卵を探そう

野林緑里

第1話

「いまから“卵”を探しに行こうと思います」


 ある日突然、担任の先生が満面の笑みを浮かべながら言い出した。


 卵とは何か?


 養鶏場でも行くのだろうか、と考えていると、先生は首を横に振る。


「全然違いますよ。山へ行くんです」


 では、どこへ取りに行くというのか。


「決まっているじゃないですかあ。山ですよ。いまからドラゴンの卵を取りに行きまーす」


「はあ?」


 生徒たちは誰もが突拍子もない言葉に首を傾げた。

 ドラゴン? 


 そんなものがいるのだろうか。小説や漫画の世界の話ではないのかと、生徒たちは口々に言う。


「大丈夫ですよお。ドラゴンはちゃんといます。そして、そのドラゴンの卵を手にすると幸せになるんですよお。みなさんの受験も成功間違いなし!」


 妙に自信満々だ。


 大の大人がそんなことを信じるのか。


 生徒たちは、心の中でそう呆れた。


 教室は一瞬の沈黙に包まれたが、次の瞬間、誰かが小さく笑った。


「先生、本気ですか?」


「もちろん本気です! さあ、準備はいいですか?」


 教室の後ろにある黒板に、先生は大きく山の地図を描きはじめた。


「ここからこの道を通って、あの谷を抜ければ、ドラゴンの棲むと言われる『風鳴山』に到着します」


 生徒たちは互いに目を合わせる。


「これ、遠足とかじゃないよな」


「いや、むしろ遠足の比じゃない気がする」


 それでも、胸の奥に不思議なわくわく感が芽生える者もいた。


“本当にドラゴンの卵があるのだろうか?”


 その日の放課後、準備を整えた生徒たちは、半信半疑のまま学校の裏山へと足を踏み出した。





 ……………………………



「それでドラゴンの卵は見つかったの?」


「うーん。見つけたかな? ドラゴンも観たぞ」


 話を聞いていた彼女の質問に俺はどう答えていいのかわからなかった。


 なんといっていいのだろうか。


 あれは現実だったのか夢だったのかもわからない。


 先生に連れて行かれた学校の裏山。


 洞穴に入ったまでは覚えている。


 その後はあいまいだ。


 なにか見たこともない景色が広がっていたような気がする。


 その中にたしかにドラゴンがいた。


 ゲームやアニメに出てくるような大きなドラゴンがこちらを見ていたのだ。


 呆然とする俺たちとはちがい、先生はいたって冷静にドラゴンへ近づいていく。


 そしていうのだ。


「こんにちわ。ドラゴンの………さん。お約束通り

 この子たちに卵をくださいな」


 おそらくドラゴンの名前を言ったのだろうか聞き取ることができなかった。


 ドラゴンは頷くと光り輝いた。


 眩しくて目を眩ませていると、何かが俺の手に落ちた感触がした。


 光が消えてその手を見ると卵があったのだ。


 手のひらに乗るほどの金色の卵。


 クラスメートたちにも似たような卵が乗っていた。


 そして、ドラゴンは消え去り、見覚えのある裏山の景色。


「みなさーん。それ大切にもっていてくださいねえ。あなたたちに幸あれ」


 先生はいつものようににこやかな顔でそういった。


「へえ。それがその卵?」


 俺は彼女に卵を見せた。


「きれいねえ。でももう十年も前の話でしょうか?本当に卵なの?」


「うーん。先生が卵っていうんだから卵なんだろうなあ。俺にはビー玉みたいに見えるが」


「でも大切にしてるよね」


「そうだな。あの先生は本当にいい先生だったからなあ。皆そのまま大切にしているらしいぞ」


「へえ。そうなんだあ。あってみたいなあ。その先生いまどうしているの?」


「さあ? 噂によれば故郷に帰ったらしいぞ」


「故郷?どこ?」


「知らない。なんかものすごく遠いところらしい」


「そっか。残念」


 本気で残念がる彼女から返してもらった“卵”を見ながら、先生の笑顔を思い浮かべていた。

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卵を探そう 野林緑里 @gswolf0718

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