幽霊葬
外レ籤あみだ
ふたり幽か
イワは幽霊とであった。
さいしょは人だとおもった。
足もついていたし、人間らしい血色があった。
なにより美しい少女だったから、その姿にみとれて生きているかなんて二の次どころか頭のどこにもなかった。
美しく丸い瞳は廊下の窓にうつる青空をうつしていた。
しかれ違いざまに軽く黒髪の乗った肩へそっと、自分の肩を当てにいった。
ちょっとした興味本位だった。
すこし犯罪じみているが放課後、高校の廊下でのこと、ちょっと仲良くなるためのきっかけ。そう思惑をたてた。よそ見していたと嘘をつけばよかった。彼女もよそ見をしていたし、不慮の事故だろう。
ほんとうはだれにもわからなくなる。
しかしイワの思惑はからぶり。ほんとうにからぶり。肩がきれいにすり抜けた。風が顔にかかるやわらかな感じもなく、甘いかおりのひとつもない。なんの音沙汰もない衝突事故。
イワもおどろけば彼女もおどろいた。
互いに目があった。
衝突事故ではなかったが、ちがった事故が起こっていた。
イワは握手をもちかけた。
彼女はふしぎそうに握りかえそうとして、やはりからぶる。
イワは恐ろしくも訊いた。
「もしかして幽霊?」
「そちらこそ幽霊?」
小首をかしげる彼女の問いは、より恐ろしい現実を浮き彫りにした。
どうやらふたりして妙な迷路へまよいこむ手まえだった。
「君、幽霊じゃないの?」
「こんな生き生きしているのに?」
「でもすり抜けた」
「それはあなたが幽霊だからでしょ? 私にはおぼえない」
「僕だってないよ」
まず迷宮入りである。
しかしまだ入り口だから、かんたんに引き返しがきくような気がした。お互いそう感づいたのだろう。そしてその瞬間から仲間割れをした。仲間割れをおこさなければならなかった。入り口から生きてでるためには、こちらが生きていて、相手の亡くなっていることを証明すればことたりる。
ある種の命のとりあいだった。
まずイワはしがみつくように壁を触った。彼女も反撃のように壁をさわる。ふたりして貫通しない。人間だけかもしれない。
彼女は携帯のカメラレンズを銃でも突きつけるようにかまえた。イワもお返しだった。写真をとりあう。ふたりともくっきり映っていた。やっかいなことで心霊写真用に映れる性質なのかもしれない。
だったらだれかに訊けばよい。三階廊下から窓をあけてちょうど下にいた男子生徒に、ふたりして大きく手を振った。相手は手を振りかえした。
「私、アカルっていうんだ」
男子生徒への叫びから、奇しくも名前がわかった。さらに男子からそうかと返事があった。またイワも名乗った。これへも返事があった。とてもふつうそうで、アカルとイワからの二三の問いにもあたりまえに答えてくれた。
窓を閉めた。命のとりあいは休戦に入った。壁にならんで背をあずけ、どっと疲れたように座りこむ。
イワがため息まじりに言った。
「どうなっている?」
アカルは顎に手をして細目になる。
「どっちも亡くなってないとか?」
「でもすり抜ける」
イワが彼女の肩へと触れようとし、そのまま肩もぐりこみ地面へと触れるまでよどみなかった。
逆もしかりだった。
ふたりで青ざめた。
まさに幽霊だった。
「体質とか?」
「私、いままでもこれからもとても健康な人だけど?」
「僕だって元気だ。あとはお互い幽霊とか?」
「ほかの人をさわればわかるかも」
「ちょうどあっちから女子がきた」
たしかに女子生徒が歩いてくる。
イワはすがる思いから、迷わず握手を申し込む。女子はその覇気に嫌そうな顔をしつつも、握手してくれる。
温かな人肌の感触があって噛みしめる。水を得たさかなの感動に似ている気がした。アカルもまた空いていた女子生徒の左手をとった。どうやらおなじ感動にであって、かぼそくも望みである命綱のように握りしめていた。
女子生徒は感じ入るふたりに両手をとられ、さすがに振りほどきたいようだ。それをようやく察したふたりから解放してもらうとそそくさと逃げ去ってしまう。
あとから試してみたがふたりとも、やはりすり抜けあうまま。
アカルからの意見はこうだった。
「私たちの相性によるもの。それかどっちかが幽霊で、じつはどっちかがすこぶる霊感がうすいとかで、通り抜けるとか? 私は霊感いっさいない」
イワはそれへすこし同意した。言われれば霊感はないほうである。ただおよその人は幽霊をみたことはない。またみた人でも真偽はとぼしい。
「言われればポルターガイストとか聞くし、触れれないわけでもないはずだ。見聞きした人もいるそうだし、ここまでの検証だって、あてにならないな」
「どっちも幽霊」
「学校がおなじのほかは、まったく接点もなく霊感もないふたりが亡くなったうえ、幽霊になって出会う確率か? だいぶ譲歩してもないな。それだったら片方が異質なほうがまだある」
「幽霊と人との境界ってなんなの? なんなら幽霊ってなに?」
「もとから定義されているもんでもないからな。あるとしたら生きているかどうかだろ。ちょっと聞いた話だが、生きてもいないのに生きていると思い込んでいた逸話もあるそうだ」
「私は生きていたいな。思い込みじゃなく」
「俺もそうだな」
こうやって自分の存在があやふやで、寒気がしこわくなったとき、ふたりは真剣に顔をみあわせた。考えはふたりして揃っていた。
単なる衝突事故からの迷宮入りどころか、これは血をともなわない闘争であった。この不安をとりのぞくならば、やりようはひとつである。どちらかの生存を確かにし、どちらかが亡くなる。生きる自信をもつための蹴落としあいであり、共存であった。
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