第2話 今の人生の愉しみ方

 旧い友人と少し早めの忘年会。


 博多の水炊きを頂いたあと、私たちは北野に向かった。学生時代、宴会バイトを終えた深夜に歩いた道──懐かしさが、冬の空気と一緒に戻ってくる。


 一軒目は、以前から気になっていた Bar 矢吹。


 シックな佇まいのカウンターで、新鮮なミントを惜しみなく使ったモヒートをゆっくり味わう。


 そして二軒目は、レコードバー Henri。


 先週ここで聴いた Bee Gees – How Deep Is Your Love の話をしたところ、友の心にも火がついたようだ。


 店に入ると、Boz Scaggs の “We’re All Alone” が流れていた。


 静かな夜に合う、少し湿ったイントロだ。


 友と、音楽や小説の話をする。


 最近は思想を深める作品を書いてきたせいか、聴く曲もどこか内省的だった。だが今日は草稿が完成した日。気分は少し明るい。


 そんなことを話しながら選んだのは、Chicago の “Questions 67 & 68”。


 扉を開きたい──そんな気持ちで選んだ一曲だった。


 ところが、カウンターで聴くには少し賑やかすぎる。


 「ごめん、こういう夜はビリー・ジョエルの “Piano Man” が良かったね」


 そう友に言った直後、ターンテーブルが止まり、ゆっくりと針が上がる。


 そして──


 It’s nine o’clock on a Saturday…♪


 マスターは多くを語らない。


 客の会話の断片を拾って、そっと曲を流す。


 これが北野の“間合い”であり、私がこの街を好きな理由だ。


 最後に、カンパリソーダをライムで香りづけしてもらう。


 ほんの少し酸味が立つだけで、夜がまた一つ深くなる。


 これが、今の私の人生の愉しみ方だ。


 特別なことではない。


 けれど、小さな繋がりとちょっとした心意気があれば、人はそれだけで心豊かになれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る