私が吐いた煙、彼女が吸った煙

川上将

私が吐いた煙、彼女が吸った煙

ジリリリリジリリリリジリリリリジリリリリリリどうせ止めるだけの時計が鳴る。私は日頃の感覚を頼りに近くの時計を探す。いつかのことだが布団から遠いところへ置けば目覚めやすいと聞いたことがあるが、私には効果がなかったのでもうやめた。ようやく見つけた時計のスイッチをOFFにし、もう一度大海へと沈んでいく。



 ガタッという音が聞こえ始める。本当のアラームというのはこれだ。母が私を起こすために階段を上がる音だ。これが聞こえると私の脳は活性化し、体は動き出す。そして母が私の部屋に来る頃には寝起きのストレッチをしている。このことに母が気づいているかは知らないがそういうのは関係ない、怒られなければいいのだ。時計に目をやるとすでに針は8:05を指している。

「はぁ」とため息が出る。

 一日の始まりの一言がため息でいいのかという疑問もあるが、別になんでもいいだろという低質な言い訳を飲み込む。


 8:35には学校に行かないといけないので大急ぎで着替えを済まし、昨日から中身が変わらないカバンを持ちリビングへと降りていく。


「行ってきまーす!」

 弟が学校へ行く声が聞こえる。この言葉は誰に投げかけるのかという疑問が浮かぶ。私自身もこの言葉はいつも口にする。けど、「いってらっしゃい」というセリフを求めていない気がする。家が一人でもこれを口にする。誰からも返事はないはずなのに。きっとこの言葉は中身のないただの呪文になっているのだろう。私は今からこの家から出ていくんだと家に報告することで自己で安心しているのだろう。きっと予想は外れている。

 そうこう言っているうちに朝食を済ませ歯磨きをし、時計の針は8:18。今、ここから出れば間に合うだろう。しかしだ、こんなにも満身創痍だっていうのに行けない。行けないのだ。そうして私はまたベットへともう一度向かう。


 そうしてどれだけ時間が経っただろうと私はまた時計に目をやる。9:15を指している。ちょうど母が戸を開ける。

「9:30になったらお父さん起きてくるよ。」

「…分かった。もう行く。」

 私はベット縁にあった眼鏡をかける。

「無理なら保健室とか行きなよ。」

「そこまでじゃないよ。」

嘘を付く


 「行ってきます」

そうして私は呪文を唱え家から出る。

家を出ると空は澄んで少し暗い。口からは白い煙が吐き出される。

「寒っ」

 私は黒い自転車に跨り学校へと向かい始める。自転車というのはすごくいい、風を感じ、重い空気を吹っ切ってくれる。コイツがいればどこまでだって行ける気がする。そうゆう気がする。休日になんのあてもなくただ漕ぐというのをたまにする。河川敷だと信号がないのでずっと漕げていてすごく気持ちがいい。基本人がいないのでスマホから音楽を流したって誰も気にしない。自分がこの世界で一人終末世界を楽しんでいるようになれる。そうゆうのがいい。

うちの学校は敷地内に駐輪場がないなんとも不思議な構造なので駐輪場に自転車を止めたあともう一度学校に行くかの選択ができる。一旦スマホの画面を確認する。

12月11日(木)9:32

一週間で一番つらい日のはずなのだが、何故か行ってみる気が湧いた。スマホの電源を切り、眼鏡を拭き、多少髪の毛を整え、歩き出す。


 敷地内から離れているといったがそう遠くはない。信号を渡り右に曲がる。そこで校舎が見えてくる。私は咄嗟に下を向き始める。何故あそこで行く選択をしたのだろう、後悔している。こんなに寒いというのに特段着込んでいる訳でもないのに変な汗をかいてしまう。

「はぁ」

段々と足が先の見えない豪雪地を踏み抜くように重くなっていく、一歩一歩が誰かに足を掴まれているかのように足を引きずってゆく。

「坂本?」

私はすぐに振り向く。振り返る時、下は向いていなかった。

「坂本じゃん。どうした?寝坊?」

「ちょっ…いや、そんなとこ」

嘘を付く

「こんな時間に学校って中本も寝坊?」

中本柚葉 

私と同じ2年6組のクラスメートで二学期までは不登校だったがどうやら留年になりかけらしいので最近は毎日来ている。

「んー、私は行くか迷ってたらこんな時間になったって感じ」

私は彼女も同じ理由だったことに少し安心した。

「留年かかってるんだったら行かなくちゃだろ。」

自分を棚に上げて相手を責める。

「そうだけども、気分っての整えないと無理じゃん。」

「言いたいことが分からないこともない。」

「ほら、坂本だってそうでしょ?ならとやかく言ってこないでください。」

「すみませんね、とりあえず学校向かいます?」

「一旦ね、門の前でもう一回気持ちは整えたいから。」

「オッケー」

 さっきまでは下ばかり向いていたが、彼女が来たことによって少し自信がつき今ではしっかり前を向いていた。いや、強がりかもしれない。そしてだんだんと、校舎が大きくなってくる。それに連動するかのように動悸は大きくなり、息は浅くなる。前を向くことがゴールではないと痛感した。すぐに、自信ではなく強がりだと発覚してしまって恥ずかしい。

「大丈夫?体調悪い?」

「違うけど、ちょっとね。でも心配するほどじゃないよ。」

「休むことは強いないけど、無理そうなら言って。」

彼女こそ辛いはずなのに優しい言葉をそっとかけた。

「うん、ありがとう」

乱れる気分を耐えながら、ようやく校門へと辿り着く。なんというおぞましい場所だ。しかし後は、インターホンを押し扉を開けてもらうだけ。

「どうする?インターホン押す?」

「ちょっと考えさせて。」

彼女は手を顎に当ていかにも考えているポーズを取る。そして、ひどく悩んでいるようだ。彼女の顔からは苦渋の顔が見える。

「じゃあ考えといて、私は先行っとくよ。」

私は自分がまだ学校へ少しでも入れる余裕があるうちに行くべきだと思った。このタイミングを逃しては今日はも登校が叶わないだろう。しかしこれは思い込みだろう。動悸は激しく、息も浅い、足は震えている。

「いや、待って」

彼女の声は少し深刻なトーンであり、答えが決まったと思わせる程の説得力があった。

「今日はサボってもいいんじゃない?」

「え?」

さっきの声からは想像できないほどの回答。何故こんな馬鹿げた答えにあの言い方ができるのかと疑問に思った。

「だから、今日はもうサボって学校に行きません。」

「いや、全部理解したうえでの疑問形だよ今のは。」

「じゃあ分かってるじゃん。ほら行くよ。」

彼女は踵を反対向けて先程の何倍ものスピードで動き出す。7メートルほど進んだ後、まだ呆気に取られている私を見て

「あぁ、もう先生に見つかる前にはやくはやく」

と焦った口調で訴えかけてくる。

「えぇ、ちょっ、えぇ?」

まだ理解できないまま彼女の方へと一歩二歩と歩みを進めていく。

「遅い遅い」

呆れ声で言い、彼女は数メートル戻って来るやいなや、私の手首を掴み走り出した。私はただついて行くだけ。

「ちょっと!どこ行くつもり?」

飼い犬に振り回される飼い主同然の構図の私は、この問いを彼女に問いかける。

「秘密!着いてからのお楽しみ!」

彼女はとても楽しそうに見える。それも疑問だ。学校をサボることがなぜこんなに彼女を楽しくさせるのか?いや、走ることが楽しいのか?本当にわからない。


 「ハァハァ、到着です。ハァハァ」

「ハァハァ、ここ、どこ。」

私達二人は手を膝につきながら中腰になり呼吸を整える。荷物もある中、学校からノンストップで五分ほど走ったのだ。しんどいはずである。やっと呼吸が整い始め、前の景色に目を向ける。先にあったのは入組んだ少し古い住宅地の中にあるやけにきれいに整備された公園だった。

「公園?」

「うん、ここでサボろうと。」

「ごめん、まず一旦整理したいかも。」

「まず、私が学校に行きたくないからサボろうっと思ってここに来た。」

「気持ちだよ。」

「あ、スミマセン。」

テヘッと彼女は嘘の顔を作る。

「ふぅぅ」

私は深呼吸をして、疲れた体、動揺している心を落ち着ける。しかし、まだ疑問は残る。

「とりあえず、質問。」

「構いません。」

「何故サボろうと?」

「学校に行きたくないからです。」

「そんなことをしていいとでも?」

「結局、あそこで行かない判断をするんだったら結果は同じだよ。家に帰って体調不良という免罪符を持ってサボるだけ。本質は同じなんだから、どうせならって。」

一理ある。彼女の言う通り、その時私は強がっていただけでインターホンを押すまでは到達しなかっただろう。

「どうしてここ?」

「質問が多い。」

「そんなにか?でもこれで質問は最後。」

「ここは、さっきと同じように学校に行くか悩んで行かない選択をしたときに見つけた公園。別に特段物語があるわけじゃない。たまにここに来て学校サボってる。あと、なんで坂本を連れてきたかは聞かなくていいの?」

「あ、忘れてた。お願いしてもいい?」

「自分から意味ありげな言い方してなんだけど、そこまで。ただそこにいたから。」

「なるほどね。うーん、でどうするんだ?」

「私はいつも、スマホ見たり、本読んだり、いろんなことしてる。ここは唯一私が一人を感じられる場所だから。」

「だから、よくここに通ってるか。」

「うん、今日は来るつもりがなかったんだけど、坂本が酷い顔してたからね。」

「…」

気を使わせてしまったという申し訳なさから、この言葉に私は返事ができなかった。

「人には色々事情があるからね。」

そう彼女はバッグをベンチへ降ろしながら言い、ブランコへと座った。

「バッグ重いでしょ?降ろしなよ。」

「あ、あぁ」

そして、私もバッグを降ろしブランコへと向かう。さっきまでの疲れを癒やすためにどっさりと深々と座った。

「こっからどうする?とりあえずスマホでも…あ、スマホのバッグの中だ。」

「あ、私もスマホ中入れっぱなしだ。あぁ、でも疲れて立てれない。中本取ってくれない?」

「私も疲れてるからやだよ。だったらここを教えてあげた代わりに何か話して。」

「えぇ、なんかあるかな。」

思いの外の彼女の無茶振りに私は戸惑う。

「あー、一つあったけど面白いかわからないよ。」

「別にいいよそれで。」

「これは私の恋愛観なんだけど、好きっていう気持ちはただの一方的な気持ちで相手にとってはひどい迷惑だなってよく思ってて。例えば、誰かを好きになったとしてやっぱり周りとかに相談したりするわけじゃん?そうしたらさ、周りが気を使って二人で話せるように、写真が横になるようにと仕向けてさ二人が少しでも近づけるように好きだと知ってる側の人間は動くわけだよ。まぁ好き側の人間は好きな人との時間が共有できていいんだけどさ、好きになられてる側の人っていうのは周りに勝手に世界を回されて、自分が動かしていたと思っていた景色は誰かに作られたものってことになるじゃん。私はそれがすごく自分勝手で自分よがりで一方的でひどい迷惑だなって思う。」

前々から用意していたかと思わせるような流暢な言葉がスラスラと私の口から出ていった。

「あ、急にこんな複雑な話してごめん。面白くなかった。」

そうして、後悔し、この話が終わるように自分から心を閉ざした。

「いや?全然?むしろ納得かも。あー、なるほどね。その考えはしたことなかった。でも待って?でもそのおかげで成功する恋愛もあるわけじゃんそれについてはどう思うの?」

彼女は興味を示し、更には質問までしてきた。彼女になぜなのかを問いたい気持ちはあるがそれ以上に自分の話にここまで真剣になってくれる人間に答えたいという気持ちが強かった。

「それに関しては、恋愛は洗脳だなって思う。例えば人を好きになったらその人に振り向いてもらうため二その人をそのてこの手で魅了という名の洗脳をする。それで振り向いてもらえたらその人を自分は魅力的で恋人にしたいぐらい好きだと洗脳できたって証。逆にそれで振り向いてもらえなかったら洗脳は失敗。たとえ、それで付き合えたとしてもいつかは洗脳が解けて別れてしまうこともある。他にも、洗脳した相手が思ったほどの相手じゃなかったら洗脳したまま別れることもある。って感じ。」

「なるほどね、そう言われてみれば思い当たる節は何個かあったりするな。恋愛が洗脳ね…表現の仕方が最高に恋愛を皮肉ってて面白いね。」

初めての感想に驚いた。いつもなら大体の人間は苦笑いをして話題を変える。

「ホントに面白かった?正直に言っていいよ、お世辞とか慣れてるから。」

「お世辞じゃなくて本当に面白いと思ったんだよ。いつもこんな事考えてるの?」

「ふとした時に当たり前のことが疑問に思うことがよくあるたびに、こうやって自分で考えたりしてる。」 

「へぇ~、結構哲学的なタイプなんだ。」

「中本も意外とそんななんだ。なんか典型的なJKだと思ってた。」

「人はそれぞれだからね。見た目じゃわからないことも多いか。」

彼女は優しく目の前を見つめる。その言葉が私に投げられているのか、それとも独り言なのかは分からなかった。そうして話題が一段落ついた私達に沈黙が訪れる。しかし、不思議と居心地が悪いとは感じなかった。疲れがようやく取れてきたので私達はバッグに向かいスマホを取り出す。私はまたブランコへと座った。彼女はスマホを探しているのかまだ鞄の中を漁っているようだった。

 40分ぐらいだろうか、ただ不干渉の時間が流れる。私達はただスマホを眺めていた。

「んっ、んん〜はぁぁ」

彼女が伸び、深呼吸をする。それに、連動するかのように私も伸びをする。

「ちょっと目が疲れた。休めようっと。」

そう言って彼女はポッケに手を入れ始めて何かを取り出そうとした。ビニール包装の音がしたのできっと飴だろう。

「よかったら一個頂戴。」

「んー、ちょっと待って上手く引き出せない。」

そう言って彼女は立ち上がりもう一度ポッケに手を入れた。私は少し時間がかかるだろうと思い、もう一度スマホに視線を落とす。

「あー、よしよし。一ついるんだよね?えー、でも待って最近高いんだよね。まぁ、今回だけならいいよ。ちょっと待って。」

そして彼女は、包み紙を外し箱を開けだした。あー、キャラメルか。たしかにあの箱ならポッケから取り出しにくな。

「結構以外、真面目そうだからこうゆうの好きじゃないと思ってた。」

「あんまり真面目は関係ないだろ。」

少しおかしなことを言う彼女が面白くフッと笑ってしまった。

「えー?関係あふと思ふけどな〜。はい、一つあげる。」と口に含んだまま話した。

そうして彼女は私の眼の前にタバコを一本差し出した。

「え?」

「ちょっと、早く取ってよ。こっちは早く吸いたいんだから。」

彼女は私を焦らせ、私はこの状況を理解できないまま彼女が持っていたタバコを受け取る。

「あ、ありがとう。」

彼女は空いた手でライターを取り出し、カチッカチッと音の立ててタバコに火をつけようとする。そして、真っ白の棒状のタバコの先端は焼けて真っ赤な熱が灯る。それを確認した彼女は目をつむり、深く息を吸う。そうして真っ赤な灯りは激しく光り、そうして彼女の肺に煙を届ける。制服を着た女子高生がタバコを吸うというなんとも奇妙な光景は私に衝撃を与えた。

「ふうぅぅ」

彼女から青い空に似つかわしくない灰色の煙が吐き出された。口から離れたタバコには淡いピンク色がついていた。

「あ、火だよね。ごめん。」

彼女は慌てて私にライターを差し出した。

「ごめんちょっと勘違いしてたかも…」

「勘違いって何?銘柄吸ってるやつと違った?」

「何もかもかも。ちょっとタバコだとは思わなかった。」

「え、でも吸うって…」

「そこも勘違いだね。私はあなたがポッケからキャラメルを出したと思って一つ頂戴って言ったの。」

「あー、なるほど!じゃあタバコは吸ってないんだ。」

「未成年の大半は吸ってないんだよ。違法だからね。」

「まぁ、見つからなきゃいいんじゃない?」

「だめだよ、違法だからね。」

「そんな厳しいこと…好きなことを好きなときにやればいいじゃん。」

「みんなそうだったら大変だろ?そうしないための法律なんだよ。」

「堅いね。」

そうして、また大きく息を吸い、灰色を吐き出す。

「普通だよ。」

そうしてさっき渡されたタバコに視線を落とす。

「じゃあさ、吸ってみない?」

「なんで犯罪を犯さないといけないんだよ。」

「おいしいよ。」

「はぁ、これは没収だ。」

そうして1本のタバコをブレザーの胸ポケットへ収納する。

「いいよ、1本ぐらいあげるよ。」

「欲しくてもらったわけじゃないよ。没収」

「はいはい」

「ていうか、なんで持ってるの?最近は店とかの規制が厳しかったりしない?」

「地元の先輩がね、買ってくれた。」

「あ、地元治安悪かったり?」

なんとも本人に言う言葉ではないだろう。

「まぁ、ちょっと結構悪目っていうか?」

「なるほどなるほど、納得か。」

「納得だねぇ」

「なんで吸ってるの?ちゃんと中毒?」

「いやいや、そんな長らくは吸ってないよ。吸い出したのは最近…直近1ヶ月ぐらいかな。まぁ」

「本当はしてはいけないことをしてるのがいいんじゃない?」

彼女が言うであろう言葉を私は言う。

「そうそうそれ!大人への反発とかそうゆうの。なんで分かったの?」

「未成年喫煙者は大体そうだろ、相場は決まってる。」

「そうかぁ」と彼女は小さく呟く。一旦会話が終了し少しの沈黙が訪れる。先ほどとは違い少し気まずくなった。

「なんか時々、口調強くなるよね。」

「あ、ごめん。ツッコむときとかちょっと言葉強くなってるかも。」

「いや、全然いいよ。そのツッコミありがたいときあるから。」

「適当言ってないか?」

「そんな思ってないこと言うわけないよ。恋愛観の時もそうだったでしょ?」

「まぁそうだと信じとくよ。てか、未成年喫煙してるわけじゃん。」

「うん」

そう言ってまた灰色を吐き出す。

「他、悪い事してないよね?」

「これが悪いことかは分からないけど…」

彼女は長い髪を耳にかけて横を向く。彼女の耳たぶや耳輪にはいくつものポツポツとしたくぼみが見える。

「ピアス穴?」

「うん、耳たぶに3つ、上の方に3つ。」

「反対も?」

「うん。そうじゃないとつけたときバランス悪いでしょ?」

「そうゆうの疎いから分からないけど…」

「あーでもピアスは学校には結構いるよ。私ほどってなるといないと思うけど。」

「え、その専用のやつで開けたってこと?」

「そうそう」

「痛くない?」

「人によって異なるとは思うんだけど、一瞬ね?グサって感覚があって痛いんだけど、まぁ慣れたらこっちのもん。」

「えぇ、痛そう。」

「やってみる?」

「校則に違反してるし、痛そうなんで断ります。」

「すぐそうやってルールを持ち出す。真面目かよ。」

「違うよ、都合の良い時だけルールを無視して、悪くなったら正義側の意見を借りてるだけ。まったく真面目じゃない。まずここでサボってる時点でお察し。」

「人間って大体そうだよ。すぐ自分を正当化したがる、そんなに自分を卑下しなくてもいいよ。」

「それも正当化の一つだよ。」

「正当化することは生きていくうえで必要だよ…」

しんみりと重苦しい空気が流れる。先程を優に上回る気まずさがあった。

「まだ10時15分…」

「結構経ったと思ったけどそんぐらいか。」

先程の暗さがまだ抜けきれていない声で言う。

「あーそぼっと」

そう言ってもう短くなってしまったタバコを簡易灰皿のキーホルダーに入れてすべり台へ走り出した。私はそんな彼女を遠目にする。彼女は一人で身の丈に合わない小さな遊具に登り、スカートを抑え滑る。まだ足りなかったのか彼女はその後も4,5度繰り返した。

「ジャングルジム登ろー」

滑り台に飽きた彼女はこっち向かって言ってきた。

「はーい」

ブランコの横にジャングルジムがあるため私のほうが早く登り終え彼女を待っていた。

「よいしょっと」

彼女は登り終えて、私の横の角の部分に座った。

「いい眺めだね。」

「家しか見えないけど。」

「いい眺めだよ。空がさっきまでと近く感じる。」

「地面から空までの距離を考えたらほんの誤差だけどね。」

「さっきから否定しかできないの?!?」

少し怒ったように言う。卑屈になってしまうのが私の短所だ。

「ごめん、さっきの流れまだ取れてなくて。」

「いや、言ってることは正しいんだけど、趣を大事にしたいなって。」

「趣ねぇ。」

さっきまで犯罪を犯していた人間が発する言葉ではないと思った。

「そう言われてみると、今いた公園を全貌できていいね。」

「気に入った?」

「こうゆう誰もいない公園は好きだよ、秘密基地っぽくて。」

「あ!わかる!ここって綺麗なクセに本当に人が通らないから好き。一人を感じられるし、タバコも堂々と吸えるし。」

「タバコのところはよくわからないけど、いいよね。」

「わかってくれて嬉しいなぁ、ホント連れてきてよかった。」

「でも良かったの?もう一人の場所じゃなくなるよ?」

「まぁ、それは残念だけど、共有できた人間が坂本なのは良かったかな。」

「あ、ありがとう。」

唐突に褒められて少しくらった。

「こっからどうする?」

「いつもはどうしてるの?」

「いつもは大体この時間らへんにやることが飽きて無くなってくるから気分がよかったら学校に行ってるかな。たまに昼過ぎとか、下校時間とまでいたりするけど、今日は飽きちゃった。」

「そうだね、結構中本から元気もらったらし学校に行こうかな。」

「うーん、私はまだ考えようかな。ちょっと迷ってる。」

「そうなんだ、じゃあここでさよならか。」

「まぁ、また後で会うかもだけどね。」

そう言って私達はジャングルジムから降り、私はバッグを背負い出口へ向かう、反対に彼女はまたブランコへと戻りスマホを取り出す。

「それじゃあ。」

「無理はしないでね。」

「母親かよ。わかってる。」

「バイバイ」

「バイバイ、もしかしたらまた後で」

彼女はそれについては返事はしなかった。そして私は踵を反対方向へ回転させて歩き出す。体は重くない。

「よかったら!また来て!」

少し歩いたところで彼女が言う。

「ありがとう!」

後ろを向き感謝を伝える。遠くてよく見えなかったが、きっと彼女は笑顔だった。


 インターホンを押し、全ての元凶である学校に足を踏み見れる。しかしまったく気が病むことはなかった、彼女のお陰で。

 「今日はちょっと遅かったな。」

とクラスメートが言ってくる。彼もきっと私を心配しているのだろう。

「ちょっとお腹がね?」

「全部出した?」

「だからここに来たんだよ。」

「なら良かったよ。」

そう言って自分の席へ彼は戻っていく。彼には私よりも仲が良い友がいるのに話してくれるなんていい人なんだろうと思った。


 斜め前方にある、中本の席を眺める。もちろん誰も座っていなかった。そうして何度も彼女の席を眺めて、時間が過ぎていった。

 結局その日彼女は学校に来なかった。

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私が吐いた煙、彼女が吸った煙 川上将 @shosan8562

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