無能スキルと追放された俺、死に戻りで経験値とノウハウためまくって人類の限界突破する。

ユニ

第1話 日常と欠落

2026年12月26日。

都庁が消失し、代わりに巨大な**「ダンジョン」**が穿たれたあの日から1年半。冬の凍てつく空気に包まれた新宿特区は、世界中から集まった探索者たちの熱気と、それ以上に冷徹な「数値」に支配されていた。


 新宿ダンジョン第1層。薄暗い石造りの通路で、時任灯馬(ときとう・とうま)は錆びかけの短剣を構え、一体のゴブリンと対峙していた。

灯馬が意識を割くと、視界の端に無機質なシステムウィンドウが浮かび上がる。



NAME:時任 灯馬

LEVEL:1

ATK:12

DEF:10

SPD:11

MAG:5

ABILITY:走馬灯(パノラマ・ビジョン)



「ギギッ!」


 ゴブリンが泥に汚れた棍棒を振り下ろす。灯馬はそれを短剣の腹で受け止めた。だが、衝撃は重い。火花が散り、剣を握る掌が痺れる。


(……ダメだ。これ以上は、死ぬ)


 頬をかすめた棍棒が肌を裂き、鮮血が舞う。その痛みで、灯馬の思考は「撤退」へと塗りつぶされた。彼は迷わず背を向け、光の差す出口へと駆け出す。

 魔物を倒しきれば経験値が得られることは理解している。だが、もしここで深手を負えば、救護室で待つ彼女を明日へ繋ぐことができなくなる。灯馬にとってのダンジョンは、栄光を掴む舞台ではなく、死の恐怖を回避しながら日銭を拾う「集金場」に過ぎなかった。



--



地上に戻り、喧騒に満ちたギルドロビーへ足を踏み入れると、巨大なモニターが目に飛び込んできた。


『白河 流星、第80階層を単独踏破。人類最高値、レベル15到達――』


 画面の中、人類最強の男が放つ一撃は、巨大な山のような魔物を一瞬で消滅させていた。

 レベル15。一国の軍隊に匹敵する「国家戦力」。その眩しすぎる光景を、灯馬は汚れた短剣を握りしめたまま、ただ無言で見上げていた。


「よう、逃げ腰の『葬式準備』。今日もゴブリン相手に命乞いか?」


 下卑た笑い声と共に、背中を突き飛ばされる。転倒した灯馬を見下ろしていたのは、中堅パーティの重戦士、荒木だった。



NAME:荒木 剛

LEVEL:6

ATK:120

DEF:115

SPD:80

MAG:30

ABILITY:剛腕(ストロング・アーム)



 荒木の拳には、手榴弾一発分に相当する破壊力が宿っている。彼のような「選ばれた側」の人間にとって、死ぬ間際の風景を見るだけのスキルしか持たない灯馬は、視界に入るだけで不快な「無能」に過ぎない。


「死ぬ時の思い出作りなんていいから、少しは戦えよ。ゴミが」


 嘲笑を浴びながらも、灯馬は何も言い返さず、砂を払って立ち上がる。彼に抗う勇気も、すり減ったプライドを拾い上げる気力も、もう残っていなかった。


「灯馬くん!」


 鈴の鳴るような声が、救護室の入り口から響いた。

駆け寄ってきた神和祈(かんなぎ・いのり)の肌は、魔力過敏症の影響で、冬の光に透けるほど青白い。



NAME:神和 祈

LEVEL:2

ATK:5

DEF:8

SPD:15

MAG:45

ABILITY:聖なる祈り(セイント・プレイヤー)



「灯馬くん、また怪我して……。無理しないでって言ったのに」


 祈が細く、冷え切った指先を灯馬の傷口に添える。


「ヒール」


 柔らかな光が灯馬を包み、鋭い痛みが鈍い熱へと変わっていく。レベル2の彼女が放つ癒やしは微々たるものだ。だが、その消え入りそうな光だけが、灯馬がこの街に繋ぎ止めてもらえる唯一の場所だった。


「ごめん、祈。……でも、大丈夫だ。俺は必ず見つけるから。あの奥に、君を治す答えがあるはずなんだ」


 灯馬の声は、新宿の寒風にすぐさま溶けて消えた。

祈は何も答えず、ただ灯馬のボロボロになった袖を、細い指先で強く掴み直した。

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