六六さま

円衣めがね

六六さま

ろくろくさぁは見てござる

ろくろくさぁは見てござる


その日、いつもどおり学校帰りにみんなで歩いていた。夏休み前で蝉がうるさかった。もう前のほうはよく見えなくて、列もみだれていて何人いるのかも分からなくなっていた。


電信柱のところですこし止まって、また歩きだす。気づくと知っている顔がいくつかいなかった。


そのとき、前にいた誰かが横の細い道に入った気がした。ちゃんと見たわけじゃないけどそうだったと思う。ぼくも真っ直ぐより、そっちのほうが早いと思った。


道に入ると音が変わった。

さっきまであった音が、なくなった。


「ざっ、ざっ」ぼくの足音しか聞こえなかった。静かだと思ったのは、だいぶ進んでからだった。


「ぴゅー、ひゅー、るー」


笛みたいな奇妙な音が聞こえた。近くでも遠くでもなくて、耳もと、耳の奥のほう、もっと遠くにも思えた。気のせいとも思った。けど、そう思ったのもずっと後になってからだった。


見上げると大きな鳥居があった。ぼくは鳥居をくぐった。


そのとき、また音が変わった。それは静かな音だった。足を出す。右、左、右。交互に出しているようで、片方だけで歩いているようで。つまずくほどじゃないけど、いつもの歩きかたじゃなかった。


鳥居のなかはたくさんの人がいた。お祭りかなとぼくは思った。ぼくは、たくさんの背中や足を見ながら歩いた。


「ろくろくさぁ、今年は早いな」

「もうそのくらいだろう」

「とどくか」

「とどくか」


ぼくの歩く周りで大人たちの声が聞こえた。ぼくには背中しか見えない。ひそひそとした声だけが聞こえた。


「ろくろくさぁ」

「ろくろくさぁ」


なんのことだろう。その声は祭りばやしのようだった。


巻きつくような、跳ねるような、蠢いている虫のような。こわいって言う声。いいことだって言う声。同じ調子の話し声が、はやし立てるように聞こえてきた。


ぼくは自然と奥へ、奥へ歩いていった。


そのとき、ゆらりと影が見えた。さっきまで大人の背中ばかり見えていたのに、そのはるか上で影が動いた。


「ろくろくさぁは見てござる」

「ろくろくさぁは見てござる」


声に合わせて影はゆらりゆらりと左右に動いていた。風船のような影。太く長い紐のついた、まぁるい風船。


それが動くたびに、周りの音が消えていった。足音がひとつ消えて、誰かの息遣いが消えて、祭りばやしが遠くにいった。


ぼくは見てはいけない気がしたけど、見ないようにする前に、もう見ていた。


ぼくは奥へ、奥へ歩いていった。歩くたびに体が軽くなっていた。こわいとか、いやだとは思わなかった。ただ、もう少しいけば終わる気がした。


風船は長く太い紐の上。

ゆらりゆらり。ふわりふわりと浮いていた。


ゆらりふわり。だんだん大きく。だんだん高くなっていく。ぼくは尻もちをつきそうになるくらい見上げて目が離せなかった。


黒くて丸い風船には目があった。大きな目と小さな目。ぐるぐると回る目にぼくは見つめられていた。


「ありがとうございます」


ぼくはそう言っていた。言うのが自然なことだった。風船は大きくふくらみ、たくさんの目がぼくを見ていた。


高く、高く。でも大きくなってぼくに近づいた。


「ろくろくさぁ」

「ろくろくさぁ」


ぼくはふわふわした気持ちになっていた。もうすこし。もうすこし。


そのとき「あ……」とぼくは声をだした。


ぐにゃりと足もとがゆがんだ。上を向いているのか下を向いているのか、ぼくは分からなくなった。


次に顔を上げたとき、ぼくは山の入り口で座っていた。気づいたらそうなっていた。誰かに何かをされた感じはなかった。泥だらけで、靴も片方なくなっていた。


あたりは暗く、遠くで蝉が一斉に鳴きだした。




後になって聞いた話。

同じ日の、同じ時間に、町の反対側で、子どもが川でおぼれて亡くなった。


年齢は、当時の僕と同じくらいだった。

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六六さま 円衣めがね @megane43

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