屍の巫女姫
神谷モロ
屍の巫女姫
時は平安の世。
山間の村々を襲う、
それは人を喰らい、腹が満ちると気まぐれに呪いをまき散らした。
呪いにかかった人々は、まるで流行り病のように意識を失い寝込む。
そして死が訪れると、彼の眷属である意思なき人食い――
事態を重く見た朝廷は、剣の達人として知られる都の武士、
長い戦いの末、妖怪は討ち果たされた。
朝廷は
しかし、妖怪が死に際に吐き出した呪詛は、竜也に降りかかる。
『汝、我が血を浴びし者。
やがて我となり、永遠に血を欲すべし』
都の英雄となった
だが彼の体には、次第に異変が起こり始める。
最初は夜ごと悪夢にうなされる程度であった。
夢の中で、まだ
だが竜也は、やがて日中にも悪夢を見るようになる。
そしてついに、妻はおろか側仕えの者たちを皆殺しにしてしまった。
しかし
「うぬぬ、その方ら! 腰の刀は飾りでおじゃるか!
恐れ多くも帝の御前ぞ。我こそはと思う者はおらぬのか!」
「さよう、誰ぞ妖怪退治に名乗り出る者はおらぬか!
俸禄十万石はもとより、従三位を授けられる恩賞でおじゃるぞ!」
騒がしいのは公家の大臣ばかりで、武士団はいずれも沈黙を保っていた。
そのとき、誰かがぼそりと呟く。
「……
「……
「うむ。餅は餅屋。ここは
…………。
……。
こうして本人不在の御前会議にて白羽の矢が立ったのが、
当時、宮廷の星詠みとして名を馳せた陰陽師、
勅命とあらば、断ることはできない。
彼は最愛の妻亡き後、ただ肉欲のために、近隣の村々からうら若き乙女を生贄に差し出すよう要求していた。
だが彼は、もはや人ではない。
生贄にされた者は三日と経たずに殺されるか、あるいは自分の運命を呪い自害した。
「さて、いかがしたものか……」
それに対し、陰陽師は呪術をもって妖怪を退ける。
だが、刀剣の類は素人である
今回の敵は、まさに強大な妖力と達人の剣術をあやつる。
今まで
「……
そう言ったのは
名門貴族の娘であるが、流行り病により両親が他界。同時に一人だけ生き残った娘を気味悪がった親族は彼女を追放し、長らく放浪していたところを晴陀に引き取られた過去を持つ。
無表情ながらも整った顔立ちで、文武両道の彼女は、いつかご恩返しの機会を伺っていたのだ。
「しかし、
「ええ、それは知っております。しかし、剣の鍛錬は怠っておりません。
それに私は女ですから、
それはその通りであった。彼はまた次の生贄を欲していたのだから。
だが、
しかし、こうしている間にも犠牲者は増える。
今日とて、なんの罪もない村娘が一人、生贄にささげられたとの報告が都に届いたのだから。
苦渋の決断であった。
だが、すべては天下泰平のため。
…………。
……。
朝早く、身支度を済ませた静音は、都を出ようと関所まで歩いていた。
巫女装束をまとった彼女を遠くから眺める者はいても、声をかける者はいない。
それもそのはず――
だが、その時だった。
「お待ちなさいな!
声の主は
やや大げさで特徴的な話し方ではあるが、これでも名門公家のご令嬢である。
彼女は今日も、動きやすい壺装束を着ていた。
袴は足さばきのよい形に整えられ、袖も邪魔にならぬようまとめられている。
まるで旅立ちの装いだが、お転婆令嬢として知られる静花は、いつもこの格好だ。特に気になる者はいなかった。
「三条さん……いいんです。
「御恩? はっ! 女であるあなたが、それを背負う必要はないのだわ!
それこそ、口ばかりの武士や公家の連中に言っておやりなさいな!」
「三条さん……わたくしの身分では、とても……」
「ふん、だからよ。あたくしは言ってやったわ!
……まあ、そうしたら勘当されてしまいましたけど。
剣を握る女子など女子にあらず、ですって。清々しましたわ。これで心置きなく剣に励めるというものですわ」
「あの……三条さん。なにが言いたいのでしょうか」
「もう、鈍いわね。同じ女子でありながら、あたくしと互角に剣を交えられる好敵手に、勝手にいなくなられては困るのだわ!
それに、もう三条とは縁が切れております。あたくしのことは、静花と呼んでくださいまし!」
「はぁ……それでは静花さん。あまり長居をしていても任務に差し支えますので、ごきげんよう」
「もう! 剣はあんなに鋭いのに、本当に鈍いんだから!
あたくしも一緒に妖怪退治に行くって言ってるのよ!
いいこと? 勘違いしないでよね!
あたくしは、あたくしの剣術のため。そして臆病な武家や口ばかりの公家の男どもに、あっと言わせてやるのだわ。
そうよ、女二人で見事、あの大妖怪を退治してやりましょう!」
そう、三条静花は父親と大喧嘩をしたのだ。
女が剣など家の恥だとか、そろそろ縁談の話があるだとか。
ならばと、件の大妖怪を退治し、三条家はおろか天下に自分の武を認めさせてやる。
そう啖呵を切って、家出したのであった。
…………。
とある山村にて、宿を取る二人。
「それにしても、静かな村ですわね。しかも空き家がいっぱい。
ここだって、まるで最近まで人が住んでいたみたいですし……」
囲炉裏の火の面倒を見ながら、何気ない話をする静花。
だがすぐに、この村の置かれた状況を察したのか、声を落とす。
「……なるほど。道理で、この空き家を紹介してくれた村長さんの顔が暗かったのだわ」
「ええ、静花さん。
ここはつい先日、娘を生贄に捧げられたご夫婦が住んでいた家なのですが……。
娘を差し出され、すぐに心中したそうです」
静音は一度、言葉を切る。
「……それも、そのはずです。今回で二度目、いいえ、三度目でしたから。
一年前、長女を生贄にされ、すぐに長男は姉を取り戻すために
そして今度は、末娘が選ばれてしまったのですから」
「……そんな。
そんなことが起きているのに、都はまだ誰が行くのか行かないのかで揉めていたのね」
静花は唇を噛みしめる。
「ほんと、武家も公家も、どうしようもないわ。
それに……あんたのご主人様も大概ですわ。ほんと、男はだらしないったらないのだわ」
「いいえ」
静音は静かに首を振った。
「
今も、式神にて見守ってくださっています」
そう言って、静音は懐から、人型に折られた紙を取り出す。
「ふうん……でも、それってただの紙人形でしょう?
なんの役に立つのかしら?」
「はい。
この式神を通じて、封印術を施すのです」
「……なるほど」
「ですので、
「なるほど。
――あたくしたちは、剣で倒すのですわね」
「はい。
そうですね……静花さんと一緒なら、倒せるかもしれません」
「“一緒なら”って、あなた、最初は一人だったじゃない。
どうするつもりだったのかしら?」
「……はい。
最初は、寝屋に忍び込んで、一瞬の隙を突こうと思っておりました」
そう言うと、静音は髪飾りから小さな短刀を取り出す。
静花は、すぐに気付いた。
静音は嘘をついている――と。
仮に忍び込んで殺すのであれば、わざわざ髪飾りに武器を隠す必要はない。
つまりは、寝屋にて、情事の最中にことを成し遂げるつもりだったのだ。
「……ちょっと、どういうつもりですの?」
「はい。
いくら剣に覚えがあっても、女の私では勝ち目はないでしょう」
静音は淡々と続ける。
「しかし、女を使えば、勝ち目もあるかと。
実際、都の名の知れた武士たちですら、
誰も名乗り出る者がいないのです」
一息つき、静音は視線を落とした。
「そのおかげで恩賞は膨れ上がり、十万石はおろか、
従三位の官位まで約束されたと聞いております」
「……ふうん」
静花は鼻を鳴らす。
「それはつまり、男どもがだらしないだけじゃないかしら。
ちなみに、あたくしは都一の女傑よ。自称ではなくてよ?」
静音を横目で見やり、続ける。
「それに、あなたが本気で戦ったなら、
その地位も危ういかもしれないわ」
そして、静花はきっぱりと言った。
「だから……よ。
あたくしと組んで、正々堂々、剣で倒しましょう!」
「……正々堂々、ですか?
二対一なのですけど」
「う、うるさいですわ!
相手だって
実質、二対二ですわ!」
そう言って、静花は小指を差し出す。
「さあ、約束しなさい。指切りげんまんですわよ!」
だが静音は、その小指を見つめたまま、微動だにしなかった。
「……静花さん、いったい何を、ですか?」
「ですから。
女を武器にしないってこと。そんなことをしなくても、あなたは十分強いのですから」
「ああ……それでしたら、お約束します」
静音は一拍置き、静かに続けた。
「ですが、指切りだけは遠慮させてください。
我々、陰陽師の間では――指切り玄慢といって、解呪不可の最悪の呪術のひとつなのです」
静花の表情が、わずかに強ばる。
「喜びも、悲しみも。
いかなる事象も、強制的に分かち合う呪い。
それこそ、どちらかが死ぬまで、永遠に……」
静音は、淡々と告げる。
「……いいえ。死すらも分かち合いますから、
結局は二人同時に死ぬことになるのでしょう」
「え?」
静花は目を瞬かせた。
「……そ、そうなの?
それは、さすがに……遠慮しておくわ」
そして、照れ隠しのように笑う。
「小指は大事、ってことですわね!」
「……そういうことでは、ないのですが」
静音はわずかに困ったように微笑んだ。
「ですが……無駄話はこのあたりにして。
明日は早いですから、そろそろ休みましょう」
…………。
二人は、早朝、村を発った。
目的地は、村から少し離れた、
帝より賜った、かなり豪奢な屋敷だと聞く。
大きな庭園には池があり、松に桜、梅の木なども植えられており、
並の公家屋敷よりも、よほど立派だという。
「評判とは、ずいぶん違いますわね。
お庭番がいないのかしら? これでは、まるで妖怪屋敷ですわ……あらあら、実際に妖怪屋敷でしたわね」
「静花さん、ふざけるのもその辺にして。
そろそろ、真面目に行きましょう」
「失礼ですわね。あたくしは、ずっと真面目ですことよ。
この喋り方は生まれつきですの」
静花は肩をすくめ、門の方へと視線を向けた。
「それより……来ますわね。
あら、お庭番? でなければ……」
門から現れたのは、うつろな表情で、ふらふらとおぼつかない足取りの男たちだった。
「
やはり、食するのは女性で、男性は皆、呪いの犠牲になってしまうのですね」
「準備運動には、ちょうどよいお相手ですわ。
あたくし、女子供を斬る趣味は持ち合わせておりませんの!」
そう言うと、静花は背中に背負った大太刀を引き抜いた。
全身の筋肉と関節の動きを巧みに使い、長大な刃を軽々と構える。
ほぼ静花の身長と同じ長さの太刀。
長身の男でも扱いに難儀するそれを、静花は難なく振るう。
その様は、まるで大道芸でも見ているかのようだった。
「静音さん、ご存じでしたかしら?
あたくし、陰で“怪力鬼女”と呼ばれていたことを」
「ええ、存じております。
ちなみに私は“不愛想な巫女”、死人みたいだと……」
「まあ、なんてひどいのかしら。
そうですわね……どうせなら“屍の巫女姫”にしましょう。
我ながら、なかなか素敵ですわ」
静花は楽しげに笑う。
「少なくとも、怪力鬼女よりは可愛らしいですもの。
まあ……お互い、化け物には変わりませんけれど」
「ふふ……それも、妖怪退治にはふさわしい、ということでしょうか」
そう言って、静音は腰紐に下げていた二本の小太刀を抜き、静かに構えた。
「数は……ええと。ひー、ふー、みーの……十、かしら?」
「……いいえ、二十です。
静花さん、算術について、もう少し学ばれた方がよろしいかと」
「うるさいですわ!
あなたとあたくしで十ずつ、足したら二十。合っていますわ!」
「……はい。そういうことにしておきましょう」
「もっとも、今のあたくしに算術など不要。
――猪突猛進ですわ!」
静花は左手で柄を握り、大太刀を上段に構える。
突き出した右手は、刃の峰を支え、足を前後に開く。
わずかな間。
次の瞬間、静花は前へと飛び出した。
「三条流、奥義――鬼の牙!」
屍鬼の胸に、大太刀の切っ先が突き立つ。
勢いのまま、胴から上が引き裂かれ、後方へと吹き飛んだ。
斬るというより、叩き砕くに等しい一撃だった。
仮に流派を起こしたとしても、
これを受け継げる弟子など、現れはしないだろう。
「まずは一つですわ。
静音さん、ぼーっとしていないで、さっさと片づけますわよ!」
「ええ。……すっかり、見とれてしまいました」
そう言いながらも、静音は二本の小太刀で鍬を持つ屍鬼をいなし、
すれ違いざまに首を掻き切る。
「やはり、あたくしの目に狂いはなかったのだわ。
その二刀流、なんという流派なのかしら?」
静花は言葉を交わしながら、大太刀を薙ぎ払う。
同時に、屍鬼の首が宙を舞った。
「流派は存じておりません。
放浪の身だったころ、山奥の小さな村にお世話になったことがありまして、そのときに教えていただきました」
静音は、淡々と語りながら動く。
「しかし、その村も、とある妖怪の襲撃を受けました。
その際、
二本の小太刀が、鋏のように交差する。
そのままの勢いで、屍鬼の首が飛んだ。
「それ以来、私の命は、
静花は一瞬だけ、視線を向ける。
「……なるほど。
だから、あんな男のために命を捨てるつもりだった、というわけですのね」
「はい」
「でも、それも今日までですわ」
静花は大太刀を振り抜き、さらに一体を打ち倒す。
「これからは、あたくしたち二人でやりますのよ。
主従でも、人柱でもなく、戦友として」
「……はい」
静音は小さく、しかし確かにうなずいた。
二人の息は、ぴたりと合っていた。
あっという間に、地面に転がる首の数は二十。
「片付きましたね」
「ええ。準備運動も終わりましたわ」
静花は大太刀を肩に担ぎ、屋敷の奥を見据える。
「さあ、本番ですわよ」
…………。
中庭を抜ける。
聞いていた以上に広い屋敷だった。
そして、その男は、母屋の縁側に、一人で座っていた。
「ほう……先ほどの騒ぎの原因は、お前たちか。
都から来た武士かと思えば、どうやら違うようだな」
男は、愉快そうに口元を歪める。
「随分と血なまぐさい小娘が二人とは。
我が妻となるなら、それもよし。生贄となるのも、またよし。
……まあ、どちらにせよ、旨そうだ」
「
静花は、一歩踏み出す。
「我が名は三条静花。
――その首、もらい受けますわ!」
言い終わるや否や、距離を詰める。
上段から、大太刀を振り下ろした。
「ほう……前口上だけは立派だな。
だが、女の細腕で、この俺が斬れると思うなよ!」
竜也は縁側に立てかけてあった太刀を抜き、これを受け止める。
火花が散った。
「……今のを、受け止めますか」
「受け止めたとも。
だが女、なかなかやる。褒めてやろう。俺でなければ、やられていたぞ」
次の瞬間。
竜也の右足が、静花の腹部に叩き込まれた。
「――っ!」
蹴り飛ばされ、静花の身体が宙を舞う。
石畳に叩きつけられる寸前、
静音が滑り込み、かろうじて抱き留めた。
「静花さん、大丈夫ですか?」
「……ぐっ。
さすがに、一対一は無理みたいですわね」
静花は歯を食いしばり、すぐに立ち上がる。
「ごめんなさい、先走ってしまいましたわ。
でも、ここからが本番ですの」
大太刀を握り直し、視線を前へ。
「静音さん。
一気に叩き込みますわ。よろしくって?」
「はい。動きを、合わせます」
…………。
……。
一方、京の都。
「
「はい。封印の儀式は滞りなく。あとは宿主である
その瞬間に封印術を発動すれば、何とかなるはずです」
「ふむ、上々でおじゃる。しかし、おぬし、血も涙もないのう。実の娘のごとき女子を人柱にするとはのう……」
「……これも人々のため、世のためです。それに三条殿とて、かわいい愛娘をお供につかわしてくれたではありませんか。
おかげで勝ちも見えてきたのです」
「なに! 麻呂は聞いておらん! ……まさか静花! あの親不孝者め! 勘当じゃ! 金輪際、三条家はあやつのことなど知らぬ!」
…………。
……。
静花は、間を与えず踏み込んだ。
大太刀を振り下ろし、薙ぎ返す。重い刃が屋内を満たす。
対する竜也は太刀で受け流す。
その動きに無駄はなく、床を踏む音すら一定だった。
その背後を、静音の小太刀がかすめる。
一太刀は肩口を狙い、もう一太刀は足元へ。だが、いずれもかすり傷程度。
それでも竜也は、確実に動かされていた。
「そなたら、気に入った。女の身でよくぞここまでの武芸を身に着けたものだ。剣を収めて我が嫁となれ。
正室側室などと優劣はつけぬ。二人平等に、永遠に愛してやろうぞ!」
「あら、大胆な告白ですこと。でも、以前の竜也殿なら、お受けしたかもしれませんが……今のあなたには、何の魅力も感じませんわ」
「はい。あなたが愛したという女たちの末路、知らないものなどおりませんから。
竜也殿は、お忘れなのですか?」
一瞬、竜也の太刀筋に、わずかな狂いが生じた。
静花はそれを見逃さない。さらに圧をかける。
正面から、力で押す。
刃がぶつかり、硬い音が響いた。
一瞬、竜也の腕が沈み、太刀が遅れる。
その隙を、静音は見逃さなかった。小太刀が斬り込む。
手ごたえあり。致命傷とはいかずとも、たしかに傷を与えた。
だが、竜也は都一の剣豪。その覇気は衰えることはない。
攻撃の一瞬の隙を突き、竜也の太刀が閃く。
……。
天井に突き刺さる小太刀。
その柄には、握られた腕がぶら下がっていた。
「ちっ……! 油断しました」
「静音さん! 腕が! おのれ――!」
静花は怒り狂い、大太刀を両手で握り、竜也に渾身の一撃を浴びせる。
守りを捨てた、捨て身の突きだ。
同時に、竜也も太刀を真っ直ぐ突き出した。
刃が、互いの体を貫いた。
一瞬、時間が止まる。
「ごぼっ……! 静音さん……はやく……! とどめを……!」
失った片腕から血を流しながらも、静音は最後の力を振り絞る。
小太刀を竜也の首にあて、思い切り引き抜いた。
「竜也殿、ご苦労様でした。黄泉渡蟹の呪い、お引き受けします。
――
…………。
……。
「かしこみ申す。
境を犯す大妖、黄泉渡蟹。
穢れを離れ、黄泉へ還れ。
生と死の理により、ここに鎮まり奉られそうろう」
そのとき、儀式の祭壇が燃え上がる。
『ははは、愚かなり。我を制するなど不可能よ。
なぜならば、我の力の源は呪いよ。貴様ら人の業。
枯れることのない怨嗟の泉。
知っていたか?
人を呪わば穴二つ。そうとも、倍になるのだ。まさに我が世の春よ。
ふははは!』
「なんと……ここまで巨大な、神のごとき呪いの化身。
我々は見誤ったのか……いけません!」
「
「失敗しました。申し訳ありません。私は静音たちを探しに行きます。
もしかしたら、まだ生きている可能性も……」
「ならば、麻呂の馬を使いなされ! それと、そなた一人では危ない。供を遣わす」
「いいえ、三条殿。相手は呪いの化身です。
三条殿のお身内を、これ以上危険にさらすわけには……」
「それならば丁度よい者がおる。
三条家の当主でありながら、娘の気持ちを理解しない、とんだ愚かな男がのう……」
「三条殿……」
…………。
……。
「式神が……燃えていく……」
燃え盛る紙人形。どうやら封印術は失敗したと思われる。
そのとき、死んだはずの竜也から、怪しげな声が聞こえてきた。
『ふははは! 愚かなり。そんな呪術、呪いの神である我に通じると思ったか。
だが、お前らの努力は評価してやる。
さてと……代わりの体が必要だな。
かたわの娘か、穴あきの娘か。
こんなことなら、手加減をすべきであったな』
「そんな……これでは……すべて無駄に……。静花さん……ごめんなさい……」
「ごほっ……ごほっ……。そんなこと、ありませんわ。
あたくしは満足していますのよ……。精一杯、戦って生きたわ……。
だから、静音さん。あなたは逃げなさい。
呪いは、あたくしが引き受けてあげるわ。
……いつかまた、私を殺しに来てくださいまし……」
『ほほう、穴あきが我をご所望か。だが安心しろ。
その程度の傷ならば、我が呪いの力で直してやるとも。
ほれ、かたわの娘。お前はこの娘に感謝し、後悔しながら生きよ。
再び相まみえるころには、より旨くなりそうだ』
「ごほっ……。無駄口たたいてないで、さっさと呪うなりしなさいな。
あーあ……あんたと、これから何年付き合うことになるのかしら……。
あたくし、静音さんみたいに寡黙なお方が好みなのに」
『ふははは! それは悪かったな。
だが安心しろ。貴様の自我など、よくて一週間もたてば消えてなくなるさ。
まあ、小娘の無駄話に付き合うのも悪くはないがな。
そうだ……自我を残したまま、かたわの娘と斬り合う。それも見ものではあるな』
そのとき、静音に思い当たることがあった。
「静花さん……。今から、私の術に付き合ってもらえますか?
この先、未来永劫、私とお付き合いしてもらうことになりますが……」
「あら、静音さん。素敵ですわね。そんなの、願ったりかなったりだわ!」
「……ありがとうございます。では、片腕を貸してください」
静音は片方の腕で印を結ぶ。
静花も、それと対になるように印を結ぶ。
「最後に……小指を……指切り玄慢」
「うふふ、約束ですわよ。この先もずっと、二人で生きましょう……指、きった」
『貴様ら……なにを……。まさか、その呪いは!
やめろ! ばかが! それでは、おぬしらの自我がもたぬぞ!?』
「はい。ですから、お互いを励まし合いながら。
あなたが諦めるまで、封印し続けようと思います」
「そういうこと。
あたくしたちの友情は永遠だって、教えてあげますわ。
あなたこそ、あたくしたち相手に、いつまでもつかしら?
文字通り、嫐って差し上げますわよ!」
…………。
……。
数日が経つ。
とある山村の神社にて。
ここには、最近奉納された立派な慰霊碑があった。
【春日静音・三条静花之霊
黄泉渡蟹封印
ここに鎮まる】
「三条殿、こんな立派な慰霊碑……ありがとうございます」
「ふん。麻呂は知らぬ。
そなたが受け取るはずだった報酬、それをすべて被害に遭った民に分け与えてしまって、
娘のために墓も碌に立てられぬ愚かな陰陽師の、しりぬぐいじゃ。
……そして、それのお供である三条流の女剣士の活躍も、たたえねばならぬでのう。
麻呂の金など、娘の嫁入りのために貯めておいたものよ。
いまさら麻呂が持っておっても、しかたないのだ」
こうして、都を震撼させた
二人の勇敢な乙女の犠牲によって払われたのだった。
しかし今も、春日静音と三条静花は、永遠に呪いを分かち合い、
どこかで生き続けている。
伝承では、鬼女、あるいは屍の巫女姫として。
~~おしまい~~
屍の巫女姫 神谷モロ @morooneone
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