どんな私でも好きでいてくれる?
Yuki@召喚獣
『あ、ありがとう……。その……どんな私でも好きでいてくれる?』
明かりがついていない真っ暗な部屋の中で、ノートパソコンを置いたPCデスクに向かって椅子に座り込んでいる。2DKの間取りの一室の俺の部屋は、六畳の部屋にベッドとPCデスクが置かれていて、壁には二人で旅行した時に撮った写真とか、雑貨屋で買ってきたインテリアなんかが飾られたりしていた。
「一緒に暮らしていてもそれぞれの時間も大事にしたいから」という理由で2DKのアパートを借りた。そのおかげでプライベートな空間を確保できている。まあ、今のこの家には俺一人しかいないからあんまり関係はないんだけど。
デスクの上のノートパソコンの電源は点いていて、横にUSBメモリが刺さっている。タッチパッドで操作するからマウスはない。特に激しいゲームとかをするわけでもないし、余計なものは必要ないからな。
余計なもの。余計なものか……。もしかしたらその余計なものっていうのは、俺自身のことかもしれない。
別に大したことじゃない。どこにでもあることで、俺が一人不幸になったとか、世界で一番可哀そうとか、そんなことじゃない。
俺は彼女が初めての恋人で、彼女は別にそうじゃなかった。だから俺より前があって、そこには俺とは経験したことのない何かがあったんだと思う。
俺との現状に不満があったのかもしれないし、単に俺より前の方がよかったってだけかもしれない。俺は別に神様でもないし、人の心を読む妖怪でもなければ悪魔でもないから人の心なんてものはさっぱりわからない。
信頼しているように思えてその実裏では嫌っていたり、相手をほめたたえたその舌の根も乾かないうちにほめたたえた相手の悪口を言うことだってある。
つまるところ俺が何を言いたいのかっていうのは、一言口にすれば簡単なことで、だからこそ口にするのもはばかられるというか、口にする勇気がないというか、口に出したら本当にそれで終わりというか、なんというか。
いや、とっくに終わってるってことはわかってるんだけど、そう簡単に認められたら俺はこうやって一人でグダグダと考え込んでいないわけで。もしかしたらこういうところもダメだったのかもしれないなんて思い至った暁にはもう思考の無限ループから抜け出す術を失っていた。
俺は俺で彼女にちゃんと好意を伝えていたつもりだった。彼女の話も聞いていたし、休日には二人でよく出かけたりもした。同棲するようになってからは以前よりもさらに距離が縮まったと思っていたし、彼女もそんな俺と過ごすためにあれこれ考えてくれていたように思う。
俺の見えていないところで彼女が何をしていたかなんて知らないし、あまり聞きたいとも思えない。結果が全てというほどドライな考え方はしていないつもりだけど、かといってじゃあ結果はどうでもいいかと言われると別にそうでもない。結果も過程も両方大事。人として当たり前のことだ。
こういう時に自罰的な思考になるのは仕方ないことなんじゃないだろうか。やっぱり好きな人のことを悪く言ったり否定したりなんてことはしたくないわけで、そうなると感情や気持ちの矛先は自分に向いてしまう。俺の何が悪かったのだろうか、とか。何が足りなかったのだろうか、とか。
彼女への気遣いだろうか。彼女への思いやりだろうか。それとも優しさか、逆に強引さか? サプライズはそんなに好きじゃないって言ってたからやらなかったけど、もしかしたら本当はしてほしかったのか?
今更の後悔かもしれないけど、今しか後悔できないのだから許してほしい。だって後悔先に立たずというし、逆に時間が経ちすぎてももう後悔するほどの感情なんて残ってないだろうからさ。
この後悔は今の俺しかできない。それがいいことじゃないのは明白だけど。しないよりはマシかもしれない。いや、どうだろうな。後悔なんて無い人生の方が楽しいに決まってる。
「はぁ……」
溜息を吐く。椅子がぎしりと鈍い音を立てる。耳障りでそろそろ買い換えようと思っていたけど、何となくその音が今の俺の心を表しているような気がしてもう少しこいつとの付き合いを長くしてもいいんじゃないかと思ってしまった。
ノートパソコンに刺さったUSBメモリの中には複数のデータが入っている。俺が要したものじゃない。今朝ポストに手紙と一緒に投函されていたものだ。
まあ確かにそういう同人誌や漫画なんかを読んでいたことはある。好んで読んでいたかというと微妙なラインではあるけど、そういう内容の同人誌や漫画は絵が上手い人が多くて、絵が上手くない人でもそれを補って余りあるストーリー構成や発想などがあって面白いのだ。
だからといって別にそういう話ばかり読んでいたわけじゃない。あくまで数多ある作品の中の一握りというだけで、俺が一番好きなのは純愛イチャイチャものだし、次に好きなのはハーレムものだ。
だいたいこんなものを渡されて俺はどうしたらいいというのだろうか。見て感想を送ればいいのか? 誰に? このUSBメモリを渡してきた相手にか?
なんて感想を送るんだ? こんなもの見せやがってっていう怒りのメッセージ? それともこんな風にしやがってっていう悲しみ、憤りのメッセージ?
いや、そういう感情のメッセージを送るのは違う気がするな。確かにこのUSBメモリの中のデータはとても衝撃的だったし、俺が怒るには十分というか、感情を高ぶらせるには苦労しないような内容のデータだったと思う。だからといってじゃあこのデータから俺が何かを得てどうこうするかっていうと、別にそうでもないというか。
彼女と、彼女の元カレ。以前彼女から聞かされ、写真もちらっと見せてもらったこともあるその男。
筋トレが趣味だったらしいという言葉通りに筋骨隆々で、浅黒い肌をしている。短い金髪でいかにも女を食い物にしてそうな感じの見た目をしている。
彼女はそんな彼にお似合いの露出の多いギャルのような恰好をしていて化粧も派手で、長い髪の毛を金色に染めつつ桃色のインナーカラーを入れていた。俺と付き合い始めてからは露出も控えめになって化粧もナチュラルになって、髪の色も黒色になって清楚然とした様相になって。
良くも悪くもたぶん、付き合っている男の影響を受けやすいんだと思う。自分の好みの格好はあれど、それよりも付き合っている男の趣味に合わせることを優先してしまう。俺は別に彼女にこういう格好をしてほしいと伝えたことはないけど、俺が好きな芸能人やよく見ている漫画のヒロインなんかは清楚系の人が多かったから、それに合わせたんだと思う。
そんな彼女が最近少しずつ派手な格好をし始めた。金髪にしたりとか、露出を増やしたとか、そういうことじゃないんだけど。ピアスの穴を開けてピアスをし始めたり、化粧の雰囲気を少しだけ明るい雰囲気に変えてみたり、短くて控えめだったネイルを清楚な雰囲気を崩さない程度に長く派手にしてみたり。
俺の知らないアクセサリーを身に着けていることが度々あって、少しずつだけど昔の派手な彼女に戻っているような気がしていた。
そのことを指摘していいのかどうか悩んで、結局はどんなファッションをするのも個人の自由だし、俺が口出しするようなことじゃないと思って「最近雰囲気変わったけど、それも似合っててかわいいね」なんて口にする程度に留めていた。
『あ、ありがとう……。その……どんな私でも好きでいてくれる?』
その時そんなことを言われたっけ。なんでそんなことを聞くんだ、なんて思ったけど、こうして同棲して一緒に暮らして将来のことも真剣に考えているような彼女のことを嫌いになんてなるわけなかったから「もちろん」と即座に答えておいた。
そんな俺に何を思ったのか。何も思わなかったのか。俺は彼女のことがよくわからないと今なら言えるけど、その時は俺以上に彼女のことをわかってる人間なんていないと思っていて、俺の答えに彼女は喜んでくれていると思っていた。
「はぁ……」
二度目の溜息。結局俺は俺が思っている以上に彼女のことはわかっていなかったし、彼女は彼女で俺のことを信頼していなかったんだと思う。
恋愛的な意味でのすれ違いがあったかどうかは俺には判断がつかないけど、致命的なズレがあったのは確かだった。
つらつらと意味のないことを取り留めもなく考えてきたけど、そろそろ現実に戻る必要がある。ノートパソコンの画面に映っているものを直視して、脳の中に刻み込んで咀嚼して、それでいてこれからどうするかを考えなければいけない。
正直意味が分からないし、知りたくなかったような情報だとは思う。世の中いろいろなことはあるけど、こういうのが現実にあるとか、しかもそれが俺の身に降りかかってくるとか、そんなことは欠片も思っていなかったわけで。
画面の中には一つの動画が流れている。誰が撮った可知らないけどそれなりに画質がいい。最近のスマホはカメラ性能がいいからな、なんて益体もないことを思ったり。
それに見やすいように何故か多少編集がしてある。これもしかして俺以外にも見せる予定あるの? 俺に見せるためだけに編集するとかめんどくさくない?
「これマジでなんなん……?」
画面の中には彼女の元カレである
それに加えて見たことのない異形の触手みたいなやつが路地裏で暴れ回っていて、瀬戸がその触手に捕まっている。その瀬戸を助けるためか舞香が駆け寄って――その体が光ると、可愛らしいピンクを基調として、フリルやところどころ宝石のようなアクセサリーで彩られた所謂魔法少女みたいな格好に変身した。
「た、助けたいと思う心が私に光をもたらす! マギカ・フローラただいま見参!」
めちゃくちゃ顔を真っ赤にして恥ずかしそうにそう宣言した舞香と、元カレの瀬戸を触手で振り回した謎の触手の戦いが画面の中の動画で始まった。
――いや、なにこれ。
続きがあるかどうかは未定です。
どんな私でも好きでいてくれる? Yuki@召喚獣 @Yuki2453
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