第2話 一人で十分だが、拾った新米がやたらと付いてくる

霧のカーテンを抜けた先には、冷たい鉄と腐敗の臭いが立ち込めていた。  

空を見上げれば、ひび割れた紫の月。

そこは新宿の駅ビルではなく、石造りの巨大な城壁に囲まれた異世界だった。


「……やっぱりな。配置も、空気感も、あのクソゲーそのままだ」


蓮見蓮(レン)は足元に転がっていた、錆びついた直剣を拾い上げる。  

ゲームならゴミのような初期装備だが、今の俺にはこれで十分だ。

軽く振ってみると、脳内のイメージと指先の感覚が、驚くほど精密にリンクした。

レベル1の貧弱な体。

だが、蓄積された数万時間のプレイ経験が、筋肉の一致を補完している。


その時、城壁の奥から金属が擦れる嫌な音と、女性の悲鳴が聞こえた。


「いや、来ないで……っ! 助けて、誰か!」


レンは溜息を吐き、足音を殺して角を曲がる。  

そこには、一人の少女(未央)がへたり込んでいた。

ジャージ姿に、申し訳程度のプロテクター。手には折れたナイフ。  

その目の前には、身長三メートルを超える巨躯――全身を黒い甲冑に包み、

巨大な戦斧を携えた『亡者の重装騎士』が立ちはだかっていた。


「……《黒鉄の番人》か。第一ステージの、初見殺し門番だな」


未央は死を覚悟していた。  

新宿駅の異変に巻き込まれ、気づけばこの地獄にいた。

手持ちの武器は一撃で砕かれ、目の前の怪物は銃弾すら通さないだろう威圧感を放っている。  

騎士が、処刑人の如く斧を振り上げた。


――終わった。  

彼女が目を閉じた瞬間。


キィィィィィィン!!


鼓膜を震わせる、鋭い金属音が響いた。  

衝撃に備えていた未央が目を開けると、そこには、自分と騎士の間に割り込む一人の男の背中があった。


冴えないスーツ姿。

だが、その手にある錆びた剣は、騎士の巨大な斧を「斜め下から弾き飛ばして」いた。


「え……?」

「おい。動けるなら下がってろ。フレーム単位の調整が狂う」


レンは未央を振り返りもせず、淡々と告げる。  

騎士は体勢を崩し、大きく咆哮した。怒り狂った連続攻撃がレンを襲う。  

左右からの横薙ぎ、そして容赦ない叩きつけ。  

普通なら、見るだけで足がすくむような暴力の嵐。


だが、レンは踊るように笑った。  

半歩下がるだけで剣先をかわし、次の瞬間には騎士の懐に潜り込む。  

騎士が腕を振り上げる「予備動作」の瞬間、レンは錆びた剣の腹で、騎士の篭手の隙間を正確に叩いた。


――パリィ。


再びの金属音。

騎士の体勢が、大きく後ろへ反り返る。  

完全な無防備。

ゲームなら、最も大きなダメージが入る「致命」のタイミング。


「終わりだ」


レンは剣を逆手に持ち替え、騎士の首の隙間へ深々と突き立てた。  

断末魔の叫びもなく、巨大な騎士は黒い塵となって弾け飛ぶ。


静寂が戻った城塞で、未央は言葉を失っていた。  

自分が手も足も出なかった怪物を、たった数十秒。

しかも、まるで相手の動きを全て予知していたかのような、無駄のない動き。


「あ……あの、ありがとうございます! あなた、一体……」

「蓮見だ。……それより」


レンは空中に浮遊する小型の機械――先ほど入り口で起動した、私物の高性能撮影ドローンを指差した。


「今の、全部映ってたか?」


その頃、インターネット上は、かつてないほどの激震に見舞われていた。  

自衛隊すら手が出せなかった「人類の敵」を、一人のサラリーマンが「ただの鉄屑」で圧倒したのだ。


【速報】新宿ダンジョン内から生中継! 謎のパリィ兄貴、出現wwwwww


視聴者数は、すでに十万人を超えようとしていた。

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