みおとふぐの助の水槽

遠久村夜

第1話 すいそう

 八才の誕生日に、みおはフグを買ってもらった。


 みおのパパは、熱帯魚をたくさん飼っている。熱帯というのは暖かい所のことで、暖かい所に住む魚のことを、熱帯魚と言うらしい。

 みおの居場所は、パパの水槽部屋だった。学校でもなく、自分の部屋でもなく、パパの水槽部屋。四角いのや丸いの、大きいのや小さいの、いろんな水槽が置いてある。

 ぽこぽこというポンプの音や、ちょろちょろ水が流れる音。ぶーんという、低く重たい電気の音。いろんな音に囲まれていると、心の中のさざ波が、ちょっとだけ穏やかになる。

 熱帯魚は、暖かい所でしか生きられないので、パパの水槽部屋はいつも暖かい。一年中同じ暖かさだから、ここにいると、時間が止まったような感覚になる。

 みおは学校に行っていなかったので、一日のほとんどの時間を、この部屋で過ごしていた。薄暗い部屋の中で、水槽の白い明かりに照らされながら、みおはずっと、じっとしていた。


***


「みおも、お魚を飼ってみる?」

 

 水の入ったバケツをどぷんと床に下ろして、パパが言った。

 パパは毎週土曜日になると、水槽の掃除をする。水を入れ替えたり、ガラスについたコケを取ったり、細かい部品を洗ったり。水槽はたくさんあるので、バケツを持って何往復もする。忙しそうだけれど、せっせと働くパパの姿は、みおには楽しそうに見えた。


「もうすぐ誕生日だろう。水槽とかみんな、買ってあげるよ。どう?」


 自分で飼うなんて、想像したことも無かったので、みおは少し考えた。

 毎日毎日、ずっと水槽部屋で、じっとしているだけ。それは悪いことじゃないと、パパは言う。でもママは、一日がもったいないと言った。

 もったいないって、何だろう。お魚を飼えば、もったいなくなくなるのかな。それにどうせ、やることもないしな。みおはしばらく考えてから、こくりとうなずいた。

 パパはぱあっと笑顔になって、


「よしよし、アクアリストが増えるのはいいことだ」


 と声を弾ませた。あくありすとが何なのかよくわからなかったが、パパが嬉しそうなので、みおもなんとなく嬉しかった。そして、来週の土曜日に、一緒に熱帯魚屋に行く約束をした。

 みおは明日でも良かったのだが、パパは明日、予定があるらしい。どこに行くのか、聞いても教えてくれなかった。


 もうずっと、四月から始まって三ヶ月間、みおには予定がなかった。もう七月。明後日には七夕。それ以外、予め決まっていることなんて、みおには何一つとしてなかったのだ。

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