沈まぬ太陽の国で、僕は『夜』と『星空』を育てる農家になります。~光属性過多の異世界、闇属性(外れスキル)の俺だけが〝安眠〟を提供できる~

冬海 凛

第1話 太陽が沈まぬ国と、念願の追放処分

「――カイト・ユウナギ。貴様のような『闇』を抱く者は、我が神聖なる白夜びゃくや帝国に相応ふさわしくない」


 玉座の間。


 天井まで吹き抜けになったステンドグラスからは、暴力的なまでの陽光が降り注いでいた。


 直視すれば網膜が焼かれそうなほどの光の中、皇帝が私を見下ろして告げた。


「よって、貴様を帝国の西、光の届かぬ『常闇とこやみの谷』へ追放する。二度と太陽の下に戻れると思うな」


 周囲に控える大臣や近衛騎士たちが、あわれみの視線を向けてくる。


 彼らの目は一様に赤く充血し、目の下には濃いクマが刻まれていた。


 無理もない。


 この『白夜帝国ヘリオス』は、過去の英雄がかけた『永劫の昼』という魔法によって、24時間365日、太陽が沈まないのだから。


 国民は〝覚醒ポーション〟をガブ飲みし、眠気を殺して働き続けている。


 光こそ正義。

 活動こそ美徳。

 休息など、怠惰な悪だ――。


 そんな狂ったブラック国家において、光を遮る【闇属性】を持って生まれた私は、まさに国家反逆罪に等しい存在だった。


「……謹んで、お受けいたします」


 私は震える声で答えた。


 皇帝が鼻を鳴らす。


「ふん、絶望に震えておるか。だが、慈悲は無い。光に見放された惨めな人生を呪うがいい」


 違う。そうじゃない。


 私は今、必死で口角が吊り上がるのを我慢しているのだ。


(やった……! やったぞおおおおおおッ!!)


 心の中で、盛大なガッツポーズを決める。


 前世は日本の社畜。


 過労死して転生した先が、まさかの『眠れない世界』。地獄かと思った。生まれてから16年、アイマスクを三重にしてようやく仮眠をとるだけの日々。


 だが、それも今日で終わる。


 追放先は『常闇の谷』。光が届かない不毛の地。


 最高じゃないか。そこに行けば、この網膜を突き刺す白い光から解放されるのだ。


「直ちに出ていけ! この薄汚い闇堕ちが!」


 罵声を背に、私は足早に玉座の間を後にした。走りたい。スキップしたい。


 待っていろ、私の新天地。

 待っていろ、私の安眠パラダイス


 ***


 帝都から馬車で揺られること三日。国境を越え、峻険な山脈を抜けた先に、その谷はあった。


 両側を高い岩山に挟まれ、太陽の角度の関係で、一日中直射日光が差し込まない場所。植物は育たず、じめじめとした湿気が漂う、死地。


護送してきた兵士は「なんて気味の悪い場所だ」と吐き捨て、私を突き飛ばすと、逃げるように帰っていった。


 残されたのは私一人。岩肌に座り込み、私は大きく息を吸い込んだ。


「……涼しい」


 帝都のじりじりとした熱気がない。ひんやりとした空気が、火照った肌を優しく撫でていく。


 私は立ち上がり、両手を広げた。今こそ、隠し続けてきた私のユニークスキルを使う時だ。


「――【黄昏の庭師トワイライト・ガーデナー】、起動」


 足元の影が、水のように波紋を広げた。


 私の意思に応え、影が立体化し、ドーム状になって頭上を覆っていく。わずかに漏れ入っていた反射光すらも遮断され、完全な闇が訪れた。


 静寂。

 光がないだけで、世界はこれほどまでに静かなのか。


種蒔きシーディング・『星空』」


 指を鳴らす。


 闇のドームの内側に、無数の小さな光の粒が灯った。前世で見た、プラネタリウムのような優しい光。それは目を刺激せず、むしろ瞼を重くさせるような、淡い瞬きだった。


 私はここで、静寂を耕し、夜を育てていくのだ。


「寝具生成。『最高級低反発スライム・ベッド』」


 地面から湧き出した闇の魔力が、長方形に固まる。触れてみれば、マシュマロのように柔らかく、かつ体をしっかり支える弾力。その上に、空気を含んだ闇の糸で織った「影の毛布」を重ねる。


 準備は整った。

 私は靴を脱ぎ、そのベッドへと倒れ込んだ。


 ずぷん、と体が沈み込む。

 全身の力が抜け、骨の髄に溜まっていた泥のような疲労が、重力に従って溶け出していく感覚。


「あぁ……」


 自然と声が漏れた。眩しくない。暑くない。うるさくない。ただ、心地よい闇と、静寂があるだけ。


「……おやすみ、世界」


 誰にともなく呟いて、私は瞼を閉じた。


 意識が途切れるまで、恐らく十秒もかからなかっただろう。私は転生して初めて、本当の意味での眠りに落ちた。


 ――この時の私は、まだ知らない。


 この場所が後に、疲れ果てた帝国の人々が全財産を投げ打ってでも入りたがる、伝説の『星屑の農園』になることを。


 そして――私の最初の客が、すぐそこまで迫っていることを。


「……はぁ、はぁ……光が、消えた……?」


 谷の入り口で、ふらふらと歩く人影が一つ。


 帝国の聖女騎士団長、ルミナ・ソレイユが、充血した目でこちらの闇を睨みつけていた。

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