第2話 事件の予兆

 ギルドロビーの喧騒が、一瞬で凍りついた。 自動ドアが開き、数人の男女が風を切って入ってくる。その中心に立つ男から放たれる圧倒的な魔圧に、先ほどまで灯馬を嘲笑っていた荒木(Lv. 6)すら、顔を青くして壁際へ退いた。

 新宿の有力パーティ『天狼』のリーダー、九条蓮(くじょう・れん)。 灯馬の視界に、警告音のような鋭さでシステムウィンドウが展開される。


NAME:九条 蓮

LEVEL:7

ATK:1,500

DEF:1,200

SPD:1,800

MAG:2,500

ABILITY:極大滅破(ギガ・フレア)



 レベル7。大型爆弾一発分に相当するその破壊力は、エリート探索者の証だ。 九条はゴミを見るような目でロビーを見渡し、震える荒木の横を通り過ぎると、床に膝をついたままの灯馬の前で足を止めた。見上げることすら許さないような圧迫感に、灯馬の背中に嫌な汗が流れる。


「お前が『葬式準備』か。死ぬ時の準備だけは得意だそうだな」


 九条の薄笑いには、同じ人間を相手にしているとは思えない冷酷さが宿っていた。灯馬は祈の前に腕を出し、震える声を絞り出した。


「……あ、あの……な、何か……僕に、ご用、でしょうか……?」


 九条は灯馬の怯えた様子を愉しむように鼻で笑い、耳元に顔を寄せた。その声は低く、逃げ場を塞ぐように響く。


「断るなよ。お前が探している『神の涙』……あれは第40階層の先、世界の膜(ブレーン)が薄れた場所にしか存在しない。俺に付いて来なければ、その女は来年を迎えられないんだろう?」


 灯馬の心臓が激しく脈打つ。なぜ、それを知っているのか。 九条にとって、灯馬がどれだけ必死に祈を救おうとしているかは、単なる「利用しやすい弱点」に過ぎなかった。


「……待ってください! 灯馬くんが行くなら、私も行きます!」


 祈が灯馬の背中から身を乗り出した。


NAME:神和 祈

LEVEL:2

ATK:5

DEF:8

SPD:15

MAG:45

ABILITY:聖なる祈り(セイント・プレイヤー)



「バックアップのヒーラーが必要なはずです。私も連れて行ってください」


 九条は祈の顔をじろじろと眺め、値踏みするように鼻で笑った。


「レベル2か。いいだろう、まとめて連れて行ってやる。……精々、役に立ってくれよ。『いざという時』にな」


 九条の背中が遠ざかる。その口元に浮かんだ歪な笑みを、灯馬は見逃さなかった。 彼にとって灯馬たちは探索の仲間ではない。万が一の事態が起きた際、自分たちが生き残るための「時間を稼ぐ生贄」――。


 その最悪の予感は、翌日、現実のものとなる。



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