食虫植物──標本

余白

モンシロチョウ

───甘い香りがした。


あなたは魅力的な人だった。

整った顔立ちに、引き締まった体。低く、やさしい声。

そこにいるだけで、周囲の視線を静かに集めてしまう人。

誰もが、あなたに引き寄せられた。

そして私も、その中のひとりだった。


出会いは偶然だった。

たまたま通りかかったカフェに、あなたはいた。

雑多な音と匂いの中で、あなただけが異様に際立っていた。

まるで、最初からそこにいると知っていたみたいに。


一目惚れだったのかもしれない。

理由なんて、なかった。

ただ、あなたを見つめていられる。

それだけでよかった。


あなたを見つけてから、私はそのカフェに頻繁に通うようになった。

あなたがいる日は嬉しくて、

いない日は、胸の奥にぽっかりと穴が空いた。


そして、気づいてしまった。

他の人たちが、あなたを見る目。

その視線が、私のものと同じだということに。


嫌だ。

そんな目で、あなたを見つめないで。


あなたと話したことなんて、一度もない。

言葉を交わしたこともない。

それなのに私は、勝手に錯覚していた。

まるで、あなたが自分の恋人であるかのように。


話したこともないのに。

話しかける勇気すら、ないのに。


ミルクティーを飲む手が震えた。


それでもいい。

ただ、あなたを見つめていたいだけなのに。


甘い香りがする。

それは、あなた自身が放っているもの。

無自覚に、人を惹き寄せ、絡め取り、

気づかないまま、心を奪っていく。


私は今日も、そこに座る。

捕らえられることを知りながら、

その香りから、目を逸らせないまま。

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