花言葉だけが、先に恋を知ってしまった。
@kuragetoneko
第1話 花言葉だけが、先に恋を知ってしまった。
その日は、いつもより少しだけ寒かった。
吐く息が白いことに気づいて、ようやく冬が来たのだと思った。
「この花、冬なのに咲くんだよ」
昇降口の前。
彼女はそう言って、スマホの画面を僕に向けた。
赤い花。名前は――シクラメン。
「強いよね。寒くても、ちゃんと咲くんだ」
感心したように言う彼女は、いつも通りだった。
頭はいいのに、どこか抜けていて、
思ったことをそのまま口にする。
「へ、へえ……」
それ以上、僕は何も言えなかった。
花に詳しいわけでもないし、
会話を広げる自信もなかった。
それでも彼女は気にせず続ける。
「冬の花って、なんか好きなんだよね。静かさ?みたいなのもあって」
その言葉が、妙に胸に残った。
――その日の夜。
「今日ね、お店にシクラメン入ってきたのよ」
夕飯の席で、花屋で働く母が言った。
「この時期は多いの。贈り物とかね」
「ふーん」
興味のないふりをして、味噌汁を飲む。
「花言葉、知ってる?」
母は何気なく聞いた。
いつもの会話の延長みたいに。
「知らない」
「『あなたを想う』とか、
『内気な愛情』だったかしら」
箸が、止まった。
「……なに、それ」
「若い子がよく選ぶのよ。
好きって言えない子ほど、こういう花」
母は笑っていた。
けれど、僕の頭の中は急に静かになった。
――内気な愛情。
――あなたを想う。
今日、彼女が話していた花。
あの、何でもないみたいな顔。
いや。
違う。たまたまだ。
冬だから咲いてるだけで、
意味なんて知らずに言っただけで。
自分に向けられているなんて、
そんな都合のいい話があるはずない。
僕は、スプーンを握り直した。
「……へえ」
それだけ言って、話を終わらせた。
でも、布団に入っても眠れなかった。
目を閉じると、
スマホを差し出す彼女の手が浮かぶ。
「強いよね」
その声が、
なぜかずっと、耳に残っていた。
――花言葉だけが、
先に何かを知ってしまった気がして。
それでも僕は、
それを恋だとは、まだ呼べなかった。
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