1.無才無能の落ちこぼれ


「貴様は何の才能も持たないクズだ」


 黒檀こくたんのデスクに座る父雅空がくの冷たい声が書斎に響く。


「私の血を半分は受け継いでいるからと、少しは期待していたが、所詮はめかけの子か」


 失望を顕わにしながら、距離を置いて立つ俺に、吐き捨てるように罵声を浴びせる。


「お前のような出来損ないは私の息子ではない。今日からは庭の離れに一人で住め。クランの訓練にも参加させん。期待を裏切った罰として、家事の手伝いでもしてろ。お前にはそれがお似合いだ」


 早口で捲し立てられる言葉に、俺は反論の隙も与えられず、ただ黙って頷くしか出来なかった。


 これが、俺──秋堂式しゅうどうしきが十歳の誕生日に実の父親から贈られた最悪なプレゼントだった。



 俺が生まれたのは、科学技術が発達しながらも、ダンジョンに魔物が現れる日本の首都だった。


 今から五十六年前に突如としてこの世界に現れたダンジョンにより、世界は震撼させられた。


 政府は緊急会議を開き、まずは軍隊が送られる事になり、そのぽっかりと地上に空いた穴へと、恐れを抱きながらも勇敢に踏み込んでいった。


 そこで異形の怪物に遭遇し襲いかかられる事になり、反撃するも、銃火器の類では大したダメージを与えられなかった。


 大きな被害を受けながら慌てて逃げ帰る事になり、その報告を受けた上層部は、これからどう対処したものかと揃って頭を抱えた。

 

 すると、その報告に混じり、魔物と交戦した兵士達が、身体に異変を感じているという声が上がってきた。


 そこで、色々と調べてみたところ、彼らにはスキルや魔法と言ったファンタジーで語られるような特殊能力が発現している事が判明した。


 その特殊な能力に目覚めた兵士達が再度ダンジョンに突入し、その特殊能力を用いて攻撃すると、今度は異形の怪物相手にダメージを与える事が叶い、討伐を果たす事が出来た。


 後に、異形の怪物──モンスターが死の間際に放つ魔素を吸収し、身体能力等も上がる事が明らかになった。


 そうして、ダンジョンは攻略する事が可能になり、一般にも開放されるようになっていった。


 ダンジョンを攻略する者達は探索者と呼ばれ、政府は新しく探索庁を創設し、その下部組織として日本探索者協会(ギルド)を設立した。


 探索者達がダンジョンに潜り、魔物を倒してドロップする魔石やアイテム、採掘で得られる珍しい鉱石等は、探索者ギルドを介して社会に流通し、新しいエネルギー資源となったり、現代医療では治せない病気や怪我の治療法になったりと、経済を潤わせる事になった。


 そんな、今やダンジョンが社会の日常に深く根付いてしまっているこの世界に於いては、より能力の優れた者が優遇されるのが変わらざる掟だ。

 レベルやスキル、魔法等のランクによって、ヒエラルキーが形成されているのだ。

 上位にいる者は甘い汁を吸って私腹を肥やし、下位にいる者は搾取され虐げられる。


 そんな無情で冷淡な世界ではあるが、俺は希望を捨ててはいなかった。 

 父親が、大手クランである『栄光の黎明』の経営者と団長を兼任している高名なS級探索者であるため、その子供達も優秀な才能を受け継いでいるものと期待されていたからだ。

 一歳年上の腹違いの兄は、その期待通りに、十歳の時に初めて受ける魔力測定に於いて、父親と同じ帝級スキルが発現している事が分かり、周りから称賛の声が上がっていた。

 そのため俺も、婚外子ではあっても、優れた血を半分は受け継いでいる者として、有用なスキルが発現してくれるだろうと信じていたのだが─

─。



   §



「⋯⋯今、何と言った?」


 父親である雅空が苛つきを隠せない声で問う。


「聞こえませんでしたか? ではもう一度言いますね。魔力測定の結果、魔力は無し。スキルは『鉄の胃袋』となっています。未知のスキルですのではっきりした事は言えませんが、言葉の響きからして、実用性に欠ける初級スキルでしょうね」


 試験官が、淡々とした口調で冷静に告げる。


「そんな馬鹿な! 魔力無しだと⋯⋯そんな事があり得るのか!? それに何だって? 『鉄の胃袋』? そんなものがモンスターとの戦闘で使える訳がないだろう! おい! 測定器の故障とかなんじゃないか!?」

「申し訳ありませんが、測定器は正常に作動しています。失礼ながら、ご子息には戦いの才能はなかったようですね」


 憤る雅空に対し、試験官は泰然とした態度を崩さず、はっきりと言い切った。


 俺は、彼らの会話を、ただ呆然として聞いていた。

 魔力無し。

 スキルは見るからに使えなさそうな最低ランクのものが一つだけ。

 こんな能力では、最弱モンスターのゴブリンを相手にしても勝てないだろう。

 これまで、婚外子という事で周りから少し距離を置かれてきた。

 だが、有用なスキルが発現してさえいれば、その扱いも変わるだろうと淡い期待を抱いていたというのに⋯⋯。

 自分は選ばれなかった──その厳然たる事実が、俺を打ちのめしていた。


「将来の事を考えて、足手まといだと分かっていながらクランの訓練にも参加させてやっていたというのに⋯⋯これでは計画が丸潰れではないか!」


 失望が怒りへと変換される。


「私の顔に泥を塗りおって、この能無しのクズが!」


 そうして、俺はそれまで暮らしていた本邸から、庭の片隅にぽつんと寂しげに立つ離れへと追いやられてしまう事になった。


 それからは、慎ましい生活を強いられるようになる。

 最低限の衣食住は保証されてはいるものの、小遣い等は一切与えられず、家と学校を往復するだけの毎日。

 無能だと分かった事で、それまでいた友人達も離れていき、いつも一人ぼっちで孤独を抱えている。


 そんな空虚な日々の中での俺の唯一の癒やしが、秋堂家に専属の家事代行としてきてくれている和泉優奈いずみゆうなとの交わりだった。

 当時高校を卒業して家事代行会社で働き始めたばかりだった和泉さんは、秋堂家の中で疎外されている俺にも優しく接してくれた女性で、彼女が家事を行うのを手伝いながら会話をするのが、唯一の楽しみだった。

 彼女のおかげで俺は、ギリギリのところで心折られずに生にしがみつく事が出来ていたと言えるだろう。


 そうやって、辛い現実と向き合いながら六年の時間が経ち、俺は十六歳の高校二年生になった。



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