転生したらうんこだった件 Z

茶電子素

第1話 創造主は何処(いずこ)へ

目が覚めた瞬間、まず最初に思ったのは「暗い」だった。

次に「狭い」。

そして三つ目に「なんか……身も心もあったかい」。


幸せな感覚にこのまま微睡んでいたい心境ではあったが……

いや、あったかいってなんだ?

俺は寝起きの頭で状況を整理しようとしたが、どうにも思考がまとまらない。

体が動かない。

そもそも体がどこからどこまでなのか分からない。


――まさか、俺死んだのか?霊体とか?


昨日の記憶を辿る。

会社で資料を提出し、帰りにスーパーで半額の唐揚げを買い、

家でビールを飲みながら動画を見て……そのまま寝落ちした。

そこまでは覚えている。

だが今のこの状況はどう考えても普通じゃない。


暗闇の中で、突然、世界が揺れた。

ぐにゃり、と自分の体が変形する。

痛みはないが――嫌な予感しかしない。


『そして――俺は光の中へ放り出された』


眩しさに意識が飛びそうになりながら、ようやく理解した。


俺は便だった――。


いやいやいやいや、落ち着け。

……落ち着いてたまるか。

なんで俺は便なんだ。

人間じゃなかったのか。

転生って、もっとこう……あるだろ。

剣と魔法の世界で勇者になるとか、スライムから成り上がるとか、

ドラゴンに育てられるとか。

便ってなんだよ。

……便って。


俺は地面に広がる自分の体を見つめた。

見つめた、と言っても目があるわけじゃない。

視界があるのが不思議なくらいだ。

どうやらこの世界の便は、便なりに知覚能力があるらしい。

そんな設定いる?


「おい、そこの茶色いの。動けるか?」


突然、声がした。

俺は驚いて跳ねた……つもりだが、実際はぷるんと震えただけだ。


声の主は小さな白い生き物だった。

丸くて、ふわふわしていて、目が二つ。

見た目は可愛いが口調は妙に落ち着いている。


「私はミセル。腸内で生まれた微生物だ。お前、名前は?」


名前?

便に名前なんてあるのか?


「……カズマ。たぶん、そうだった気がする」


「ふむ。記憶がある便か。珍しいな」


珍しいどころじゃないだろ。


「ミセル、俺はどうすればいいんだ。人間に戻れるのか?」


「無理だ」


即答で心を抉られる。


「だが進化はできる。努力すればスライムになれる」


「スライム……?」


「そうだ。便の上位種だ。形状が安定し、移動能力も高まり、魔力も扱えるようになる」


スライムが上位種。

この世界の生態系はどうなっているんだ。


「進化条件は?」


「簡単だ。動け。食え。耐えろ。以上だ」


雑すぎる。

だが、やるしかない。

便として過去に想いを馳せながら一生を終えるなんて、あまりにも悲惨だ。


「よし、まずは動く練習だ。カズマ、体を前に押し出してみろ」


言われるままに力を込める。

ぐにゅっ、と体が伸びる。

そのまま地面にぺたんと広がった。


「……なんか思ってたのと違う」


「便とはそういうものだ。慣れろ。筋は悪くない」


(スジがあるのか!?)


「次は食事だ。そこに落ちている草を取り込め」


「便が草を食べていいのか?」


「いい。むしろ食え。食わないと進化しないからな」


俺は草に向かって体を伸ばし包み込むようにして吸収した。

味は……ない。

だが体の中に何かが流れ込む感覚がある。


「おお、なんか……元気になった気がする」


「それが栄養だ。便にも栄養は必要だ」


便のくせに栄養が必要ってどういうことだ。

突っ込みどころが多すぎて追いつかない。


そのとき地面が震えた。

巨大な影が近づいてくる。


「やばい、カズマ、避けろ!」


「え、何が――」


ドスン、と地面が揺れた。

俺のすぐ横に巨大な足が落ちる。


人間だ。

この世界の人間は、便を踏むのが怖くないのか!?


「踏まれたら終わりだ。便は脆い」


「そんなこと言われなくても分かる!」


俺は必死に体を伸ばし、地面を滑るように移動した。

さっきより速い。

草を食べたおかげか?


「いいぞ、その調子だ。生き延びれば経験値が入る」


「便に経験値ってなんだよ!」


「この世界の理だ。受け入れろ」


受け入れられるか!

だが死ぬよりはマシだ。


人間が去ったあと俺はぐったりと地面に寝転んだ。


「……疲れた」


「便はすぐ疲れる。だが今の働きは悪くなかった」


ミセルは俺の横にふわりと浮かんだ。


「カズマ、お前は運がいい。記憶があり、意志があり、動ける。進化の素質がある」


「スライムになれるってことか?」


「可能性はある。だが道は険しい。修羅となる覚悟はあるか?」


修羅……。

便からスライムになる道が険しいって、どんな人生だ。


「まずは自分の体を理解しろ。便は形を変えやすい。それを武器にできる」


「武器……?」


「そうだ。例えば――」


ミセルが言いかけた瞬間、茂みが揺れた。

小さな獣が飛び出してくる。

ウサギのようだが、目が赤く、牙が鋭い。


「魔獣だ。カズマ、逃げろ!」


「無理だろこれ!」


俺は必死に体を伸ばし地面を滑る。

魔獣は俺を見つけ、興味深そうに鼻を近づけた。


「やめろ食うな!絶対に美味しくないぞ!」


魔獣はくんくんと匂いを嗅ぎ――顔をしかめて去っていった。


「……助かった」


「便は基本的に不味いからな。一部のマニアにしか受けん」


「言い方!」


だが助かったのは事実だ。

俺は生き延びた。


「カズマ、今日はよく頑張った。そろそろ休め」


「便って休む必要あるのか?」


「ある。意志を持つ便は、とにかく疲れやすい」


俺は地面に沈み込み意識を落とした。

便としての初日が終わる。

最低のスタートだが、なぜか胸の奥に小さな火が灯っていた。


――スライムになってやる!


便のまま、この生を終わらせるつもりはない。

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