第28話 領域守護者

 



「半分を越えたか」


 5階層の守護者がいると思われる部屋前で、魔力の回復を待ってから2時間と少し。


 体内の魔力が半分以上にまで回復したのを感じた俺は、背を預けていた岩壁から立ち上がった。


 身体強化に換算して13回分てとこか。


 ウィンドカッター26発分だ。


 数が多ければ4階層の守護者戦のようにファイアーボールを牽制に使い、各個撃破を試みたいところだがさて。


 どんな敵が待ち構えているのか、少し楽しみな気持ちになりつつ木製の扉に手を伸ばす。


 すると軽く押しただけなのに3メートルはある扉が、ひとりでに部屋の内側へと開いた。


 そして目に入ったのはこれまでの岩壁に囲まれた小部屋ではなく、凹凸のない石の壁に囲まれた部屋だった、


 広さは30メートル四方といったところだろうか? 天井の石からは淡い光が発せられており、床にはしっかりと平らな石が敷き詰められている。


 そして部屋の奥へと視線を向けると、そこには石でできた椅子に腰掛けている革鎧を着たコボルト。そしてその左右に見覚えのあるコボルトリーダーが立っていた。


 椅子の背後には黒い門が見える。


「ふむ、コボルトキングとコボルトリーダー2匹が相手ってことか」


 キングと呼んだのには理由がある。まず椅子に偉そうに座っているのと、頭に何らかの動物の頭蓋骨と思わしき物をかぶっているからだ。


 族長と呼んでもいいが、この石の部屋と椅子からなんとなく王っぽかったからそう名付けた。


 コボルト族長よりコボルトキングの方が呼びやすいしな。


 そのコボルトキングだが、椅子の肘置きに肩肘をついて退屈そうに俺をみている。


 それに比べ側近役と思われるコボルトリーダーは、背を丸めいつでもこちらへ襲い掛かってくる気配を発している。


「Eランク2匹と推定E+ランク1匹ね」


 数が少ないのはありがたい。ソロの弱点は物量攻撃だからな。


 俺はリュックを下ろし身体強化を発動。


 すると、それと同時にコボルトリーダー2匹が飛び出した。


 コボルトキングは動く気配がない。


「ハッ! 余裕かよ!」


 3匹同時に来ないないならどうってことはない。


 俺は左右から挟み込むように向かってくる2匹の内、右側のコボルトリーダーへ向け魔法を連続で放った。


『ファイアーボール』 『ウィンドカッター』 『ウィンドカッター』


 ファイアーボールが向かってくることに対しコボルトリーダーは、横へと大きく飛び退く。


『ギャンッ』


 しかし左右どちらかに避けると予想し放っていた俺のウィンドカッターが、肩へと命中し深く切り裂いた。


 命中し足止めに成功したのを確認した俺は、左から迫ってくるコボルトリーダーの爪を小盾で殴りつけるように弾く。


「オラァッ!」


 身体強化を施した全力で殴りつけた俺の小盾による攻撃に、コボルトリーダーは腕を弾かれ身体も後方へと仰け反った。


「死ね!」


 その隙を逃さず俺は右手のマチェットでコボルトリーダーの肩口から腹部まで叩き斬る。


 背後へと振り向くと、片腕をぶら下げながら突進してくるもう1匹のコボルトリーダーの姿が見える。


 魔法を放とうとしたが避けられそうなので小盾を構え迎え撃つ。


 切り裂かれた肩が痛いのだろう。コボルトリーダーは顔を顰めながら残った腕を振るうが小盾に阻まれる。そしてさらに一歩踏み込み噛みつこうと体当たりをしてくる。


「片腕しか使えねえなら、それしかねえよなもう」


 だがそれを読んでいた俺はマチェットから手を離し、瞬時に腰のナイフを抜き取り噛みつこうと迫ってくる口の中へと突き刺す。


『ガッ……』


 口内を貫き後頭部から突き出たナイフによりコボルトリーダーの動きは止まり、そのまま崩れ落ちた。


 俺はナイフを振って血を払い、腰に差しマチェットを拾う。


 そして最後まで立つことのなかったコボルトキングへと視線を向け、小盾を装備している腕を突き出し人差し指を手前に折る。


「いつまで大物ぶってんだ犬っころ。調教してやるからかかってこい、ほら、チンチンだチンチン」


 俺が笑みを浮かべながらそう挑発すると、コボルトキングは立ち上がった。


 立ち上がったコボルトキングは、コボルトよりも30センチはデカく150センチほどはありそうだ。


 身体も筋骨隆々で、コボルトリーダーやソルジャーとは比較にならないほどのパワーがあるように見える。


 立ち上がったコボルトキングは、椅子の横に立てかけていた大鉈を手に取ると雄叫びをあげた。


『ワオォォォォォン!』


 そして今まで相対したどのコボルトよりも早い速度で真っ直ぐ俺へと駆けてくる。


「よしいいぞ、チンチンはできたようだな。じゃあ次は3回まわってワンだ」


『ファイアーボール』 『ファイアーボール』 『ファイアーボール』


 俺は向かってくるコボルトキングへ向け、避ける方向を予想しつつファイアーボールを時間差で放っていく。


 最初のファイアーボールを真横に飛ぶことで回避したコボルトキング。


 しかしそこへ2発目のファイアーボールが迫り、コボルトキングは転がるように避ける。


『ウィンドカッター』 『ウィンドカッター』


 そこへウィンドカッターを放つと、さらに二回転三回転と転がって避けていく。


 が、2発目のウィンドカッターがコボルトキングの額に命中。頭蓋骨の被り物を吹き飛ばしその額を切り裂いた。


『キャインッ!』


「ワンだろうが!」


 そこに間合いを詰めた俺が、転がっているコボルトキングへマチェットを振り下ろす。


 しかしコボルトキングは俺のマチェットより一回りは大きい大鉈でそれを受ける。


『ウィンドカッター』


 その隙に俺はコボルトキングの足へ向け至近距離でウィンドカッターを放ち、膝の上辺りを切り裂いた。


『ギャインッ』


「おっと」


 激痛からかマチェットを受け止めていた大鉈と、もう一方の腕をめちゃくちゃに振り回し始めたコボルトキングから距離を取る。


 その隙にコボルトキングは足の痛みを堪えながらも起き上がる。


「おいおい、余裕かましてた割に、俺に辿り着くまでにずいぶん傷だらけになったじゃねえか。なあワン公」


 額から流れる血で片目を開けることができず、右足から血を流しているコボルトキングにその無様さを笑ってやる。


『グルルルル』


 そんな俺をコボルトキングは憎しみの籠った目で睨みつける。


「次はお座りだ、できるよな?」


 俺は左腕を前に出し、腕を上下に振りながらそう指示する。


『ギャオンッ!』


 するとあっさり挑発に乗り、距離を詰め大鉈を振り上げた。


「隙だらけだアホ」


 あまりの動きの拙さに呆れつつ、俺はコボルトキングの傷ついた膝上へと前蹴りを放つ。


『ギャッ』


 再び足に走る激痛に、コボルトキングは大鉈を振り上げたままたまらず片膝をつく。


「よくできました」


 そこへ俺はお座りができた褒美にと、マチェットをコボルトキングの頭上から全力で振り下ろした。


 コボルトキングは再び大鉈で受けようとするが体勢が悪い。


 ガンッという音と共にマチェットを受けることはできたが、俺の腕力に負け大鉈を取り落としてしまう。


 そしてそのままマチェットの刃はコボルトキングの脳天へと突き刺さり、頭蓋骨を真っ二つに叩き割った。


「余裕かましてるからだ馬鹿が」


 蹴り飛ばしながらマチェットを抜き、後ろに倒れるコボルトキングへそう吐き捨てる。


 はっきり言ってこのコボルトキングの実力は、俺に対し余裕かませるほどじゃなかった。


 コボルトリーダーが突っ込んできた時に、連携して一緒に戦うべきだった。


 集団で狩りをするのが犬の特性なのに、犬の顔をしているくせに中途半端過ぎるだろコイツ。


 それにコボルトソルジャーもそうだったが、武器の扱いが下手すぎる。武器を持っているせいで弱体化してるとしか思えない。


 これなら素手の方が脅威だったかもな。腕力も速度もコボルトリーダーやソルジャーよりも上だったんだし。


 まあ実力を出せないよう遠距離から削ったのは俺だが。


 しかし余裕かまして俺に傷一つ負わせられずに負けるってかっこ悪すぎだろ。


 そんなことを考えながら、黒い粒子となって消えていくコボルトキングを見つめる。


 すると魔石だけがその場に残り、俺はそれを拾い上げた。


「大きさはコボルトリーダーと同じだが濃さが違うな。E+ってとこか」


 Eランクの魔石が確か200DPだったから、その3倍で600DPか。


 1匹6千円って考えたら美味しいな。まあこんなのが複数で掛かって来たら嫌だけど。


 さて、コボルトリーダーの魔石も集めるか。



 §



「おお! 銀色の宝箱……と小箱?」


 魔石を拾い集めた俺は、コボルトキングが座っていた椅子の後ろにあった黒い門へと向かった。


 すると椅子の背後に銀色の宝箱と、その横に金の装飾のされた真珠色の小箱が鎮座していた。


 銀の宝箱が1メートル以上の横幅があるのに比べ、小箱の大きさは30センチほどだ。


「これは……両方もらっていいんだよな?」


 どっちか開けたら片方は消えるとか?


 まさか舌切り雀的な人間の欲を試すようなものじゃないだろうな? 


「両方とも鍵穴はなしか。なら両方開けるか」


 ちょうど宝箱と小箱が隣同士に置いてあるので、俺は両手でそれぞれの蓋に手をかけて同時に開けるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る