魔王の間にて

異端者

『魔王の間にて』本文

 魔王の間。

 ここで伝説の勇者と魔王の最後の戦いが行われようとしていた。

「ヒャッハー! 俺が勇者様だぜぇ!」

「よく来たな。勇者よ――」

 パァン!

 魔王の首から上が吹き飛んだ。ショットガンである。

 ちなみに伝説の聖剣は役に立たないので捨てた。


「ちょっと、これ! 何考えてるんですか!?」

「はぁ!? ファンタジーを書けと言われたので書いてやったんだ! 文句を言うな!」

「いや、これ明らかに勇者の言動じゃないですよね!? しかもショットガンって……」

「ああ、もう! 分かった分かった……書き直すから」


 魔王の間。

 ここで伝説の勇者と魔王の最後の戦いが行われようとしていた。

「よく来たな、勇者よ。私が魔王エレキバーンだ」

「あ……え~と、勇者のサブローです」

「それで、こちらを志望した動機ですが……」

「え? 動機……ですか?」


「いや、就職の面接ですよね!? これ! どうして魔王が勇者を面接してるんです!?」

「さっきよりは勇者らしい言動だろう?」

「確かに先程よりは丁寧ですが……そうでなくて、戦わせてください!」

「え? ……戦わなきゃ駄目?」

「駄目です!」


「魔王、覚悟しろおおおぉ!」

「来るがいい! 勇者よ!」

 勇者は聖剣をさやから抜こうとした……が、出てきたのは聖剣ではなく「仕込みショットガン」だった。

「おい!? 待て、なんだその武器は!?」

 パァン!

 魔王の首から上が吹き飛んだ。

「ケッ……つまんねえ仕事だったぜ。クサい演技までして……やっと終わって、せいせいすらあ」

 勇者は倒れ伏した魔王の亡骸なきがらを踏みにじりつばを吐いた。


「ちょ、ちょっとちょっとちょっと……!」

「はあ……まだなんか文句あるのか?」

「聖剣と見せかけて仕込みショットガンとか何!? というか、またショットガン!?」

「そりゃあ、剣より銃の方が強いからだよ」

「しかも、勇者の態度がさっきより明らかに悪くなってないですか!?」

「君、歴戦の勇者がそんなに礼儀正しいと思ってるのか!? 生きるか死ぬかの殺伐とした世界を生きてるんだぞ!?」

「そんなところで変なリアリティを発揮しないでください! ……良いですか、これはあくまでファンタジーなんです! 青少年が憧れる勇者で良いんです!」

「あ~もう、分かった分かった」


「sんjgぉgrz;のじsんz」

「gんjdふぉrほあおf」

 勇者は魔王に向かって剣を構えた。

 魔王は臨戦態勢を取った。

「kjgd;fpg:」

「fd;;zp:z!」

 勇者は魔王に突っ込んでいく。そして――


「いや、これなんですか!? セリフ読めないじゃないですか!?」

「だって、ファンタジー世界なら、言語も違うだろ? ファンタジーを強調しろと言ったじゃないか?」

「そこはほら……上手く誤魔化して日本語で……」

「そんなのだから、日本人は外国語にうといとか言われるんだ」

「あの、そういう問題じゃないでしょ!? そもそもこれ、あなたは読めるんですか?」

「もちろん。ちなみに最初は『待ちわびたぞ。勇者よ』だ」

「それ、あなたにしか読めませんよね……もっともう、万人に分かるようにしてください!」

「はいはい……あ~、ファンタジーって面倒だなぁ……」


 とうとう勇者の聖剣が魔王の胸を貫いた。

「フ……見事だ。だが、我を倒したところで終わりではないぞ」

「なんだと!? どういうことだ!?」

 魔王はそれに答えることもなく倒れ伏した。

 勇者は王国に帰還すると、戦勝会と称して睡眠薬入りの酒を飲まされ、気が付いたら牢獄の中だった。当然、聖剣等の装備は取り上げられている。

「おい! どういうことだ!? 私は魔王を倒した英雄ではないのか!?」

「もはや英雄様は不要なのですよ」

 鉄格子の向こうの影は答えた。

「今のあなたは王国一の英雄です。しかし、国王よりも人気の英雄など居てもらっては困るのです。しかも、魔王を倒すまでの戦士……野放しにするには危険すぎます」

 影は淡々と答えた。その声からは感情は読み取れない。

「つまり私は用済みだと!? そんな扱い、国民が黙っていないぞ!」

「今あなたの威信を地に落とすために、デマをばら撒いています。あなたは魔王討伐の名目で公金を使い込んだ『腐った勇者』と扱われるのは時間の問題です」

「そんな……私のしたことは……」

 勇者は言葉が続かなかった。

 数週間後、国民たちの罵声の中、勇者は公開処刑された。

 その首はさらされ、はえがたかり、カラスに目玉をえぐられた。


 王の間にて。

「はっは、これで使い込みを全て押し付けられた。力だけの馬鹿というのも、案外使い道があるものだな」

 王は丸々太った腹を揺らしながら言った。

「ええ、おっしゃる通り。今後は、復興の名目でさらにしぼり取れますしね」

 それを聞いていた大臣がそう言った。


「ストップ! ストーップ!」

「なんだ? 何か問題がまだあるのか?」

「大アリですよ! なんです!? この夢も希望もないお話は!?」

「個人で魔王を倒すという戦力を、野放しにしておくはずはないだろう? 用済みになったら始末するのが当然だろう?」

「確かにそうかもしれませんが、再度言いますが……読者が求めるのは夢のあるファンタジーです! 都合の良い展開で良いんです!」

「全く、文句の多い奴だなぁ……」


 とうとう勇者の聖剣が魔王の胸を貫いた。

「フ……見事だ。だが、我を倒したところで終わりではないぞ」

「なんだと!? どういうことだ!?」

 魔王はそれに答えることもなく倒れ伏した。

 その後、王国に帰還した勇者はその人気を活かして政治家として出馬した。

 圧倒的支持率により、当選。

 そして、勇者の立案により王政が廃止され民主主義国となった。

 圧政を敷いて国民を苦しめていた王族たちは、貧民街の片隅で物乞いする立場になった。

 しかし、勇者への今後の課題は多い。被災地への復興支援、格差社会の是正……勇者はそれまで以上に働くことになった。

 魔王の言った通り、あれでは全然終わりではなかったのだ。むしろ、魔王討伐など氷山の一角に過ぎなかったのだ。


「あのですね……この物語は、勇者が魔王を倒す物語では……」

「そうやって、都合が悪くなると外部に理由を求めるのは独裁国家ではよくあることだ。実際は内部に問題があるのに、馬鹿な国民は気付きさえしない」

「しかし、これは社会問題を扱ったものではなくエンターテイメントとして――」

「こうして、啓発けいはつすることこそ作家の役目でないのか?」

「そ、それは他の作家さんが……」

「君は私に低俗なジャンク作品だけを書かせたいのか? 馬鹿な作家は空っぽの話でも書いてろと?」

「いえ、決してそういう意味では……」

「ああもう、話を進めるからな」


 次々と問題を解決して、政治家として名をせていく勇者。

 日々民のために働き、その資金繰りに頭を悩ませる様子は真摯しんしな政治家であり、かつて剣を振るっていた頃の面影はなかった。

 しかし、隣国との領土争いで再び剣を手に取る。

 勇者は隣国との戦争に勝利して、多額の賠償金を得る。それは、どれだけ苦心しようが衰退の一途を辿っていた国には甘美な蜜であった。

 足りないなら、他国から奪えばいい――その味を占めた勇者とその側近は、侵略戦争に乗り出す。

 敵も味方も、次々と死んでいくが……それでも勇者は止まらない。国民すらも、もうやめてくれと幾度となくなげいたが、それは抑止力として機能しなかった。

 やがて国内で反戦をかかげる者は反逆者として絞首刑に処されるようになると、止めようとする者さえ居なくなった。

 そうして欲の権化ごんげと化した勇者には、かつての真摯さはなく、もはや王国自体が恐怖の対象となり下がった。

 そして、勇者はその独裁政権が永遠に続くようにと、高名な魔導士に不死の魔法をかけるように促した。

「しかし、人間ではなくなりますよ」

 魔導士は躊躇ためらいながら言った。

「構わぬ。我が統治が永遠に続くと思えば……」

 こうして、勇者は人間をやめた。

 その後も、勇者の野望は着々と進み、ついには王国全体が人ならざる者の住処すみかと化した。

 今日も勇者の指揮する部隊が、レールキャノンをぶっ放して城壁を突き崩し、チタン装甲に身を包んだ異形の兵士がそこから乗り込んでいく。レーザーガトリングガンの駆動音が鳴り響き、逃げ惑う人々の悲鳴をかき消していった。


 それから数十年後、「魔王」と呼ばれるようになった勇者に挑む者が一人。かつての勇者の偉業を聞かされて育ち、現在の勇者の堕落をうれう心優しき青年である。

 新たな「勇者」の冒険が始まろうとしていた。


「どうだ? 素晴らしいだろう?」

「…………」

「はっは、あまりの衝撃に声も出ないか?」

「…………ば」

「ん?」

「馬鹿野郎! こんな無茶苦茶なファンタジー、誰が読むか!? しかも、途中からレールキャノンとかSF兵器まで出して、何がしたいんだ!」

「わっ! 何を怒ってるんだ!? 最高の出来だろう?」

「読者が望んでいるのは『普通の』ファンタジーなんです! 勇者が地に堕ちて魔王になる展開なんて望んでいません!」

「ああっ、もう! うるさい! さっさとそれを持って行って本にしろ! それが君の役目だろう!」


「これ、SFじゃね?」

「いや、政治劇だろ?」

「これを帯で『王道ファンタジー』とか……頭、大丈夫か?」

「いや、この作者の担当編集者が『馬鹿野郎』って、本気で叫んだとか……」

「なんか、有名な先生の初のファンタジーだから売れるって、そこの編集長がそう書くようにごり押ししたらしいよ♪」

 その後、このファンタジー小説(自称)が大ヒットし、馬鹿野郎系、通称「ヤロウ系」という一大ジャンルができるのだが――。

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