名探偵は炎上と共に ~SNSで人を燃やすのが趣味の僕が、現実で特定された話~
さとさん
名探偵は炎上と共に ~SNSで人を燃やすのが趣味の僕が、現実で特定された話~
「これでよし」
呟きと一緒に、送信ボタンをタップした。
指先ひとつで、画面の向こうの空気が変わる。
世界が、息を吸い込んだみたいに静まり――次の瞬間、加速する。
通知。リプ。引用。スクショ。まとめ。
餌に群がる鳥の羽音が、音にならない音で鳴りはじめる。
啄まれているのは、必死に火消しを続ける“被害者”だ。
彼らはいつも、最初のうちは律儀に説明する。
誤解だとか、切り取りだとか、真意は違うとか。
―――でも、火がついた後の真意は、水じゃない。油だ。
SNSの世界。
かつては小さな箱庭と呼ばれていたこの場所も、今では第二のリアルとして扱われている。
そして第二のリアルは、ときに第一のリアルを平然と上書きする。
僕はこの世界で、名探偵をしている。
人の付いた呟きの嘘を暴く。
それだけの名探偵だ。
誇張しすぎた発言。
過去の発言との矛盾。
透けて見える企業案件。
恋人の有無。
「いい人」っぽい言葉の裏の、露骨な利害。
それらはすべて、鳥たちにとっての餌になる。
今も、僕が蒔いた正義の先で、鳥たちは啄み続けている。
そのさえずりを聞くのが、僕は好きだった。
「あ、もう鍵垢になった。残念。もう少し見ていたかったのに……」
ターゲットのアカウントを眺めながら、独り言のように呟く。
こうなると、もう仕方ない。
手間に対して、快楽は長続きしない。
人によっては「完全論破」という勝利宣言が気持ちよくてやっているかもしれない。
だが僕にとって重要なのは結果じゃない。
嘘を暴かれ公開される瞬間。
相手が言い訳の順番を間違える瞬間。
僕の一言で大衆が獲物に群がる瞬間。
狙った相手だけでなく、関係のある相手にまで延焼していく、その瞬間。
すべてが楽しい。
過程こそが楽しいのだ。
美味しい食事は、咀嚼し、喉を通るまでが美味しいもの。
腹に収まってしまえば、味なんて関係ない。
僕は通知を切った。
あとは次第に鎮静化していくのだろう。
いつまで続くか。相手が引退するのか。
そんなことには興味がない。
僕はただ火をつけるのが趣味の放火魔なのだから。
翌朝。
「おはよう、堂前くん」
「おはよう、新庄さん。今日もいい天気だね」
教室に入った僕は、できる限り爽やかに挨拶を返し、席に着く。
それが僕の流儀だった。
せっかくのリアルが、暗く重苦しいのはもったいない。
陰鬱なのはネットの世界だけでいい。
ネットと現実は別だ。
現実は幸福であるべきだ。
ネットは、そうでなくていい。
現実は道徳と倫理を持つべきだ。
ネットは欲望に忠実であるべきだ。
だから僕は、ネットの世界で名探偵をしている。
現実で名探偵を名乗る人間は、他人の心を踏みにじるだけの胡散臭い存在だ。
その点、ネットはいい。
嘘にまみれ、真実で殴りつけても、それが正義として持て囃される。
現実では、そうはいかない。
「堂前くん見てくれました? この前おすすめしたインフルエンサーの動画!!」
そう言ってスマホを突き出してきたのは、新庄さんだった。
彼女は毎朝、誰よりも早く登校して、教室の隅の小さな水槽に餌をやる。
その癖に、クラスの空気を読むのは壊滅的で、でも本人は自覚すらしていないのだから質が悪い。
「……うん、面白かったよ」
「でしょ!!」
小躍りしながら、その場でくるりと回る。
周囲のクラスメイトが「また始まった」と顔をしかめた。
僕はその視線の板挟みになりながら、いつも通り笑った。
彼女が“推している”のは、インディーズバンドのアカウントだった。
演奏と雑談。裏方の苦労。ファンへの感謝。
素朴で、手作り感があって、たしかに嫌いじゃない。
でも、僕が好きなのは“素朴さ”じゃない。
燃えやすさだ。
「そうなの、ギターの低音が良くて――堂前くんはどの曲を聴いてくれたのですか?」
「あ、いや……」
ほんの3分しか見ていないとは言えない。
困っていると、救いの神が現れた。
「ごめんね、話の途中で。
堂前くん、この後いいかな?」
結城澪。
クラスの中心人物だ。
クラス委員ではない。
それでも、彼女が言うと人が動く。
頼まれ事をされて、嫌な気がしない。
――そう思わせる才能が、彼女にはある。
「ごめんね新庄さん。続き、また聞かせて」
「ううん!! 私こそ話しすぎでしたね」
新庄さんは嬉しそうに引き下がり、自席に戻った。
その瞬間、クラスメイト達もほっと息をつく。
結城さんが助けたのはきっと僕だけではないのだろう。
「ありがとう、助かったよ」
「なんのことかな。私は本当に堂前くんに用があっただけだよ?」
結城さんは僕に微笑んで、何気ない顔で言う。
自然体なのか、それとも恩に着せないようにと心配りなのか、わからない。
「放課後に先生に頼まれ事があるの。
一緒に手伝いをしてもらえるかな?」
「わかった。結城さんの頼みなら断れないよ」
「もう…。ありがとう」
断りづらいと感じてしまうのは、彼女の人徳が成すところなのだろう。
特に僕のような後ろめたいことをしている人間にとって、現実世界で徳を積むことで功罪のバランスを整えている節もある。
放課後。
結城さんと共に荷物を運び終え、教室に戻る。
既に下校やら部活やらでクラスメイトたちの姿はそこにはなかった。
僕も用事が済んだので帰宅の準備を整えようとしたとき、結城さんが後ろ手に教室の扉を閉めたのが視界に入った。
瞬間、結城さんの雰囲気が少し変わった気がした。
さっきまであった“人としての距離”が、消えたような。
人のいなくなった教室。この空間には二人分のアカウントしか存在しない。
外界から切り離されたように、静寂が訪れる。
「堂前くん、ちょっといいかな?」
「……」
告白でもされるのだろうか。
そんな淡い期待が一瞬だけ浮かぶ―――だが。
結城さんはこちらにスマホ画面を見せつけた。
見慣れたアイコン、見慣れたヘッダー。
それは見慣れないスマートフォンから表示されていた。
「昨日の炎上もすごかったね。一晩で、随分荒れてた。
……数字、動くと面白いよね」
「……みていたのか?」
結城さんは答えなかった。
ただ、通知欄を指でなぞる仕草が、やけに丁寧だった。
どうして結城さんがそれを……。
そんな後ろめたいこと、友人には当然教えていない。また個人が特定されるような痕跡を残したつもりもない。
「なんのことだか――っ」
結城さんに見つめられる。
全てを見透かしているようで。
遅れて気づく、彼女の問いは確認ではなく最終警告であることを。
言い逃れなどできない。彼女は確信しているのだから。
下手なことを言えば、僕の人生が終わるということを。
“証拠があるかどうか”は、彼女にとって重要じゃない。
「そうかもしれない」という疑いだけで、結城澪がクラスに呟けば、僕はこの学校に通えなくなる。
ネットでやってきた僕には、よく分かる。
疑いは真実より強い。
確定より、匂わせの方が燃える。
喉が、少しだけ乾いた。
「どこで知ったか、聞いてもいい?」
「ごめんね。言えないの。得意な人に調べてもらった、ってことにして」
得意な人。
それは誰だ。
調べた理由はなんだ?
僕、堂前亘一を調べたのか。
それとも【名探偵】のアカウントを調べたのか。
いや、今はどちらでもいい。
「あ、脅しみたいになったね。違うの。堂前くんにお願いがあって」
「……続けて」
「このアカウント、炎上させてほしいの」
「はぁ?」
今度は別の画面が差し出された。
音楽系のインフルエンサーのアカウント。
「理由は?」
「成功報酬かな」
彼女は、面白いゲームのルールを説明するみたいな声を出した。
「アカウント名の通りの名探偵さんなら、当ててみて。
炎上させてくれれば答え合わせはするから」
「……」
僕は名探偵を自負している。それは過去の炎上の成功体験からも、客観的事実だと考えていた。
だが結城さんの挑発的な笑み。
それが妙に引っかかる。“嘘つき”と言いたげなほどに。
だがどちらにしても燃やしてしまえばわかること。
ならばやることは既に決まっていた。
炎上の依頼は、異様なほどに容易かった。
過去の発言を拾う。
迂闊な一言を拡大解釈する。
悪人のレッテルを貼る。
ここまでが種火。
「はい、論破」
勝利宣言。
それだけでいい。
重要なのは、正しそうに見えること。
大衆は過程なんて見ていない。
どちらが勝っているか。それだけだ。
負けている側が気に食わなければ、火は勝手に広がる。
アカウント。企業。ブログ。友人関係。
燃やしていい相手を与えれば、あとは鳥たちがやる。
それに加え、今回は特別な事情もあった。
燃え始める前の燃料探しは、普段なら面倒な作業だ。
だが今回は、恐ろしいほどあっさりと見つけることができた。
バンドメンバーが未成年に手を出した疑惑。
そう主張するアカウント。
正直な話をすれば、あまり関わりたい種類の人種ではなかった。
発言自体は支離滅裂。嘘だとわかりきっている美談や不幸自慢。
また政治家や有名人を揶揄する投稿へのリツイート。
だが利用できるものは全て利用するのが僕の美学だった。
彼女の言っていることが真実であり、被害者であることを印象付ける。
僕のアカウントに賛同する信者たちが、面白半分に拡散していき、何も知らない大衆は疑念を真実だと思い込む。
それに加え、過去の迂闊な発言を掘り起こして投下。
「この人たちならやりかねない」という印象を与えれば無事炎上させることができた。
元々燃えるだけの土台は整っていた。
偶々僕が火をつけただけで。
インディーズ特有の脇の甘さ……。
「あれ、このアカウント……」
遅れて気づいた。今、絶賛燃え広がっているアカウント。
それは新庄さんが推しているインディーズバンドのそれだったことに。
僕はクラスメイトの推しを燃やした、その事実に。
翌朝早朝。
「……新庄さんは?」
誰よりも早く登校し、魚の餌をやる生徒。
彼女の姿がなかった。
代わりに一人の生徒が、まるで僕が早く来ることを知ってたかのように立っていた。
「今日はお休み。人間不信になって絶賛引きこもり中みたいだよ」
「結城……さん」
このなった原因であるにも関わらず悪びれもなく呟いた。
人間不信……。理由は分かってしまった。
分かってしまったのに、分かりたくなかった。
「こうなることを、知ってたのか?」
「うーん、どうだと思う?」
「理由を説明するって約束だったはずだ」
厳密に言えば件のインディーズバンドを炎上させたい理由。
それは新庄の件と関係あると僕は考えていた。
「今日、新庄さんのお見舞いに行こうとおもうの。
答え合わせはその時でいい?」
「今、ここで話してほしい」
「うーん、あまり良くないかな。
君ってリアルとネットを分けるタイプでしょ?私たちもそうなんだ」
廊下から生徒たちの声が聞こえ始める。
僕の境界線が浸食されるような感覚がした。
「わかった。放課後、絶対にだ」
「うん、逃げも隠れもしないよ。
だからそれまでに推理して見せてよ、名探偵さん」
彼女は笑った。
その笑い声が、何の重さも持っていないのが一番怖かった。
「一つ目。私が新庄さんの推しを炎上させるように依頼した理由。
二つ目。なんで新庄さんが学校に来てないか。
堂前くん、名探偵さんなら分かるよね?」
放課後、新庄さんの家へと続く帰り道。
結城はまるでテストの答え合わせをするかのように問いをだした。
僕は、考察を組み立てる。
1つ目の新庄さんの推しを炎上させた理由。
例えばクラスで空気を読めていない彼女へのお灸を据える目的。
あとは未成年淫行の疑惑のあったバンドメンバーと新庄さんとの接触を避ける為。
後者の方が美談に思えるが、どうにも確信は持てない。
ならばと確証を持てている方から伝えることにした。
「……推しが炎上してショックだった。それと、自分の価値観を否定された気分になった。
だから人間不信に―――ってところじゃないか」
推しができるということは多かれ少なかれ、意見に同調できる部分があったということだ。
それがインディーズバンドという狭いコミュニティーの中であれは、煮詰まった価値観が形成されかねない。
その煮詰まった価値観がいきなり大衆にさらされれば。
それが罵詈雑言という汚水の濁流に流されれば……。
まるで自分自身の価値観を否定された気分になり、人間不信になってもおかしくないと僕は思う。
我ながら整った推理だ。
でも結城さんは、花を見つけた子どもみたいに首を傾げた。
「うーん。君、刑事役は似合うかも」
「それは褒めてるのか?」
「名探偵のいるところには、滑稽な推理をする刑事が一人はいるものだよ」
彼女にまとわりつく雰囲気は、クラスメイトの時とは違う。
どこか画面越しで会話しているときのそれだった。
そして―――
彼女は立ち止まる。
「着いた。ここだよ」
目の前は、一軒家だった。
静かで、生活の匂いがする。
なのに、境界線に立っているような気がした。
「鍵は開いてるから。家主には許可も取ってある。来ることも連絡してあるよ」
結城さんは迷わず上がり、二階へ向かう。
足取りが、目的地を知っている人間のそれだった。
「入るよ。新庄くんも、来てる」
ノックもなく扉が開く。
――女の子の部屋。
僕が想像していたのは、ぬいぐるみとか、香りのする柔軟剤とか、そういう“現実”のやつだ。
でもそこにあったのは、“僕にとっての現実”ではなかった。
煌々と光るディスプレイのモニターには未だSNSが開かれている。
【名探偵】。アカウント名には見覚えがあった。
だがアイコンもヘッダーも僕の知るものとは違う。
A4用紙が壁一面に貼られている。
スクリーンショット。タイムライン。相関図。
赤いペンの線。日付。時刻。投稿の癖。
文字の数列。意味の分からない座標みたいなメモ。
そして――僕の顔写真が、何枚も。
盗撮。SNSから抜いた写真。学校行事の集合写真を切り抜いたもの。
僕の目。僕の口元。僕の歩幅。僕の笑い方。
全部、僕の知らない角度から集められていた。
息が止まる。
思考が、滑っていく。
「ご、ごめんなさい。汚い部屋で……」
部屋の中央に、新庄さんが座っていた。
布団の上。背筋だけは妙に伸びている。
“人間不信”の人間には見えない。むしろ、待ち望んでいた顔だ。
結城さんが当たり前みたいに言う。
「紹介しよう、新庄さん。こちらが炎上家兼、刑事さんの堂前くん」
「刑事さん?」
「話の流れでね」
笑えない。
笑えないのに、結城さんの声は軽い。
「そして堂前くん。こちらが、名探偵兼、君のネットストーカー――新庄さん」
「……はい?」
「すみません、すみません……」
謝り方だけは普通だ。
だから余計に怖い。
普通の顔で、普通に異常なことをしている。
僕の視線を感じたのか、新庄さんは謙虚気味に言った。
「違うの、決め手は結城さんのアカウントを炎上させた件からなの。
調べてみたら近いから、もしかしたらって……」
「えっ、僕、結城さんのアカウントも燃やしてたの?」
無自覚で、少し驚いた。
燃やした対象なんて、いちいち覚えていない。
腹に入った食事の味を覚えていないのと同じだ。
結城さんは、さらりと笑う。
「えぇ、燃やされましたとも。とても綺麗に。
けれどあれで目覚めましたね。数字が消える瞬間って、とっても儚くて綺麗だって」
変な性癖に目覚めている気がしてならない。
僕が燃やしたということは、結城さんはネットでも一定の水準を持つ“中心人物”だったのだろう。
現実で中心にいる人間は、ネットでも中心にいる。
妙な納得感を覚えた。
僕は咳払いをして、空気を取り戻そうとした。
「それで……ネットストーカー兼、名探偵さんと。元インフルエンサー兼、助手さんが僕に一体なんの用なんだい?」
ここまで来れば、何か思惑があるのは明白だった。
新庄さんが学校に来なかったのは、僕に罪悪感を覚えさせ、ここへ誘導するため。
ならば、それ自体に目的がある。
新庄さんが、早口で捲し立てる。
「元々はアカウント【名探偵】が一体なんの目的で、どういう基準で炎上させているか興味があったんです。
ただ調べていくうちに、もしかしたら炎上させることそのものが目的なのではないかと思ったんです。
自分の力の誇示、大衆を操作する快感。ストレス発散、または栄華を誇っていた人間の衰退。違いますか?」
ネットストーカーという異常さもそうだが、この早口の圧が、僕の言葉を削る。
それと同時に、自分の目的を正確に言い当てられている不気味さが、背骨を冷やす。
「あっ、うん。そうだね」
認めてしまった。
否定する意味がない。
否定したところで、彼女は否定を材料にする。
新庄さんの顔が、ぱっと咲いた。
「やっぱり、そうだったんですね!!」
花が咲いたような笑顔。
その表情すら、裏の目的があるようで不気味でしかなかった。
彼女はまだ語る――が、決して耳に入ってこない。
それ以上に考えてしまった。
あぁ、これが本物の名探偵であり、異常性なのだろう。
「それで僕を糾弾するつもりで呼んだのか?」
「いえ、まさか。私は答え合わせがしたかっただけです。それが知れて満足です……」
「はぁ……?」
僕の戸惑いに、結城さんが口を挟む。
「もう一つは、利害の一致」
「利害の一致?」
未だ話が見えてこない。
そんな中新庄さんが拙いながらに説明をしてくれた。
「えっと…ネットの告発って難しいんですよね。
例えば明確な被害者がいて、証拠があって、それでも刑事告発できることなんてそれほどなくて。
というより刑事告発できるような人は、私みたいなところに依頼なんて来なくて。
示談するには少額で、何より憂さ晴らしにならない……らしいです」
らしい、という言葉が妙に現実的だった。
誰かの言葉を、彼女はちゃんと自分の中で反芻している。
「依頼主さんは、自分と同じかそれ以上の苦しみを味わってほしい人たちが多いんです。
有名絵師の名前が汚名へと変わること。
有名VTuberの名前を聞くと恋人の陰がちらつくように。
できる限り、不幸に――ただ」
そこで彼女は言葉を切り、深くため息をついた。
「正直な話をすれば、私はそういったことに興味がないんです。
真実を追い求める過程が楽しいのであって、その後は正直、依頼主さん含めてどうも。
なので証拠集めだけして今までは終わりにしていたんですが、あまり依頼主さんには感触がよくなくて。なにより――」
そこまで言うと、結城さんが綺麗に引き取る。
「なにより、それでは数字が取れないんですよね。
依頼主には口コミもリピートもしてもらいたい。そのためにはアフターケアもしっかりしなくては」
淡々と。
まるで動画の運用方針を説明するみたいに。
僕は、笑ってしまいそうになった。
笑えないのに、笑いが喉まで上がってくる。
「つまり協力してほしいと? 僕に見つけた悪事を炎上させてほしいと」
「協力とは少し違います。業務提携、といったところですね。
私は証拠を集める業務を。その証拠をもとに貴方は炎上させる。互いにハッピーです」
証拠を集める業務。そこで僕はどうしてあのバンドだったのかを理解した。
いつ燃えてもおかしくないアカウント。
燃やしやすい証言。過去の発言。それらが妙に噛み合い、その日のうちに行動に起こすことができた。
もし事前に彼女たちが調査をして、燃やしさすそうな相手をピックアップしたのだとしたら。
まんまと僕は手のひらの上で踊らされたわけだ。
だが同時に悪い話でもないと感じた。
僕はできるだけ多くの人を燃やしたい人間だ。
下調べの時間などない方が嬉しい。
だから僕が断る理由はない。
だが聞きたいことも山ほどあった。
「それでいいのか。言わば私刑というやつだ。それでもいいのか?」
法治国家において、自らの手で罪人を裁くことは禁止されている。
人殺しを殺せば、殺人だ。それが被害者遺族であっても、その事実は変わらない。
なぜなら私刑がまかり通れば、自分の都合を優先した犯罪で溢れかえるからだ。
いわば僕らのやろうとしていることは、正義の皮を被った犯罪だ。
「えっと……根本的な話になるんですが……どうでもよくないですか、そういうの?」
「……それもそうだね」
僕らは決して正義の味方じゃない。
僕は燃え散るのを見るのが目的だし、新庄さんは探偵ごっこが目的。
だが一つだけ、確認しておきたかった。
確認しても意味がないのに、確認しておきたかった。
「わかった。提携しよう。
だけどこれだけは教えてほしい。結城さん、君の目的は何なんだ?
アカウントを育てて何をしたい? 金か、名声か、実力の証明か?」
結城澪は、これまでで一番の笑みを浮かべた。
作り物の笑みじゃない。
たぶん本物だ。だから余計に怖い。
「私の目的は――自分で育てたアカウントを、綺麗さっぱり最大地点で燃やすことです」
僕の喉が、また乾く。
「貴方に燃やされたときの快感が忘れられなくて。
もっと育てば、もっと楽しいことになるのかなって。
その為に育てるんです。自分たちのアカウントを。
ネットに蔓延る悪に鉄槌を下す、名探偵のアカウントを―――燃やすために」
新庄さんも、同じように笑った。
花が咲いたみたいに。
結城さんは、数字を数えるみたいに。
僕は、笑わなかった。
反省もしなかった。
ただ――胸の奥に、形の分からない違和感が沈んでいくのを感じた。
この部屋の壁に貼られた僕の写真が、さっきより増えて見える。
増えているわけがないのに。
それなのに、増えた気がする。
「――じゃあ、まずは誰を燃やす?」
僕が言うと、二人は同時にスマホを取り出した。
まるで、待っていたみたいに。
画面の光が、僕らの顔を下から照らす。
天井の電気より、ずっと白くて、ずっと冷たい光。
結城さんが、楽しそうに言う。
「ねえ、堂前くん。今度は鍵垢にされる前に、最後まで見届けようよ」
新庄さんが、嬉しそうに頷く。
「答え合わせ、またしたいです」
その瞬間――僕ははっきり理解した。
ここには、オチなんて要らない。
結論なんて出なくていい。
僕らは、解決を求めていない。
ただ、増えるだけだ。
数字と、鳥と、スクリーンショットと、壁の紙と――
そして、逃げ道のない“現実”が。
僕はスマホを見た。
通知はまだ切ったままだ。
なのに、どこかで羽音が聞こえる気がした。
たぶん――もう、始まっている。
名探偵は炎上と共に ~SNSで人を燃やすのが趣味の僕が、現実で特定された話~ さとさん @satoukazufumi
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