赤苔
以前にも述べたが、手付かずの世界中央付近はあらゆる勢力が興味を持っており、実際に制圧するかどうかは別の話になるが、とりあえずの調査や偵察は活発に行われ始めていた。
「古代のドワーフはいったいなにをやらかしたんだ?」
「さあな。ただガキの頃に、ドワーフは錬金術で黄金の山と都を作ろうとしたら、失敗して中央の辺りは汚染された。って御伽噺を聞いた時は、幼心でも流石にそりゃ作り話だろうと思ったが、年々マジなんじゃないかと感じちまう」
「全くだ。あいつらの金銀宝石に対する執着は異常だよ」
所属を表す類のものを一切身に着けず、革鎧などを装備して身動きのしやすさを優先した二十名ほどの集団が、赤茶けた世界中央の森を掻き分けていた。
容姿は三十代ほどの人間種族ばかりで、基本的には金髪碧眼の人間が多く、お喋りをしつつも周囲の警戒を怠っていない。
「見ろ、高純度の魔力石だ。持ち帰るぞ」
「オークでも消し炭に出来る杖が作れるぞ」
「まだ浅い場所なのにこれか……」
ふと足を止めた男が岩の窪みで紫に光る、握り拳ほどの鉱石を見つけると、周囲の人間が色めき立つ。
世界に溢れる魔力は何らかの要因で結晶化して、魔力石という名の資源になる。
彼らが見つけたのは非常に純度の高い魔力を有しており、利用すれば強力な武器が作れるだろう。
ただ高純度のものは自然が豊かで、人里離れた秘境に眠っていることが多い。
そしてまだ森の浅い場所にいる彼らがこれを見つけることが出来たのは、単に運がいいのではなくそれだけ世界の中心が魔力に満ちているからだ。
「成果が見つかったんだから一旦戻ろう」
「そうだな」
「ンガ?」
「は?」
その時、周囲にいる全員にとって理解不能なことが起こった。
最初に戸惑った声を出したのは、成人男性よりももう頭が二つは大きい茶色の豚だ。
比喩ではない。でっぷりとした体形の巨漢に無理矢理豚の頭をくっ付けたような獣人とでも呼べる存在が五体。全員が混乱したように円らな目を見開いている。
「攻撃!」
混乱から即座に立ち直った人間たちがそれぞれの獲物を抜き放ち襲い掛かる。
(豚野郎に気が付かないなんてあり得ねえだろ! この場の魔力がなにか邪魔してたのか⁉)
尤も人間たちの頭から完全に疑問が抜けた訳ではない。
獣と人間が合わさったような種、獣人族は多種多様で人間と共存している犬や猫の因子を持つ者はその代表だ。
しかし豚の獣人は世界の南側。悪魔や悪神に与する勢力に属しており、人間種を単なる食べ物としか認識していない存在だ。
ここで問題なのは、豚獣人の作戦行動が基本的に力押しで隠密をあまり意識しないことだ。そしていかに森の中とはいえ、人より頭二つ大きな身長とでっぷりとした体形に気が付かないなどあり得ない。
尤も殺し合いの場では関係ない話だ。
「ブオオオオオ!」
「オオオ!」
一方、迎え撃つ豚獣人も叫びつつ困惑していた。
彼らの認識では人間と出くわす範囲で活動しているつもりはなく、大雑把な獣道と水源を把握出来たらいいな。という程度だったのだ。
結果を述べると、人間の持久力を容易く超えている彼らは、自覚がないまま探索の範囲を広げてしまったようで、予想外の遭遇戦に至っていた。
ぐしゃりと豚獣人の石斧が人間の頭蓋骨を粉砕した。
常識的に考えて、人間の頭二つは上回っている背丈にでっぷりとした脂肪が詰まり、四肢もそれに相応しい生物が鈍器で殴ると相手は大抵死ぬ。
ただ、魔力なんてものがある世の中だから、世界には豚獣人の石斧で袋叩きにされてもピンピンしている人間もいるが……少なくとも二十人程の集団には含まれていなかったらしい。
「プギ!」
「プギィ!」
「ぎっ⁉」
「げっ⁉」
五匹の豚獣人が石斧を振り回すたびに人間たちから断末魔の絶息が漏れ、瞬く間に数を減らしていく。
しかも人間たちの武器は豚獣人に刺さっても厚い脂肪が邪魔して内臓に届かず、数分で二十人全員が屠られることになる。
「プギ」
その遺体は、食欲に支配された豚獣人の顔を見ればどうなるか一目瞭然だろう。
「ブギャッ⁉」
そこへ捕食者が乱入し、豚人間の頭を粉砕したことで再び場が混乱する。
人型でありながら正気を失った狼の頭部と、赤い苔が纏わりついた体。
それは森の小集落で赤苔と呼ばれている怪物であり、悍ましき文明の先触れに敗れた種と同じだった。
「ガアアアアアアアアア!」
「プギイイイイイイ⁉」
赤苔と四匹の豚獣人。
人を容易く殺し尽くした豚獣人が奇襲から立ち直れば、即座に赤苔を血肉の塊に出来る筈だが、現実はその正反対だった。
不味く、骨が浮き上がっている様な人間種に比べ、脂肪の塊は赤苔にとって御馳走に見えたのだろう。
ただでさえ殺意に満ち溢れている赤苔の体が爆発するように加速すると、腕を思いっきり横に振るい豚獣人の頭を骨と脳だった物の混合物に変えてしまう。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
むせ返る血の臭いに赤苔が酔った。
まだ食料のことをぎりぎり考えていたから、頭を粉砕する選択肢を取っていた赤苔は完全に理性を無くし、殺戮を行うだけの存在と化した。
「プギャアアアアアア!」
赤苔が我を忘れている隙を豚獣人たちは突いた。
一匹が大きく振り下ろした石斧を赤苔の頭部に叩きつけ、残りの二匹は挟み込むように左右から石斧を打ち付けた。
もし人間が受ければ頭部が胸郭にめり込むどころか骨盤まで沈み、左右もぺしゃんこになる一撃なのだから、赤苔とて無傷では済まないだろう。
実際、豚獣人たちは赤苔の毛皮を削ぐという大戦果をあげ、直後にひき肉と化した。
明確な痛覚で更に猛った赤苔は腕を力任せにぶん回すと、豚獣人の分厚い脂肪ですら吸収し切れない衝撃が内臓を破裂させ、伸びた爪が容易く豚獣人を解体していく。
「ブギ⁉」
それを残った豚獣人に繰り返しただけで、戦いとも呼べない一方的な虐殺は終わった。
「ガアアアアアアアアアア!」
勝利した赤苔が吠える。
人間を容易く殺した豚獣人を全く寄せ付けない強さだ。悍ましき文明の先触れと相対し、敗れたとはいえ腕をへし折り刃を折ったのだから、当然だと言えるだろう。
◆
後書き
軽くあしらわれた奴が、デフレや通常環境じゃ手に負えない感じを描写するのも、こういった作品の醍醐味っすよね(*'ω'*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます