うちの幼馴染、全員“第三の性別(美少女)”なんだが?

鏡銀鉢

第1話 この世界、性別が三つあるんだが?

「まずみんなも知っての通り、性別には三つあるのぉ。男と女、それから昊(おそら)じゃな」


 東京青葉谷(あおばや)区、青葉谷学園一年二組の教室で、担任の藤宮悠乃(ふじみやゆの)教諭が保健の授業を行っている。


 何を言っているのかわからないだろう。

 だいじょうぶ。諸君は正常だ。

 俺はわかるけど。


「よっと」


 黒板の前に展開されたホワイトスクリーンにプロジェクターで映し出されたのは、三種類の人体図だ。


 中央の、スレンダーな人体図を差し棒で叩きながら、藤宮先生はやや古風な口調でだらりと喋る。


「え~っと、それでな、我々人間は女性が基本形じゃ。そこから胎児の頃に分化、筋肉と孕ませ力を発達させた場合は男になる」


 ――孕ませ力って、他に言い方ねぇのかよ。


 入学早々、担任の授業に半眼を作った。

 正常値が暴走値なPTAなら鬼電案件である。


「逆に、脂肪と妊娠力を発達させた場合は、わっちみたいな昊になるというわけじゃ。昊が男女両方の子を産めるのはそのためじゃな」


 左側の、肩幅が広くガッシリした人体図に続いて、右側のアニメヒロインみたいな体型の人体図を差しながら、先生は眼鏡の位置を直した。


 ついでに、ブラの中でパイポジを直すように左右の胸を手でワンバウンド。

 無意識レベルの動きだと思う。

 けれど、クラスの女子と男子の視線は敏感に反応した。

 なんてめざとい連中だろう。


 思春期けっこう。

 だが少しは隠しなさい。


 俺は風紀紊乱のこの世を嘆いた。


「他にもそれぞれの性別は二次性徴過程において大きな差がある」


 両手で自身の体の各部位にタッチしながら、


「男子はすね毛、腋毛、陰毛とヒゲが生え、筋肉が発達して声変わりが起こる。一部の男子は胸毛も生えるの」


 隣の席から、幼馴染の空森紬麦(そらもりつむぎ)が眼鏡のレンズ越しに青い瞳を光らせ、俺の胸元を覗き込んでくる。


 ボブカットの背後で、金色のポニーテールがぱさりと机に落ちた。

 絶世の美貌の持ち主だが、その仮面が保たれたことは一秒もない。今も、


「俺は生えてねぇぞ」


 にひり、と青い瞳と桜色の口元が怪しくゆがむ。


「確かめさせてくれます? 今夜」

「なんで夜なんだよ」

「言わせないでくださいよぉ、もぉ」


 あらヤダ、とばかりに手をひらり。

 どこの隣の奥様だ。

 俺は無視して先生のご高説を拝聴することに集中した。


 紬麦は可愛いタヌキ顔の中央で、くちびるとちゅっと尖らせていじける……フリをして左手で俺のあごをなでてくる。


 朝剃ってきたからヒゲはないぞ。

 剃り残しを求める、ぷにぷにとしたみずみずしい指先の感触は心地よい。

 だけど顔に出したら負けた気がするのでポーカーフェイスを貫いた。


「続けるぞい」


 俺と紬麦のイチャイチャを見届けてから、藤宮先生は続けた。


「女子は胸が膨らみ、腰と尻回りが丸みを帯びる。陰毛と腋毛は生えるが、すね毛はは個人差があり、髭は生えんし声変りもせんな。そして男子が筋肉なら、昊子(こうし)は脂肪が発達する」


 藤宮先生は自身がまとう白衣をつかむと、ばっとを左右に開いた。

 ほうまんなふたつのふくらみがはずんで、異性である女子と男子は目を剥いた。


「胸は全員Eカップ以上の巨乳に成長する。Hカップ以上も爆乳も珍しくないの」

「はい! 先生は何カップですか!?」


 女子の一人、山田波子(やまだなみこ)が鋭く手を挙げた。

 悲しいことに、俺の友人である。


「Iカップじゃよ」

「あ……い……」


 まるで、愛を知らない森に棲みし妖魔が初めて人の言葉を覚えた瞬間のように感動的な音階を漏らした。


 俺はお前の友達であることが恥ずかしいよ。


「それと、骨盤が広がり前傾に傾くため、尻は丸くデカくなる」


 くるっとターン。

 白衣を腰上までたくし上げると、俺に向けた尻をクイッと上向けた。


 ――学校で教師が生徒にするポーズじゃねぇだろ。


 タイトスカートに食い込んだヒップラインに、全女子と男子の視線が電光石火の速さで30センチ落ちた。


 グラビアモデル顔負けのセクシーショットに、クラス中の空気がピンと緊張に張り詰めるのがわかった。


 山田は荒野の早撃ちガンマンも青ざめるような、必殺の集中力を感じさせる鋭い眼差しだった。


 その集中力を何故勉強に活かさない。

 定期テストの度に木の下でロープ遊びをするお前なんかもう見たくないぞ。


「はは、若いのぉ。あと体毛は生えないが、一部、陰毛がわずかに生えるモンもおる。まぁ男子の胸毛みたいなもんじゃな」


 白衣を脱いで教卓に放り投げる。肩から先が剥き出しのノースリーブシャツで両腕を上げ、頭の後ろで両手を組んだ。


 自嘲しろという俺の願いは、きっと届かないのだろう。


 つるりとした左右のワキを見せつけると、一部の生徒、主に我が残念な友人、山田波子が前かがみになって机をガタガタと揺らした。


 友達やめていいか?


「あと――」


 藤宮先生の言葉を遮るように、終業のチャイムが鳴った。


「おっともうこんな時間か。では次は体育じゃ。お主ら、とっと着替えて体育館に集合せいぃ」


 みんなは明るく元気に興奮しながら返事した。

 机の上のノートと教科書を片付けながら、女子たちは隣近所で色めき立っている。


「藤宮先生、今日もフェロモンやばかったよね」

「エロすぎでしょ」

「マジで結婚してほしいぃ……」


 男子たちも、


「朝からいいもん見たな」

「オレ、藤宮先生のクラスになれたことを一生の思い出に死ぬよ」

「おれは帰ったら親孝行するよ」


 と大満足である。親孝行は普段からしろ。

 そして、昊子(こうし)たちは……。


「光馬さん、ヒゲ、生やしてみませんか?」


 隣の席で、紬麦があごに指を添えたイケメンポーズで提案してきた。


「却下だ」

「うぇ~、なんでですくぁ~? 光馬さんの無精ヒゲもたまには見たいですよぉ~、見せて見せてぇ~♪」


 腕を折り畳んで体をくねらせる紬麦。胸元もたっぷりと揺れる。

 高校生とは思えない幼稚な幼馴染に、俺は溜息をひとつ。


「趣味じゃねぇの。髭剃りは男子のたしなみだぜ」


 ぶっきらぼうに断り、


「つうかなんで俺のダサ顔みたいんだよ?」

「え? それはほら、ワタシって光馬さんのこと好きじゃないですか? よそ行きじゃないダラけた素の姿を見たいっていうかぁ~♪」


 頬を赤く染めながらニヤニヤ。


「光馬さんだってゲーム三徹目で白目を剥いて気絶した私とか見たいでしょ?」


 こいつの性癖ねじ曲がり過ぎだろ。

 俺の幼馴染は今日も平常運転。つまり世界は平和ということだ。


「こらっ」

「あでっ」


 脳天にチョップを受けて小さな悲鳴。


 俺ではない。


 たとえ相手が紬麦だろうと、俺に昊子を殴る趣味は無い。相手が紬麦だろうと。

 手の持ち主は、二人目の幼馴染のものだ。


 男子の俺より、少し低いくらいの長身から見下ろす美人は、神崎彩芽(かんざきあやめ)。


 男子とも女子とも違う、昊子特有の2・5次元顔は怒気に歪んでいる。


「おや、次が体育で大喜びの彩芽さんではないですか?」


 紬麦の軽口に、彩芽は凛々しい目元を吊り上げた。


「人を脳筋みたいに言ってんじゃないわよっ」


 怒りのあまり、腰まで伸びた黒髪の毛先がわずかに震えている。


「アハハ、思ってませんよ♪ 彩芽さんは筋肉キャラじゃなくてメロンキャラですから♪」


 ふたつの手が、左右のロケットドームにムギュッとめり込んだ。


 ――終わったな……。


「ッッ」


 彩芽が鬼面を作ると、紬麦の近くに三途の川が見える気がした。

 いまのうちの黙とうを捧げておこうと、俺は口を堅く閉ざした。

 たぬき顔から赤縁眼鏡をすくいあげると、スラリと長い腕が俺にパス。

 俺は無言で受け取り、


「あっ、ちょっと人の眼鏡、それないとワタシ何も見えなァッ!」


 眉間に張り手を喰らって、紬麦は椅子から転がり落ちた。

 椅子ごと床に転がり、殺虫剤をかけられたゴキブリのように暴れ回る。


「イッタイ! 目ガァアアア! ただでさえ昊(おそら)は視力落ちやすいのにぃ! おぎゅううううう!」ジタジタバタバタ!


 威力を想像するだけ痛そうな光景に、背筋がぶるっときた。


「はんっ、アタシは両目とも2・0よ」


 腰に手を当て、彩芽は鼻を鳴らした。


 ――視力は個人差大きいからなぁ」


「おい神崎、手加減してやれよ」

「あぁ、光馬さんの優しさが温かいぃ」

「気絶しても運ぶ奴いないんだから」

「一人も!?」


 俺が朴訥と感想を述べ、紬麦が足にすがってくる。

視界の端に桜色の髪が映りこんだのは、その時だった。


「もぉみんな、光馬が体育に遅れたらどうするの? ごめんね光馬。アサヒナたちのせいで」


 彩芽より随分小柄な目線で心配してくれるのは朝比奈心音(あさひなここね)。


 最後の……うん、最後の幼馴染だ。


 ワンサイドアップの髪が猫の耳にみたいに揺れるのが可愛い。

 ヨーロッパにはストロベリーブロンドという、ピンクがかった髪があるらしい。


 だが、ここまで自然なピンク色はアニメでしかお目にかかったことはない。


 しかしながら心音は生身の人間だし、ましてカツラや染髪の類でもない。


 天然でこの色なのだ。

 それは、ベビーベッド時代から彼女を知る俺が保証しよう。バブぅ。


「心音は悪くないだろ。全部紬麦が悪いんだ。円安も地球温暖化も格差社会も」

「えっ、ワタシの影響力凄すぎません!?」


 ワタシはサタンの化身? とか背景で独りビビる紬麦を尻目に、


「それより紬麦はともかく心音が遅刻したら大変だろ。早く行こうぜ」


 俺が促しながら立ち上がると、心音はぱっと顔を明るくしてくれた。


「うん♪ 行こう。えへへ」


 鈴を転がすような声が心底可愛い。

 一方で、


「にゅふふ、心音さん、今日も奥さん気取りが板についていますね」

「ふゃっ!? お、奥さんじゃないもん!」


 ――もん、て。まぁ昊子言葉としては普通だけどさ。なんだろうねこの可愛い生き物……。


「あんまふざけていると眼鏡返してやんねぇぞ」


 紬麦の顔がハタリと、核心に気付くように固まった。


「え? それはつまり放課後、家まで取りに行っていいと?」

「よし行くぞお前ら」

「「はーい」」

「あぁん! 置いて行かないでくださいよ眼鏡返してく~だ~さ~い~!」


 俺らは無慈悲に教室を出て行った。


   ◆


 15分後。

 俺らは体育館へ集合。

 性別ごとに三分割されたコートで、バスケの授業を受けていた。

 もっとも、試合の順番外の生徒は皆、同じ方向を眺めている。


「昊子(こうし)ってみんなかわいいよねぇ……」


 隣でダラけた声を漏らすのは山田波子。

 俺とは中学からの友達だ。

 無類の昊子好きで、体育の授業は昊子の試合観戦タイムでしかないようだ。


「そりゃまぁ、昊子だしね……」


 さらに隣に座るのはもう一人の友人、斎藤凛花(さいとうりんか)だ。

 一見するとクールな眼鏡女子だが、中身はいわゆる真面目系クズである。

 山田の相方でありツッコミ担当だ。

 三人仲良く、床にベタ座りである。


「たっく~ん♥」


 選手交代の時、一人の昊子がとある女子に甘い声で手を振った。

 ショートヘアの女子が笑顔で手を振り返すと、山田は舌打ち。


「ちっ、さっそくカップル誕生? 爆ぜろよバァカ、女子のほう。そして昊子は私んとこへ」

「んなこと言っているからモテないんだぞお前」


 俺は言ってやる。

 ちなみに、体育館は北側から昊子、男子、女子のコートに分けている。

 とっとと女子のコートに戻れと言いたい。


「いいじゃん別に、藤宮先生だって何も言っていないし」

「それはまぁ、な」

「それにこんな絶景見逃す手はないでしょ~、ぐへへ~」


 警察を呼ばれたら弁護の余地もない顔で、彩芽たちの試合を観戦しやがる。

 神の失敗作とはこいつのことだ。

 汚れた視線を浴びせる先では、彩芽たちが黄金比以上の肢体を躍らせていた。


 男子とも女子とも違う、昊子特有のスラリと長い手足でフローリングの上を駆け回り、ボールに手を伸ばす。


 一部を除いて脂肪細胞が極端に少ないため、みんなウエストが細くて、見栄えのするメリハリのあるボディラインを躍動させていた。


 短パン姿の俺らと違い、昊子の体操着はブルマとスパッツなので、やわらかそうなふともものラインも強調されてしまう。


 昔、女子のブルマが廃止されるときに、昊子たちは可愛いからとむしろ履きたがったため、現代まで残っているらしい。


 本当にそれでいいのかオソラたちよ。

 浴びせられる眼差しの汚れ具合を見るに、自衛のため短パンの必要性をひしひしと感じている。


「学校ってすごいよね。人口の半分以上が若い異性なんだよ。こんなの政府指定のドスケベ推奨地帯じゃん」


「日本語しゃべっているか?」

「セルフ自供をありがとう。あんたは歩く性犯罪者だよ」

斎藤の声音が俺以上に辛らつである。

「でも控えめに言ってお見合い会場じゃん?」


 山田なのに鋭いな。


「その年でその事実に気付くお前は天才だよ……」

「その年って、綾瀬って時々年寄り目線だよね」

「ほっとけ」


 綾瀬は俺の苗字である。

 まぁそれは置いといて、気持ちはわかる。


 男子顔とも女子顔とも違う端正な昊子顔はどことなくアニメっぽい。CGのような2・5次元フェイスで見る者を魅了せずにはおかない。


 髪と目は赤、青、金、銀、青、緑と彩り豊かで、髪型は全体的にボリューミーだ。

ポニーテールにサイドテール、ツーサイドアップ、ワンサイドアップにシニヨン、ハーフアップ、ルーズサイドテールと、まるで髪型見本市である。


 長くても背中にかかるくらいの女子と違い、昊子は腰まで伸びている子も珍しくない。


 縦横無尽に昊子たちが走り回る。

 一人一人の長く彩り豊かな髪が踊り、リボン飾りをまとっているように鮮やかだった。


 ――昊子って全員グラドル以上しかいないよな……さすがは魅了方面で進化した性別……あっちならトップアイドル級だぞ……。


「それで、誰が本命なん?」


 不意に山田から話を振られて、俺は口をぽかんとした。


「は?」

「いやだから朝比奈ちゃんたちのことだよ」


 言わせるなよ、とばかりに山田は肘で俺の脇腹をついてくる。


「あんたの幼馴染トリオ」


 山田のいやらしい視線が、コートを駆け回る三人を順に追っていく。


「小柄で奥ゆかしいけど明るくて可愛い朝比奈心音ちゃん、長身ダイナマイトで姉御肌なカッケェ神崎彩芽ちゃん、お調子者でギャグキャラに見えてなにげに金髪碧眼美人で一緒にいて楽しそうな空森紬麦ちゃん。この三人をいつまでも侍らせておけると思うなよ。そろそろ一人に絞らないと包丁閃く昼ドラ展開が始まるぞぉ?」


 悪どい顔で、忍び笑いを漏らす山田。

 その表情は、漁夫の利を狙う策士そのものだ。

 奥で斎藤が半眼になる。


「綾瀬が死んでもあんたのところにゃ転がってこねぇよ」

「なんでぇ!?」


 山田が床を叩き理不尽を訴えた。


「だって変でしょ!? 中学時代から綾瀬、私、斎藤、朝比奈ちゃん、神崎ちゃん、空森ちゃんの仲良し六人組でしょ!?」

そうだったのか?


「普通この布陣なら昊(おそら)三人に私らが一人ずつペアになってトリプルカップル成立でしょ!? なんで綾瀬一人に昊三人なんだよ! なんで私は未だに処女なんだよ!? バランス最悪じゃん!」


「鏡見れば?」

「え? なんかついてる? 綾瀬ぇ、なんかついてるぅ?」


 斎藤の皮肉は通じなかった。

 山田、お前は大物だよ。


「まっ、綾瀬が誰を選ぼうが自由だけど結婚式には呼んでよ。友人代表でスピーチしてやるからさ」


 ぐっと頼もしいガッツポーズには、昊子とはまた違った魅力があった。


「……はっ、そりゃどうも」


 一点の曇りもない快活な笑みに、俺はこいつとつるんでいる意味を再確認した。


 ――でもほんと、凄い世界だよな……。


 第三の性別、昊(おそら)に想いを馳せながら、ふと体育館の天井を見上げた。

 遠い日、15年以上昔を思い出しながら、


 ――前世の地球じゃ考えられねぇよ……。


 そこで試合終了。

 白衣からジャージ……ではなくスパッツとTシャツ姿に着替えた藤宮先生が笛を鳴らした。


「よし、次は男子昊子混合で試合するぞ」


 ダンクシュートをキメた彩芽がひらりと着地。

 俺に好戦的な笑み向けてきた。

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