごく狭い範囲であって北陸や伊勢では秀吉が優勢であった。
それだけに家康は東濃にテコ入れがしたい。
当主が討ち死にし、若年の森忠政に代わったばかりの森家を秀吉方から脱落させ、小牧山城と対する羽柴勢主力の糧道を東から圧迫する。あるいは北陸の佐々成政との連絡線を確保して、勇猛な佐々兵を主戦場に呼び込む。
北条からの援軍を引き出すためにも、こちらに勢いのあるところを見せねばならなかった。
「木曽義昌はもう良いのだな?」
「はっ。山村良勝なる者の先遣隊三百を送るとの由」
「本隊も、はよう送ってもらおうか。いや飛騨に向かわせるのも手か?」
木曽谷から東濃に出たら、すぐ北に転じて下呂方面を攻める。昔はそのようなルートでの戦いもあったという。まとまった兵をその経路で動かせるということだ。
本能寺の変のどさくさに紛れて飛騨を平定した三木自綱はいちおう味方である。木曽の援軍で三木氏に余裕ができれば北からも森領を攻められるかもしれない。
「まあ、まずは菅沼らを中馬街道で妻木城まで入れさせよ。高山、久々利と抜けば、森の金山城も風前の灯火よ」
「はたして、そう上手く行きますかな」
正信はふてぶてしく首を捻った。知恵が利きながらも三河武士らしい態度が濃厚であった。
「こやつめ……」
信濃南部で編成された菅沼隊七千は木曽義昌が敵対すれば、妻木城ではなく妻籠城を攻めていたかもしれない。
もし、正信や光秀の奔走で捻出された貴重な予備戦力が金山城を目指して北上すれば、西から羽柴勢が横槍を入れてくるであろう。
しかし、反対方向にあたる針路東側の安全は確保されつつある。後は小里城が落ちれば、妻木や遠山の援軍によって後方連絡線の維持は出来るのではないか。いや、なんとしてもやってもらわねばならぬ。
「ことを上手く運ぶのがお主らの役目であろう」
「なにぶん相手のありますことゆえ(御意に)」
思っていることと言っていることを逆にして謀臣は下がった。
「やれやれ……捻くれた
敵のほうが優しい。三河の狸はそんな気がしてきた。俗に「部下には敵より主君を恐れさせろ」というが、「主君に敵より部下を恐れさせる」組織が三河武士団なのであった。
関連地図がこちらの近況ノートにあります
鬼退治の後:小牧・長久手の戦いに天海=明智光秀参戦!徳川軍の東濃侵攻作戦 真名千 @sanasen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鬼退治の後:小牧・長久手の戦いに天海=明智光秀参戦!徳川軍の東濃侵攻作戦の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます