透明な君に、色を教えてもらった。

@kuragetoneko

第1話 透明な君

世界は、いつからこんなに無音になったのだろう。


 高校二年の春、俺は突然、色が薄れて見えるようになった。

 赤も青も緑もあるはずなのに、すべてが水で薄めたみたいに曖昧で、心まで一緒にくすんでいく。


「……また今日も、世界はグレーだ」


 屋上でそう呟いた瞬間、背後から風が走った。


「それ、もったいない言い方」


 振り返ると、白いワンピースの少女がフェンスに腰掛けていた。

 透き通るような瞳で、まっすぐこちらを見る。


「色はね、見るものじゃなくて、感じるものだよ」


 彼女――**七瀬 澪(ななせ みお)**は、不思議なことばかり言う。

 昼休みになると現れて、俺を校舎の外へ連れ出した。


 夕焼けの川原。

 雨上がりの踏切。

 夜の観覧車。


「ほら、今は何色?」


「……わからない」


「じゃあ一緒に探そう」


 澪と過ごす時間だけ、世界は少しずつ輪郭を取り戻していった。

 音が鮮やかになり、風が温度を持ち、胸の奥がきゅっと痛む。


 でも、ある日――

 彼女は誰の前にも現れなくなった。


 クラスの名簿にも、職員室の記録にも、

 七瀬 澪という名前は存在しなかった。


 屋上で、最後に残されていたのは一枚のスケッチブック。


『君が世界を好きになれたら、私はもう大丈夫』


 その瞬間、世界が――

 初めて、はっきりと色づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

透明な君に、色を教えてもらった。 @kuragetoneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る