私たちがまだ見知らぬ者同士だった頃 (WHEN WE WERE STILL STRANGERS)
イソルク(Isoruku)
第1話
タンポポの野原には名前がなかった。
それは単に、子供たちが世界を忘れたい時に訪れる場所だった。
白い種が空中に漂い、土と夏の香りを運ぶ柔らかな風に抱かれていた。
オーレズ・エンヴァルは草の上に仰向けになり、半開きの目で空が漂う雲へと裂けていくのを見つめていた。
彼はまた夢を見ていた。
炎。
悲鳴。
彼に手を伸ばし、煙の中に消えていく手。
女性の声が彼の名前を呼ぶ 大声でもなく、必死でもなく ただ静かに、まるで返事が来ないことをすでに知っているかのように。
オーレズの息が詰まった。
彼の指が草を握りしめた。
「アレーズ」
今度は確かに声だった。
彼は鋭く目を見開き、息を切らして起き上がった。
柚木アヴェンが膝を抱えて彼の傍らに座り、両手を膝の上に置いていた。タンポポの綿毛が彼女の髪に絡まっていた。彼女は微笑まなかった。
「また悪夢?」彼女は静かに尋ねた。
「たぶん」アウレズは答えた。
袖で顔を拭う。手が震えている。彼女に気づかれたのが嫌だった。
「最近よく見るんだね」ユズキが言った。
アウレズは目をそらした。
「まだ起きていないことを夢に見続けるんだ」
柚希はそれ以上尋ねなかった。
答えを強要することも決してなかった。
二人が知り合ったのは七歳の頃──オーレズが「母」と呼ぶ女性と共にこの町にやって来たあの日からだった。
当時、彼女は焼き菓子を作り、近所を訪ねるよう二人を強く勧めたものだ。
柚樹の家族は笑い声とお茶と、あまりにも多くのものを失った少年には非現実的に感じられるほどの温もりで彼らを迎えた。学校を提案したのは柚樹の家族だった。あの日、彼を見つめてこう言ったのは柚樹だった
「一緒に素敵な思い出を作ろうか?」
オーレズは彼女を愚かな者を見るように見つめた。
「僕たちは見知らぬ者同士だ」と彼は答えた。「どうして思い出を作れるだろう?」
そして彼は走り去った。
彼はその時、見知らぬ者とはただ、その痛みをまだ知らぬ者だと理解していなかった。
図書館は古い紙と埃の匂いがした。
七歳のオーレズが本に手を伸ばした瞬間、別の手も同時に伸びた。
二人は動きを止めた。
静かな瞳と乱れた髪をした少年が彼を見つめ返した。
「君が欲しければ」少年は言った、「読んでいいよ」
アウレズは首を振った。
「いや。一緒に読もう」
そうして彼は光仙コリンと出会った。
その本は地底に眠る世界について、闇の中で眠る声について書かれていた。彼らはベルが鳴り先生が取り上げるまで読み続けた。
光仙の肩が落ちた。
「最後まで読みたかったんだ」彼は言った。「何日も待ってたのに」
「じゃあ買おう」とオーレズは気楽に言った。
放課後、二人は店に立ち、期待に満ちた目で小銭を数えた。
足りなかった。
背後から柔らかい声がした。
「私も手伝おうか?」
柚希は小銭をカウンターに置いた。
あの日、三人の見知らぬ者たちが一冊の本を共にした。
あの日、何かが始まった。
六年経っても、その本は彼らのそばにあった。
ページは擦り切れていた。表紙は曲がっていた。
それでも光泉は大切に保管していた。
まるで、かつて良い何かが存在した証拠であるかのように。
今や十二人となった。
そして世界は崩れつつあった。
まず、オーレズの母が消えた。
誘拐されたわけでもなく。
遺体で発見されたわけでもない。
ただ消えただけ――
残された部屋は、本来あるべきよりも冷たく感じられた。
アウルズは待った。
何日も。
何週間も。
誰も戻らなかった。
そしてユズキの家族は殺された。
夜の化け物たちが地底から現れ、金属が引き裂かれるような叫び声を響かせた。家々は崩れ落ち、町は燃え上がった。
柚希は廃墟に立ち、服には自分以外の血が付いていた。
「家族を失った」と彼女は空虚な声で言った。「今は一人だ」
オーレズは片方の口元を上げて微笑み、涙が頬を伝った。
「俺はまだここにいる」と彼は言った。
「今はお前の家族だ」
誰かの手が彼の肩に触れた。
「いや」と光泉は言った。「我々こそがそうだ」
彼は古びた本を掲げた。
二人は黙って並んで立っていた。
清林が彼らを受け入れたのは、他に受け入れる者がいなかったからだ。
訓練は過酷だった。
敗北はあっという間に訪れた。
どの三人組も一人を失った。
どの分隊も、生き残りが一時的なものに過ぎないと悟った。
光泉は暴力を嫌っていた。
それでも訓練を続けた。
「俺が止めなければ」と彼は言った。「これは永遠に終わらない」
柚希は手が血が出るまで刃を研いだ。
「復讐する」と彼女は淡々と言った。
アウレズは何も言わなかった。
彼の内側で、何かが育っていた。
怪物たちは肉体だけを破壊したのではない。
意味そのものを破壊したのだ。
アウレズは、平和そのものが不可能だと信じ始めた。
人類が存在する限り、苦しみは繰り返される。
そして地の底深く、何かが彼に応えた。
大地が叫んだ夜、世界は恐怖を知った。
亀裂が大地を裂いた。
唸り声ではなく、叫び声の上に重なるささやきが上がった。
形が現れた。歩かず、這わず、現実そのものが裂け開くかのように展開した。
彼らはすぐに襲いかからなかった。
見守っていた。
人々は逃げた。
祈る者もいた。
凍りつく者もいた。
安全な場所などどこにもなかった。
アウレズは混沌の縁に立っていた。
「これがそれだ」と彼は言った。
ユズキが彼の方を向いた。
「何を言っているの?」
「平和だ」とアウレズは虚ろな目で答えた。「本当の平和を」
光仙が前に踏み出した。
「アウレズ…やめろ」
「人類の四割が消えれば」アウレズは平静に言った「残りは恐怖を理解する。そして私はその後、自らを消す」
柚樹が彼の名前を叫んだ。
光仙が彼の腕を掴んだ。
一瞬、アウレズは躊躇した。
彼はタンポポの野原を思い出した。
一緒に買った本。
記憶を信じていた少女が尋ねた質問。
「また見知らぬ者同士になるんだ」とオーレズは囁いた。
「でも少なくとも…良い思い出は作った」
地面が揺れた。
そして――
静寂。
アウルズは息を呑み、背筋を伸ばした。
タンポポの野原がそよぐ。
叫び声もない。
怪物もいない。
ユズキが彼のそばに座った。
「また寝てたわ」と彼女は言った。
アウルズは地面に降り立ち、荒い息をついた。
「…リアルな感じがした」
ユズキはかすかに微笑んだ。
「夢はいつもそうよ」
背後からコウゼンの声が響いた。彼は本を手にしていた。
おい。本を読むのか、読まないのか?
オーレズは彼らを見た 本当に見た。
未来は決まっていないのかもしれない。
平和は消し去ることから生まれるわけではないのかもしれない。
彼は草の上に仰向けになった。
今のところ、これで十分だった。
END
私たちがまだ見知らぬ者同士だった頃 (WHEN WE WERE STILL STRANGERS) イソルク(Isoruku) @Mondal_00
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