空海の卵

へのぽん

兜率天(とそつてん)より愛を込めて

 真言密教の聖地、和歌山県高野山には空海が今なお生き、約五十六億年の後、姿を現し、人々を救うと伝えられている。毎日二度、僧侶は空海に衣服と食事を運んでいる。

 はたして空海は荼毘に付されたという記述も散見されるので、詳しいことは定かではない。ただ一つここに、新しい発見がなされた。


「社長、身だしなみ」

「デニムにシャツに身だしなみなんてあるのか」


 正木は華奢で背が高い。短い髪を後ろに手ぐしで流し、寺の崩れかけた土塀から覗く、畑の牧歌的な景色に何となく頬をゆるめた。

 慈尊院の修復の際、塔の地下から巨大な卵が発見されたと連絡を渡されて、わざわざ京都から来た。

 慈尊院とは、空海によって母のために高野山の麓、紀ノ川の畔の九度山町に建てられた寺である。

 今では安産祈願、子育て祈願の寺として存在し、山門からは真っ青な空まで続く階段が待ち構えていた。


「まさか登るの?」

「上だそうです」

 

 紗弥は長い髪をなびかせた。デニムにシャツだが、胸の谷間のためにボタンを一つ外している。


「塔の下……」

「上」


 六月の梅雨の晴れ間、蒸し暑さが込み上げる中、正木は発掘者の案内で汗を拭いた。由緒ある寺の地中から一抱えほどもある、土に覆われた卵が姿を現したのである。


「ったく……」

「社会性も身につけて。せっかく教育委員会の人から声をかけられたんだから。好機到来よ」


 小柄な紗弥は後ろから正木の腰を押すようにしながら、途切れ途切れに話した。どこかの院を出たものの就職したのが、京都の老舗の伏見にある正木印刷だ。民俗学に関する専門的な論文を校正から製本までする貧乏出版社だ。ただ暇つぶしにはじめたオカルト誌に評判がある。これなら紙代もいらないし、パソコンで打ち込めば済んで楽だろうと、正木が学生時代にはじめたものだ。


「多宝塔のところにあると聞いてたのに、まだ上に……丹生神社……の裏じゃないか。だましたな」

「取材費は出ますよ」

「誰から?」

「商工会議所から」


 寺内神社、丹生神社の社の向こうの斜面と本殿の間の平地に運動会でも開きそうなテントが張られていた。商工会のプリントがある。


「まさか町おこしに協力しようとかじゃないだろうな」

「まあまあ」

「紗弥……」

「文句あるんなら、わざわざ来なきゃいいんですよ。人嫌いのわかが来たということは?」

「若と呼ぶな。嫌いなんよ。印刷所を継ぐ気はないんやし。弟が経営学とやらを学んで継ぐ気満々」

「だからこそわたしのお給料くらいわたしが持ってこないと」

「ちゃっかりしてるよ。で、動かしてもカネのいらない出版社社長を使いまわすんやろうね」

「夢は完全独立でしょ?」

「少なくとも会社として、親父の印刷会社に対等に発注してやる」


 紗弥は膝に手を置いて休憩する正木をナイスバディを見せつけるように前かがみで覗き込んだ。正木はまったく弟に敵わない、この出来の悪い子会社社長にからんでくるなんて、よほどの酔狂な奴だなと思う。

 正木は紗弥に続いてテントをくぐると、さすがに初夏の空気が爽やかだ。まだ梅雨の季節なのに京都市内と比べると数度低いだろう。


「これか」


 背の低く、肩幅の広い筋肉質の五十がらみの男が名刺をくれた。紗弥が正木の名刺と交換した。商工会青年部部長だった。世が世なら正木も京都で入信しているところだ。


「国城と申します」

「正木です」


 面倒そうに答えると、紗弥に蹴飛ばされた。正木は町おこしでろくな目に遭ったことがないので、できるだけ地域経済には関わらないようにしていたが、断れない縁というものもある。特に寄稿してくれる民間雑学者、社会学者、教授など。


「こちらは正木和弘です。正木印刷の専務兼、正木書籍社長です。わたしは工藤と申します。正木書籍の編集者をしてます」


 正木は世間話を美人の紗弥に任せておいて、出土したものに近づいて左右上下から見た。一抱えと聞いていたが、尾ひれがつく。おそらく縦三十センチくらいになる。生まれてすぐの赤ん坊ほどの大きさだ。

 乾いた泥がついたまま、転げないように特注のエッグスタンドに置かれて、紐で固定されていた。商工会の仲間に溶接会社があるらしい。オーダーメイドだ。また不燃性の布に包まれているらしく、


「このエッグスタンド?誰か作ったんですか」


 紗弥は青年部の面々に爽やかな笑みを振り撒いた。もうすでに営業スマイルではないか。


「社長、何だと思われますか」

「卵だな」


 見たまんま、触れたまんま、指でコツコツしたまんま、卵である。もちろん土で汚れてはいるが。


「何の卵ですか」

「ダチョウ」


 正木は適当に答えた。しかしダチョウにしても大きすぎる。


「ダチョウは十五センチくらいだとか調べたんですが。こいつは重さも十五キログラムあるんですよ」


 国城が得意気に答えた。

 しかしどこからどう見ても卵でしかない。なぜこれが掘り起こされたかというと、神社裏ののり面が雨で崩れて、泥を畑に戻していたところ発見したのだということだ。

 農地からこぼれた土は持ち主が戻さなければならないらしい。そんなことは正木には関係ないし、どうでもいいと聞き流していた。


「非破壊検査系で調べればどうですか?調べましたか?」

「調べる価値ありますかね」


 誰かが尋ねた。あらゆるところから来ているらしく、テントの一帯は祭りでもはじまるのかと思うほど熱気で充満していた。才色兼備の紗弥加が来たものだから、今夜は商工会の接待で食えそうだと期待した。


「調べてみないとわからんでしょ」

「何か入ってますか」

「それも含めて調べればいい。まさか何も調べてないとか?」

「教育委員会にも予算が」

「そりゃそうだ。でも商工会に頼めば出るんじゃないですか」

「地方はカツカツでしてね」


 正木は適当に答えた。耳を押し当てると、靴音や雑音、風の音が地面から響いてくる。そんな中、一定のリズムでトクントクンと鼓動が刻まれているような気がした。


「鼓動のようなものが聞こえるような気がしませんか?」


 国城が覗いてきた。

 正木は頷いた。


「これを『御大師様の卵』とかで載せてもらえませんかね」

「んん?」


 正木は眉をひそめた。腕を組むようにして、紗弥にテントの外まで引きずられた。


「原稿掲載料の交渉しますよ」


 囁いた。


「御大師様の卵で?」

「商工会もすでに会議で決めたようですからね」

「この商工会に印刷会社はないのか?同人誌のノウハウで」

「だから競合もいるんですよ」

「そんなもん何で僕の雑誌に載せないかんのだ。これでも民俗学ではそこそこの出版社なんだぞ」

「人魚のミイラ」

「……」

「海坊主」

「……」

「死後の世界」

「……あれは民間伝承とリンクしてただろうが。教授の話も載せて」

「仁科さんと飲んだくれたときの話じゃないですか」

「あのな」


 紗弥は手で制した。


「申し訳ございません。調査料と掲載料のお話をいたしたいと。どなたが?国城様が代表で?うちの正木は調査と執筆はプロですからお任せください。民俗学者でしてね」


 正木はテーブルに置かれたペットボトルの茶を勝手に飲んだ。


「御大師様の卵、空海の卵?バカバカしい。調べてからの話だ。しかも弘法大師なんて男だぞ。卵産むんなら女だ。弘法大師の母……」


 長い石段から見下ろした。下には慈尊院の伽藍が見えた。ブツブツ言っていると、香水臭い畑の持ち主が汗だくの体を寄せてきた。慈尊院の由来は弘法大師の母に依る。


「あれはうちの畑から出たもんなんですよ。所有権は……」


 知るかっ。


「ま、そこは法律関係の人とお話してもらわないとね」

「青年部の部長、押しの強いタイプで逆らえないんですよね」


 ますます、知るかっ。

 

 紗弥が商工会青年部の若者、二十後半の彼女ならすれば、よほど歳上なのだが、彼らと話した。


 正木はスポイトで小瓶の液体を吸い出した。滅菌パックされた検査キットである。いつも革の鞄に入れているのだが、使えるの疑問だ。


 CaCo3+2CH3COOH

 →Ca(CH3COOH)2+CO2+H2O


 卵の殻は主に炭酸カルシウムでできていて、酢酸と反応すると、二酸化炭素が発生する。


 CaO + H2O → Ca(OH)2


 発生した気体を試験管に入れて小刻みに振ると、試薬は白濁した。


「カルシウムか。卵か?」


 レーザースケールで縦を測定したところ、約三十センチメートルになる。球体だとして、小学生の計算では、4/3πr3=14130cm3となる。

 だいたい重さが十五キログラムで密度は一g程度である。液体ならば水くらいの密度だ。もし固体なら何だろうか。だいたいアクリル、プラスチック、ゴムくらいになる。

 正木は小さなキットの蓋を丁寧に閉じると、改めて卵状のものの周辺を見回して、拳でコツコツと小突いてみた。何だか鉄でもない。本当にでかい卵に思えてきた。

 次に出土場所に案内された。紗弥は商工会が準備した長靴を貸してもらい、出土場所へ行く気満々だ。


「もう少しここにいていいかな」

「あ?」

「わかりましたよ」


 紗弥は睨みつけてきた。自分がフィールドワーク好きなら、他人を巻き込むなど言いたいが、雇い主としてまったくの他人でもない。


 丹生神社の本殿裏、小道を抜けて、苔むした石段を上がると、軽トラ一台通れる農道、野面積みの石垣の上に北面の柿畑がある。柿畑の石垣が崩れ、土砂が流出していた。


「柿の木は平気なんですか?」


 紗弥が持ち主に営業用のあざとい心配顔で尋ねた。すると持ち主は笑いながら、ここは採れないんでねと柿畑とは何たるかを話した。紗弥は興味などないはずだ。奴は営業のためなら身も心は売らないが、いつでもカネの亡者にはなれる。

 正木は、誰かが上げたブルーシートを覗き込むと、紗弥が隣に来てペンライトで照らした。


「これは古墳だな」と正木

「はい?」


 紗弥はヘルメットのつばを上げて首を傾げた。崩れ方を見ればもともと田畑か人工林、自然林がわかる。この柿畑は古墳の上を覆い尽くした土の上に植えられたものだ。


「この柿畑のある山全体が古墳だったんだろうね」

「よくあることなんですか?」

「大仙古墳でもあの管理レベルなんだから、田舎の豪族レベルの古墳なんてこんなもんだよ」

「でも……」

「問題は丹生神社の存在だ」


 紗弥が出ると、持ち主はタオルを出した。これは紗弥加に惚れたなと思いながら、正木はブルーシートから離れたところを歩いた。商工会の数人も紗弥を囲んでいた。


「えっ!?」


 誰か男が叫んだ。紗弥が古墳だと話したようだ。慌てて持ち主と初老の誰かと若い商工会の誰かが駆けつけてきた。


「先祖代々の畑なんですがね」


 あきらかに持ち主は怒気をはらんでいた。祖父の代から柿畑で生計を立てて、今では建設業も営んでいるのだとまくし立てた。


「祖父の祖父は?明治くらいにはじめたんじゃないですか?」


 正木は土を指の腹で撫でた。なかなか粘質がある良い土だ。崩れたところは、後で持ってきた畑に向かない悪い土だ。きちんと管理された柿の根は土を抱えるようにして深くへ延びる。石垣のところは延びていないから、抱えきれずに崩れた。


「そもそも神社の後ろだから何があろうが不思議ではないですよ」

「人の墓の上に、俺たちが柿を植えたとでも言うのか?」

「古墳時代の後に柿畑ができた」

 

 正木は我を忘れた持ち主に押されかけたとき、膝から崩れて、湿気た柿畑を転げ落ちた。紗弥が彼の腕を引いて、軽く投げ飛ばした。


「何をするんですか」

「おまえがな」と正木。


 紗弥は慌てて持ち主を起こしに駆け下りた。あざとい。お怪我はありませんか。と言いつつ、ついでに古墳の上に畑があることは多いのだと話した。勘違いさせて申し訳ございませんと体を寄せて起こした。


「滑りやすいですね。柿畑のためにいい土にしてる証拠です」

「まあ、研究してますからね」


 持ち主はニコニコしていた。


「社長は言い方が悪いんです!」


 皆の前で叱られた。

 

「いいですか。ちゃんと順序立てて話さないと、皆さん頭に来るに決まってるじゃないですか」


 これは頭を下げるシチュエーションなんだろうなと、頭を掻きながら視線視線に頭を下げた。紗弥加、これで仕事にしなかったら、帰りの運転はおまえだと腹で呟いた。


「で、あの卵はこの古墳の中から落ちてきたんですか?」

「ええ。そうなんですよ」

「実際はどこで?」


 ブルーシートの下を指差した。落ちてきたのではなくて、掘り起こしたの間違いではないかと言いかけたときに、紗弥が睨み、正木の喉に無言の矢が突き刺さった。


「で、丹生神社のものではないかと考えて、皆さんで運び出したということでよろしいですか?」


 紗弥はニコッとした。

 正木はこの卵の顛末の記事を書くのだろうか。どこまで調査するのかにもよるが、宇宙人の卵にでもしておくかなど呑気に考えた。


 夜、近くの高級居酒屋で接待されることが決まっていた。正木は紗弥加とご馳走を食べた。酒はどれくらい飲んだか忘れた。二軒目、三軒目とアテは消え、アルコールは濃くなったのは覚えていた。

 朝、目が覚めるとすでに紗弥が窓際のテーブルで、すでにパソコンを操作していた。高野山目的のインバウンドの影響で、部屋が予約できないとのことで、同室に泊められたが、粘っこい口で目覚めた。


「何時?」

「七時半です」

「なぜシングルに?」

「一人で来ると思ってたみたい」

「わたし一人か」

「わたしです。社長が来るとは思ってなかったらしいわ」

「何してる?」

「たぶん昨夜のこと覚えてないだろうから言うけど、あの卵をスキャンすることになったの」

「何で」

「約束したからよ」

「京都芸術学院大の仁科准教授に頼んだの忘れた?」


 正木は自分を指差した。はだけた浴衣のままベッドから降りて、眠気覚ましに熱いシャワーを浴びた。肩までの髪をタオルに包んだ。


「五日後、大学の検査室が空いてるそうよ。それを逃せば一ヶ月」

「あれか。あれなら使えるな。仁科っちが嫌いなスキャンか」


 仁科は別に美術品をスキャンすることが嫌いなわけではない。絵などの顔料を少し削るだけで、年代測定から材質までわかるのに、かたくなにしない学者連中が嫌いなのだ。


「シャワー浴びたんなら帰る準備してね。久々に高野山から龍神へ行きたいけどムリみたいね」

「社用車じゃね」


 京奈和自動車道を京都へ向かって奈良の法隆寺近くを走った。途中歌にも詠まれし大和三山がポコッと三つ浮かんでいるのが見えた。


「しかしトリの卵ほど不思議なものはないと思わない?」

「は?」

「焼く、茹でる。普通調理すれば長持ちするのに、卵だけは調理した方が足が早い。マヨネーズもや」

「殻に包まれてるからそう見えるだけよ。流通している時点でもう死んでるの。たまにあたためて育ってるのSNSで見たことある」

「ウズラのはずよ」


 正木は茹で卵を剥いた。固茹で以外には認めない。殻ができれば三等分にパカっと剥けるのを楽しみにしている。許しても四殻までだ。


「茹で卵食べるんですか。あの辺はニワトリの産地らしいわ」

「だからヒネドリのジャーキーなんか入ってるんやな」


 正木は紙袋をゴソゴソした。これは腐ることもないだろうから紹介してくれた准教授に渡そう。


「何の卵だと思う?」

「だから調べないとわからんて」


 どこにでもある煮卵だ。汁をデニムにこぼして、紗弥が睨んだ。煮汁は早く拭かないと落ちにくい。散々泥で汚れたから構わない。


「普通の煮卵。どこにでも売ってる真空パックの」

「鼓動みたいなものが聞こえた?」

「あれだけくっつけば、誰かの心臓の音くらい聞こえる。こっくりさんみたいなもんよ」


 紗弥はアクセルを踏んだ。あちこちギシギシガタガタ。商業バンはいつも忙しく走るので、こんな異音は気にしていられないのだ。


「しかしヒネキング?」

 

 正木はチラシを見た。

 ヒネドリ生産数日本一。チラシにサングラスのニワトリが描かれていた。ちなみにヒネというのは卵を産めなくなったメスのことである。


「ヒネキングておかしいよ」

「そもそも世の中すべておかしいんですから」


 紗弥は溜息を吐いた。

 宇治川が見えてきた。今日は雨も降らないで、川が輝いて見える。


「こぼさないでね」

「プロボックスなんてのは汚してなんぼよ」

「活躍してるのよ。何ならうちの会社の稼ぎ頭なのに。営業も運搬も出張もやってくれる。印刷会社からもらったオンボロね」


 五日後、商工会の有志たちが京都伏見にある芸術学院大学に「御大師様の卵」が運んできた。正木は仁科准教授宛に卵の殻を削ったものと土くれを遠心分離機にかけた際のデータを送っておいた。


「ご覧になりましたか?」

「カルシウムとリンの含有量からして農地の土だろうな。たぶん測定不能の細かな数値は消毒だろ」

「正解」と正木。

「カルシウムはあの卵のようなものから削ったのか?」

「ええ。土は別でここに」

 

 正木は密封袋から、土くれを仁科の手に出した。粘質の高い土を指の腹で潰した。


「斜面の土かな?」

「正解」


 OGの紗弥の指揮の下、院生が作業をしていた。なぜか彫刻科と西洋画、日本画など、西洋美術史に関係のない学生しかいない。


「落とすなよ」と仁科は「落としたら落としたで構わんが」

「待ってください」


 紗弥は慌てた。これまでろくでもないものしか持ち込んでいないのだから言われてもしようがない。


「準備できました」


 商工会から国城、土地の持ち主が来ていた。接待する気などない。してもらいたいくらいだ。むろん施設の使用料も請求する。院生がスイッチを押すと、画面に輪切りの卵が映りはじめた。仁科は興味がないのか後ろで腕を組んで欠伸をした。


「今夜、どうですか?」

「施設のカネは払えよ。ちゃんと請求するからな。高い」


 ディスプレイを覗いていた紗弥が背中越しに手招きした。院生も何とも言えないくらいにどよめいた。


「これ……」

「人か?」


 正木は呟いた。

 仁科も深く呼吸を止めた。

 画像ができあがるにつれて、幼児が膝を抱えているようにしか見えなくなってきた。


「密度が約一グラムで殻の重さを引いてもさほど変わらん」

「まわりにあるのは水分か?」

 

 正木は紗弥を見つめた。


「スキャンでは」

「頭もある。生きてるのか?」


 正木の言葉に仁科は回転させてみればと提案した。生卵か茹で卵の違いを調べるときの方法だ。


「どこまでも人ごとですね」

「人ごと。そもそも卵生の人なんて信じられるのか。本当なら学会がひっくり返るぞ」

「どうしますか。ひとまず生きてるのかどうかですよ、社長」

「エコーにかけるの?どこにそんなもんあるんよ」

「それがあるんよね、学校に」

 

 仁科は小さく笑った。エコー測定機で調査した。どうしてこんなものがあるのかというと、エコーの反射で使われている石や顔料が推測できるらしい。


 仁科曰く、

「ピンセット一粒を遠心分離機にかければ済む話なのに、こんなもんで検査するからカネがかかるんだ」

 とのことである。

 

「誰か聴診器持ってないか」

「僕持ってます」


 坊主頭の学生が鞄から出した。仏師を目指している彫刻科の学生なのだと話したが、なぜ持っているのかヤバそうで聞くのはやめた。坊主頭が卵に聴診器を添えた。仁科が指示したところで、じっと聞いた。


「鼓動みたいなの聞こえます。水流みたいなのも。生卵と同じです」

「おまえは生卵に聴診器当てたことがあるのか?」

「ありますよ、失礼な」

「目的は?」

「新鮮かどうか調べようと」

「で、わかったのか?それならソイツが新鮮かどうかわかるだろ」

「わかりません」


 正木は決断した。


「空海の卵か。あったところに埋め戻した方がいい。おそらく五十六億五千年くらいに生まれて、衆生を救ってくれるはず」


 商工会に返した。彼らは彼らでスキャン映像などで、町おこしをしようとしていたようだが、あれから何の話も聞いていない。途中で卵が割れたのか、仲間が割れたのか。


「だから何とかおこしには付き合いたくない。紗弥、久々にロードスター乗ろう。伊吹山へ行こう」


 もし卵生の人が生まれたとすればどうなるのか。たぶん社会経済が大変革する。家族の定義、人権、医療など変化が訪れる。はたして人類は救われるのか救われないのか。


 おわり



 

 















 













 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空海の卵 へのぽん @henopon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画