機関車が走るあいだの夢
@onomam
星空
「……綺麗……」
「綺麗でしょう?」
「うん」
「ずっと、ここに誰かを連れてきてみたかったの」
彼女は星空を見上げながら、そう言った。
「あなたが、はじめて」
「ほかの……ひとは?」
「みんな、駅で機関車に乗る前に、どこかへ行ってしまったの」
彼女は寂しそうに振り返った。
「……ここは、特別な場所」
「この星空の下で私は、空であり、風であり、揺れる草であり、
青と紫のグラデーションであり、
ただの色であり……星そのものなの」
僕は、息を呑んだ。
彼女が語る世界は、
僕の知っているどんな場所とも違っていた。
――そう、今、目にしているこの景色とも。
「気にしないで。ここに来てくれただけで、とてもうれしい」
少し間を置いて、彼女は続ける。
「……一人は、寂しいから」
「私はね、世界をいとしいと思う」
世界を……いとしい……。
「でも。ここでなら、いとしさを少し手放せる」
きっと、彼女の言う“いとしい”は、
僕のそれとは、違う。
「いとしい……それって」
「いとしいはね、発明だったの。
私にとって、いとしいは、発明」
「君は、ほんとうに……すべてのものを、愛しているの?」
「それは……わからない。
私にとって、いとしいと、愛するは違うから。
だけど、私にとって、世界はいとしいものなの。」
「痛みや苦しみ……戦争も……?」
「好きなわけじゃないの。
誰かが苦しむのは、見たくない。
けれど――」
「いとしいは、感情じゃないの。
わたしは、すべてのものを、いとおしいと思う。
これはね……」
彼女は、そこで一度、言葉を切った。
「私じゃ、どうしようもないの」
声が、震えていた。
「……悲しい?」
「いいえ」
「じゃあ、辛いの?」
「どうかしら……」
「あのさ」
僕は、勇気を出して切り出した。
「僕にも、いとしい、教えてよ」
「……え?」
「君しか知らない、いとしいを」
「……無理よ」
彼女は、悲しそうに言った。
「だって、何度も……」
「うん。君と完全に同じ景色を見る日は、
来ないと思う」
一度、言葉を切る。
「けれど――
君のいる場所に、近づきたい。
一人でも、近くにいた方が、
寂しくないかもしれないから」
「……」
彼女はうつむき、黙り込んだ。
「どうしたの?」
少し近づいて、顔を覗き込む。
彼女は――
泣いていた。
*
気づけば僕は、
機関車に揺られながら、窓辺にもたれかかっていた。
……夢を、見ていた気がする。
機関車が走るあいだの夢 @onomam
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