幽霊の相棒と、ブラック企業の闇を暴くまで

ゲンタ

第1話 新居にいたのは、真面目すぎる幽霊でした

「田中くん、これも頼むよ。君、仕事早いからさ」


営業課長の荒木が、またドサッとファイルを置いていく。

これで今日三回目だ。


俺は27歳、社会人4年目。

ミナト精密パーツという“機械部品を扱う“中小企業の営業職。


(これって、明日までに終わらせるの……無理じゃないかな?)


でも、断れない。

断ったら、人間関係がギクシャクする。

その状況を想像するのが怖い。


それに……自分が拒否すれば。

結局は……誰かにこの仕事が回される。

もっと弱い立場の社員だよな……。


「……わかりました」

(結局、いつもどおりか!)


荒木は満足げに笑って去っていく。

気づけば、他の先輩社員からも、当たり前のように仕事が振られてくるようになった。


たとえばこの前も、先輩のミスで得意先が激怒したのに、なぜか俺が謝って……。

(なんで俺だ……って思うのに、断れない……)


定時を何時間も過ぎた夜10時。

これが俺のルーティンになっている。


***


そんな毎日を変えたい。

そのためには、きっかけが必要だ。

俺は思い切って引っ越しすることに決めた。


引越し先は、2LDKのマンション。家賃4万円。

都内なのに……安すぎる!


怪しいかも!

……それでも、引っ越して環境を変えたかった。

今の自分を変えたかった。


不動産屋の社員が満面の笑みで言った。

「コスパ最強ですよ。田中さん! 早い者勝ち! ここを借りたいと言われているお客様が、実は……他にもいらっしゃいまして……」


不動産屋に誘導されるまま――契約書にサイン。

断ると……一生懸命営業している社員に悪いかな……とか……思ってしまいました。

(……また同じことしているな!)


自嘲しながら、段ボールを開封し、中身を片付けていく。

これで最後、そう思った瞬間。

背中になにやら視線を感じる。


「お疲れさまです……こんにちは……初めまして……怪しいものでは……」


振り向くと、誰もいない。

テレビはコンセント差してないし……。

(自分の他に、話す人がいるはずないんだけど……)


「すみません……こっち側です……初めまして……」


振り返った俺は、腰を抜かした。

壁際に申し訳なさそうに――

スーツ姿の、四十代くらいの男性が立っていたのだ。


いや、立っているというより、透けて……いや、浮いているか……。


「ひゃあああああああッ!?」


「す、すみません。驚かせましたね。私、古谷誠一(ふるやせいいち)と申します」


「え、えぇぇ……?」


「そんな反応されると……ちょっと寂しいです。私、決して怪しいものではありませんから! 安心してください!」


古谷と名乗った“それ”は、ふっと悲しげに笑った。

「ですが、幽霊なのは間違いありません……。でも安全な幽霊ですよ。びっくりしないで……お願いします。冷静に……」


「ゆ、幽 霊……?」


「はい。でも悪い幽霊ではありませんから。騙したりもしませんし、祟ったりもなしです。安全ですから」


(祟らないとか、安全とか……。そういう問題じゃないだろ!)


***


落ち着くまで十分かかった……。

長いのか? 短いのか?

落ち着くのがおかしいのか?


でも……古谷さん、思いのほか礼儀正しく、優しい“幽霊”だったんだ。

(幽霊って、みんな、こんな感じなのか?)


「あなたがこの部屋の新しい住人さんですね。これから、よろしくお願いします」


「よ、よろしく……お願いしますって……? ど、どうよろしく?」


「大丈夫ですよ。超安全な幽霊、健康で話好きの幽霊はどうですか? なんとか頼みます! 仲良くしましょう。お願いです……」


「そ、そうなんですか……? そう言われれば、そんな感じですね」


「そ、そうです。ほらこんな風に、物に触ることすらできませんから。安全でしょ!」


そう言って、古谷さんはテーブルのコップに手を伸ばした――が。

すり抜けた手をパタパタしている。


「……ね? 大丈夫でしょ!」


妙にうれしそうだ。

(ただの、おしゃべり幽霊なら別にいいか……。安全って、本人も言ってるし!)


「で、で、こうして話し相手になれますよ。どうです。便利じゃないですか? なんせ私も、ひとりでいると暇で、暇で……」


「幽霊でも、暇とか感じるものですか……?」


「えぇ。死んでから三年ほど、この部屋にひとりでいます。それに……この部屋から出ていこうとしても、六時間くらい経過すると引き戻されてしまって……。ほとほと困ってるんですよ」

「最後に誰かと、ちゃんと話したのは……生きていた頃の職場ですから……、もう三年も前です。だから今、あなたと話していることが……うれしくて」


「三年もですか!?」


「そうそう、ホント、長いです。あなたが来てくれて、久しぶりに人と話ができました」


なんだろう……不思議だ。

恐怖より、だんだんと“親しみ”……とか、“ほっておけないって……気持ち”になってきた。


***


古谷さんの話は、さらに続く。

「もともと、私は公務員だったんです。真面目に働いて、真面目に死にました。とにかく、真面目に生きることを信条にしていましたから……」


「真面目に生きていたから……死んでしまった、そういうことですか?」


「そうともいえます……。過労死でしたから」


(確かに――“真面目に生きる”ことを信条にしていたというなら、そういうこともあるだろうな。俺も過労死しそうだから)


「人の仕事も、真面目に背負い込み……気がついたら……心臓が止まってました」


やっぱり俺と似ている。


「見たところ……あなたも無理をするタイプのようですね?」


図星だった。


「……まあ……そうかもしれないですね」


「気をつけたほうがいいですよ……? 私を反面教師にしてくださいね」


やけに説得力があり過ぎなんだけど……。


「新しい入居者が来るたびに、“初めまして”と挨拶していたら、みなさん揃って逃げ出してしまいましてね。それ以来、ずっと退屈でした。――こうして、話せる人が来てくれて……本当に、うれしいです」


(こんなに喜んでいるのに、“退去します”って言うのが、可哀想な気がしてきた)


「出て行くって言わないでくださいね! あなたがいなくなったら……また孤独になってしまいます。もう、この先どうすればいいか……」


(まあ……幽霊と一緒に住むのも、悪くないか。いい人――いや、いい幽霊みたいだし、真面目で、優しそうだ)

(……なんだか、俺と少し似ている気もする)


この幽霊との出会いが、

俺の人生を大きく変えることになる――

その時の俺は、まだ知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

幽霊の相棒と、ブラック企業の闇を暴くまで ゲンタ @gegegeno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ