知恵の輪 (エッセイ)

あらいぐまさん

第1話 知恵の輪 (エッセイ)

    知恵の輪


 入院していた頃、作業療法(OT)のプログラムの中に「知恵の輪」を解くというゲームがあった。三ヶ月もの間、誰も解くことができずに放置されていたものだ。


 私は粘着質な性格ゆえ、しばらくその知恵の輪を弄っていた。すると、カチッと小

さな音がした。


 その瞬間を聞きつけた作業療法士が私の手から知恵の輪を取り上げ、力任せに引っ張った。再びカチッと鳴ったが、すぐに袋小路に陥り、結局それを知的な女性に譲った。


 女性は柔らかい手つきで動かし、またカチッと音を鳴らした。だが、男性に、「貸して…」と言われると、断り切れず男性と交代する。こうして男女が交互に作業を、進めていった。


 やがて見物人が次々に集まってきた。男性は力いっぱい引っ張って現状を変えようとするが、すぐに行き詰まる。女性は優しく無軌道に動かし、思いがけない突破口を開く。

 だが、女性は“周りにできる人だと思われる“不安に耐えられず、また男性に譲る。そうして知恵の輪は少しずつ解体されていった。


 私はその光景を見て怖くなり、その場を離れた。母が言ったように「馬鹿で、汚い」人間であらねばならないと思っていたからだ。

 自分を否定する事実を受け入れられなかった。自分が、それを成し遂げてしまう事が怖かった。私は、そこから逃げ出した。


 三ヶ月も誰も解けなかった知恵の輪は、わずか一時間で解けてしまった。

 作業療法士は不思議そうに私の所へ、それを持ってきて、「こうすると取れる」と最後のパーツを渡してくれた。「なぜ最初の一つが取れたのか?」と首をかしげながら、私はその疑問を、聞きつつ、それを解いた。


 彼はブロックの解体方法は理解していたが、最初の一片をどう外すのかが分からず、なぜ一時間で解けたのか納得できない様子だった。



 今だから言える。

 あれは、軽い刺激を与え続けることで、一片が自然に浮き上がるように導いたのだ。最初から力任せでは決してそうはならない。これは技であり、何にでも通じる。


 大きなことを成し遂げたいなら、まず対象に軽い刺激を与え続けることだ。

 浮き上がったところで褒めて強化する。すると加速し、人が集まる。美味しい果実には人が群がる。


 その時、「これは自分の成果だ」と引きこもってはいけない。多くの人を巻き込むことが大切だ。自分の力などたかが知れている。大勢が集まった結果として、大きなことは成し遂げられるのだ。

 ――それは、今も私の中で響き続けている昔話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

知恵の輪 (エッセイ) あらいぐまさん @yokocyan-26

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ