ダンジョン&スレイブ〜ダンジョンのテスターに選ばれた守衛と生徒たちの奴隷はーれむ〜
黒江 ロフスキー
第1話 学園消滅
—— 私立 桜木学園 守衛所 真田 夜雲——
出勤後の朝の引き継ぎ時。俺は夜勤明けの守衛長に説教を喰らっていた。
「おい真田! なんだ昨日提出したこの報告書は! また漢字間違えてるし文法も間違っている箇所があったぞ! こんなん課長に出せるか! 半年も勤務しておいて報告書一つ書けねえなら辞めちまえ!」
「それはクビってことでいいのか?」
辞めろと言うならやめるが? 別にそれほど金に困っているわけでもない。
ここにいる4人の50や60過ぎのおっさんたちなら怯む言葉だろうが、俺には効かんな。
「25にもなっていちいち口答えすんな! 小学校すらまともに出てねえ奴が開き直ってんじゃねえ! 理事長のお気に入りだからって余裕かまして努力を怠るなって言ってんだよ!」
「毎回平仮名ばかりだというから、英文をネットで翻訳するという努力をしたんだがな」
翻訳サイトを見つけてコレだと思って使ってみたが、漢字には完全に対応しきれてはないようだ。
正直小学校以来長いこと使っていない漢字なんか忘れてた。つい最近まで日本語を話すことすら怪しかった俺にはハードルが高すぎる。
普段の生活でなら漢字の読み書きはできなくてもさほど支障はない。
ネットの検索も平仮名でも問題ないし、英語でも検索できる。
「漢字を勉強しろって言ってんだよ! 脳みそまで筋肉なのかお前は! 目上の人間に敬語一つも使えねえし、お前は本当に日本人なのか? これだから学のない奴は」
「守衛長は確か高卒で自衛官になったんだったか。たいした学歴でもないと思うが?」
せめて大学出てから言え。
「お前よりマシだカス!」
「ふむ、まあこれくらいでいいか。で、これまでさんざん人格否定してくれた会話を録音したんだが、これはパワハラにならんか?」
俺はそう言ってスマホの録音中の画面をナスみたいな顔の守衛長に見せる。
この間ネットで調べてたらパワハラってのが流行っているのを知った。どんなのが対象になるかと見てみれば、俺が日常的にコイツからやられている事だった。
別にいつでも殺せるこの程度の男に何を言われようと気にならないが、いい加減ウザいから対処法を調べて実行してみたんだがどうだ?
「おまっ!ぐっ……そんなつもりじゃ……つい言い過ぎたようだ、すまなかった。報告書は俺が直しておく」
「手間かけて悪いな。じゃあそろそろ登校時間だから門に行くわ」
おお、いつもネチネチしつこい奴が黙った。まさかここまで効果があるとは。
しかしこの程度で訴えることができるとは、日本は労働者に優しい国なんだな。
うむ、これでもうグチグチ言われることも無くなるな。
初対面の頃から元自衛官で精鋭部隊出身だとか、やたらとマウント取ってきてウザい奴だった。人一人殺したことないくせに精鋭部隊とか言われても、ふーんとしか思わなかったが。
まあそれでもさすが元公務員。遵法精神はあるようだな。結構結構。
快適労働環境を整えることに成功した俺は、守衛所を出て毎朝の持ち場である正門を開けその横に立つ。
しばらくすると秋になったことで、冬用の制服に衣替えした生徒が続々と登校してくる。
守衛の制服も冬仕様だ。デザインはよくある濃紺の警備服の上下に制帽と、白のワイシャツにグレーのネクタイ。長い上着の丈を太いベルトで締めている。ベルトには警棒とトランシーバーが固定されている感じだ。
平和な日本とはいえどこの学校も変質者が多いらしく、有名な私立校などはこうして守衛を置いていたりするそうだ。
この学園も有名らしくスポーツとサブカルチャーに力を入れており、全国から優秀な生徒と海外からの留学生を集めている。そのため特待生も多く、寮まで完備しているほどだ。
卒業生にオリンピック選手や、有名なアニメの製作に携わった者や人気声優が多くいたりするらしい。
確かに声優学科の生徒は、顔で選んでんのかってくらいイケメンと美少女が多い。やっぱ声優って声だけじゃなくて顔も大事なんだな。
そして顔が良ければストーカーなんかも湧いてくる。
実際何度も敷地内に侵入しようした変質者を守衛課で捕まえている。
他にも生徒の保護者が、うちの子がイジメられたとかなんとか言って親戚のDQN集団を連れて来たこともある。まあ、少し脅して丁重にお帰り願ったが。
俺は背が180センチ越えで高い上に肌も浅黒く、制服は筋肉でピッチリだ。そして顔の左側に額から頬に掛けて縦に刃物で斬られた大きな傷跡がある。
まだ顔に傷のない十代前半の頃は彫りが深く整った顔立ちなため、ホモの同僚によく狙われたものなんだがな。
身体にある傷に比べればたいした傷ではないんだが、この平和な国では顔に大きな傷があるのは怖いらしい。だから警棒片手に殺気を少し向ければ、たいていの奴らは大人しくなる。
最初は怖がっていた女性教師たちや学園長も、俺がトラブルを次々と一発解決していったら友好的になった。雇ってくれた理事長のおばあちゃんも大喜びしていた。
これだけで雇った甲斐があったと言われたよ。
どれだけ変質者やDQNが多いんだって話だ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
こんな見た目でも半年間毎日のように校内を巡回し、朝と夕と門に立っていれば見慣れたのか最近は挨拶をしてくれる生徒も出てきた。本当にごく一部だが。
99%の生徒は目を逸らすが。
俺はそんな貴重な生徒の一人。個人的にこの学園で一番の美少女と思っている子に笑顔で挨拶を返す。
名前は知らないが水泳部で高飛び込みをしている子だ。高飛び込みは事故が起こりやすいので、夏休み中は頻繁に巡回するよう指示されていた。
その時に彼女の大きな胸にくびれた腰。そして桃のような白い尻に食い込む水着を見て、個人的に学園ナンバーワンに認定した。本当に良い乳と尻だった。
そんな彼女を見送った後、続々と登校して来る生徒たちの後ろ姿を眩しいものを見るかのように目を細める。
俺は中学も高校も通った事がない。だからこうして学校に通っている子たちを見てると羨ましく思う。
俺もこの子たちのように高校に通い、学園祭でクラスメイトと楽しく出し物をしたりしたかった。
そして女子高生とSEXしまくる。そんな青春時代を送りたかった。
ここは本当に平和な国だ。
小学生が銃を握らされるような国もあるってのに。
まあ俺のことだが。
俺は日本生まれの日本人だ。だが、小学5年の11歳のころに発展途上国に赴任していたエンジニアの父のもとに、夏休みを利用して母と会いに行った時にテロリストの襲撃に遭った。
俺を逃がそうと激しく抵抗した両親は目の前で殺され、その光景に呆然としていた俺は父の会社の社員と一緒に拉致された。身代金目的だった。
当時先進国の国民を対象に身代金目的の誘拐が流行っていた事もあり、日本政府はアメリカや欧州各国と足並みを揃えテロリストとは交渉しないと決断。
俺たちは見捨てられた。
当時はガキだったから日本政府を心底恨んだが、大人になった今ならテロリストとは交渉しないというのは理解できる。
奴らと一度でも交渉し身代金を払えば、また日本人は狙われる。小を捨て大を生かす。国家を運営している者としては当然の判断だ。
だが見捨てられた小の側としては許せるものではない。これは理屈ではなく感情の問題だ。
そうして大のために見捨てられた結果。苦労して攫ったのに金にならないとキレたテロリストに大人たちは殺され、子供だった俺は隣国の反政府組織に売られた。
そして少年兵養成施設に連れて行かれ、人殺しの訓練を受けさせられ政府軍との戦場に放り出された。
殺した。よく知らない国の内戦に参加させられ、よく知らない相手をたくさん殺し俺も何度も死にかけた。
だがそんな地獄のような生活も18になる頃に突然終わりを告げた。
大国の支援を受けた政府軍が、反政府軍を本気で潰しに来たからだ。
俺は反政府軍が壊滅させられる寸前に監視役だった兵士を殺し、戦場の森から脱走した。そして隣国に密入国をし、日本大使館に保護を求めた。
が、当然パスポートなど持っていない。さらには日本人に見えない体格と浅黒い肌。そして長い間使っていなかった事で、忘れかけカタコトになっていた日本語。普通に難民が日本人になりすまそうとしていると思われ追い返された。
ムカついた俺は自力で日本に帰ってやると決意し、密航するための資金稼ぎのために裏社会で用心棒として働いた。
そして3年半以上かけて日本へ密入国を果たし、やっとの思いで東京に住む祖母の元にたどり着いた。
22歳の頃の話だ。
祖母は俺の遺体が見つかっていなかった事から、祖父と共に必死に俺を探してくれていた。
母方の祖父母はすでに他界していたのと、両親は一人っ子だったため他に頼れる親族がいなかったそうだ。
祖父母の貯金と父の遺産。そして父の会社から支払われた死亡退職金を全て使ってまで、俺が襲われた国の孤児院やスラム街を回って探し続けてくれていた。
その国の隣国の森の中にある少年兵養成施設にいることなど、夢にも思わなかったはずだ。
無理が祟ったのかその途中で祖父は病で倒れたらしい。そして祖母も身体が思うように動かなくなり、諦め掛けていた時に俺がひょっこり現れた。
10年以上経ち、天使のような見た目の少年が、筋骨隆々の精悍な男になっても祖母は直ぐに俺だと気付いてくれた。
俺が生きていたことに、そして再会できたことに祖母は号泣しながら喜んでくれた。
俺は心の中で脱走後、逃亡資金稼ぎのために麻薬カルテルの用心棒をし、ボスに気に入られ複数の美女をあてがわれてつい長居をしてしまった事を詫びた。
危うく美女たちと結婚させられ、麻薬カルテルのファミリーの一員になるところだった。危なかった。
そうして11年振りに日本に帰還した俺だったが困ったのは日本政府だ。
死んだと思っていた俺が生きていたことで、政府は笑えるほど狼狽えた。
そりゃそうだ。見捨てた子供が生きていて自力で日本に戻って来たんだから。
感情はともかく政府の決断は理解できた俺は特に復讐しようとかは考えなかった。
だが、政府は俺が表に出ることを恐れた。選挙前だったというのもタイミングが悪かった。
テロに屈しない事が正しいとはいえ、子供を見殺しにしたのは事実だ。俺がネットでこれまでの生い立ちを話せば、間違いなく支持率は落ちるだろう。
その結果、口止め料として政府は俺に大金を支払った。多少贅沢しても一生暮らせる金額だ。
それからは平和な日本に帰って来れた事を噛み締めつつジムに通って筋肉を鍛えたり、マンガ喫茶に行って拉致された時に連載していたマンガの続きや他のマンガを読み漁ったり。風俗に行ったり車の免許を取ったりネットゲームをして過ごした。
そんな生活を1年半ほど続けた頃。唯一の肉親である祖母が亡くなった。祖母は俺が生きている事を信じてずっと探してくれていた。その緊張が解けてそれまでの心労が祟ったのだと思う。
葬儀を終えたあと、あまりの悲しみと申し訳無さに俺は旅に出た。
そして1年以上掛けて日本中の風俗を回った。悲しみは癒やされた。
傷心慰安旅行から帰った俺は、誰もいなくなった祖母の家でこのままじゃ駄目だなと思い働くことを決意した。
が、小学校中退の俺ができることはせいぜいが解体屋くらいだ。まあそれでも別にいいとは思った。
しかしそんな時にたまに家に遊びに来て、俺が生きて帰ったことに祖母と一緒に喜んでくれていた祖母の友人の婆さんから声が掛かった。
自分が運営する神奈川県の学園の守衛として、学園の寮に住み込みで働かないかと声を掛けてくれたので世話になることになり今に至るというわけだ。
日本に帰って来て3年。
長い間生き死にの世界にいたせいか、平和な日本に馴染むのに本当に苦労した。
森の中を政府軍に見つからないよう進む緊張感も、隣を歩いていた仲間の額に突然穴が空いた時に感じた死の気配も、俺の目を睨みつけながら死んでいく敵の姿も。全てこの日本には無い。
最初の頃は物足りなさを感じていた。そこで初めて自分が壊れていることに気付いた。
ただ、人間てのは順応する生き物だ。そんな俺もやっとこの平和な生活に慣れて来たところだ。
この平和な日本にいれば壊れた俺でも人生をやり直せる。
そう思っていたんだ。
『遅刻だー』と毎日パンを咥えながら走ってくる、金髪ナイスバディの留学生の尻を見送り門を閉めた時————それは起こった。
突然周囲が真っ暗になり、目の前にあるはずの門も見えない。
空を見上げればまるで星のない宇宙にただ一人取り残されたような、そんな完全な闇に包まれた。
そして次に訪れたのは、地面が消失したような感覚。それから自分が立っているのか倒れているのかわからなくなり、遠く校舎から聞こえて来る生徒たちの悲鳴が耳に入ったのを最後に俺の意識は途絶えた。
♦︎♦︎♦︎
主人公イラスト
https://kakuyomu.jp/users/shiba-no-sakura/news/822139842039928184
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