「何も考えなくていい」と甘美な世界に埋没していた主人公の視点から、戦争という圧倒的な現実によって日常が赤く砕け散る瞬間までを、非常に高い文章力と「花と鯉」という美しいモチーフで描き切った傑作。お嫁に行くのが当たり前の国で、父と兄を亡くしながらも自ら軍大学への道を選んだ撫子。一方で、最後まで何も考えずに優雅な「錦鯉」であろうとした主人公。直接的な対話がないからこそ、二人の歩む道の決定的な違いが際立ち、胸を締め付けます。
幼い記憶のやわらかな色合いから始まり、少しずつ世界の輪郭が変わっていく過程が、とても丁寧に描かれていると感じました。隣家の庭や花、錦鯉といった美しい情景が繰り返されることで、語り手が無意識に信じていた「安全な世界」が、静かに浮かび上がってきます。戦争や喪失は正面から強く語られず、日常の延長として差し込まれるため、かえって現実感があります。美しさと残酷さが同じ景色の中に存在していることを、そっと示してくれる一篇でした。