第3話 平将門の息子

「......お前は何故、ここにいる」




「女神様にお会いできたこと、身に余る幸運にございます」




「説明になっていない」




 険しい山の奥、ポツンと建つ小さな屋敷の縁側で、あの少女と少年が向かい合って座っていた。いや、正確には少年が少女のことを拝み、少女が迷惑そうにそっぽを向いているのが正しい表現だが......




 少女は16頃の白銀の髪をした少女、少年は10歳といったところか。まだ、あどけない顔をしている。




「というか、何故お前はここに辿り着けた。ここに来るまで、道は愚か目印すらなかったはずだ。私はお前にここを教えた記憶はない」




「それは、女神様から漏れ出る神々しさに導かれ......」




「真面目に説明しろ」




 少女はうんざりとした様子で、そう言った。




「気合でございます。真っ暗な森の中、ただ貴方様に会いたいという気持ちだけで、ここまで来ました」




「まさか、400年見つからなかったこの屋敷が、こんな奴に見つかるとは......」




 少女は頭を抱えながら、言った。




「まあ、良い。今日くらいは泊めていってやる。こんな暗い中、追い返して熊にでも襲われたら、流石の私でも寝覚めが悪い」




 ちなみに今は、真夜中である。しかし、あれから1日経っているので、少年は丸一日森の中を彷徨っていた事になる。




「布団なら奥の部屋にある。勝手に使っていいぞ。私は奥に行ってるからな」




 少女は立ち上がりながらそう言うと、奥の部屋に行こうとした。すると、




「お待ちください!実は、貴方様に頼みたい事があってここに来たのです。どうか話しを聞いてもらえませんでしょうか」




 少年は慌てて様子でそう言った。




「そういうのは別の奴に頼むんだな。少なくとも、私は見ず知らずのガキの頼み事を聞いてやるほどお人好しではない」




 しかし、少女は見向きもせずにそう言い捨てた。だが、少年は諦めずもう一度言った。




「しかし私は亡き父の、平将門の願いを叶えなければいけないのです。私に、一族の命運が懸かっているのです。どうか、力添えをしてもらえないでしょうか」




 すると、少女は振り返った。しかし、その顔は険しかった。しばしの静寂が流れたが、やがて少女が絞り出すように声を出した。




「......そういうことは......そういうことは、もう良いんだよ。使者の想いに取り憑かれるのは」




 少女はとてもつらそうにそう言った。しかし、少年にはその意味が理解できなかった。




「女神様、それは......それはどういう意味でしょうか」




 すると、少女は我に返ったかのように、ふっと目を伏せ、静かにため息をついた。




「すまない、今の言葉は忘れてくれ。ただ、お前に一つだけ言えることは、そういうのは子供が背負うことじゃぁないってことだ」




 少年は、わけがわからないというように首を傾げている。少女はため息をつくと、少年に向かって静かに言った。




「明日、日が昇ったら、さっさと出てくんだぞ」




 そう言うと、少女の体は霧のようになり、やがて静かな風に吹かれて消えた。あとに残された少年は、しばらくぼーっとしていたが、やがて我を取り戻したように頷くと、静かに呟いた。




「たとえ、誰がなんと言おうとも、私は絶対に父上の夢を叶えて見せます。どうか、見ていてください、父上」










                  ◆










 次の日の朝、少年は縁側から差し込む朝日で目を覚ました。朝の森は鳥のさえずりと、木々の間から差し込む陽によってとても幻想的で、あんなにも恐ろしかった夜の森と同じだとは思えないほどだった。




「起きたか、少年」




 声のした方を見ると、そこにはあの少女がいた。




「あの......女神様」




「ほら、さっさと山を降りるぞ。早く着替えろ」




 少女は問答無用というように言い放つと、立ち上がり、部屋から出ていった。少年は黙って布団から出ると、少女の後を追った。










                  ◆










 屋敷から出て、しばらく歩いた時、少女は立ち止まって言った。




「これだ。この獣道を真っ直ぐ行けば、街道にでる。そしたら旅人にでも言って街に連れて行ってもらえ」




 そう言うと、少女はくるりと背を向け屋敷に戻ろうとした。その時、少年は我慢ができずに叫んだ。




「あ、あの...女神様!」




「ん、何だ?」




 少女は怪訝そうな顔をしながらも、振り向いた。




「私......いや僕、考えたんです!」




「考えたって、何をだ?」




 少女は首を傾げながら、そう少年に訊いた。




「なんで、女神様があんな事を言ったのかを。なんで、子供が背負うべきじゃないのかを」




 一生懸命、少女に伝えようと、少年は必死に喋る。




「女神様は、きっとこういうことで辛い目にあう人をたくさん見て来たんじゃないかって。それで、僕にそういう目にあってほしくないんじゃないかって」




 必死に、子供らしく言葉はつたなくとも、それでも必死に。




「でも、僕はやりたいんです。僕が叶えたいんです。僕の父、平将門は武士を、仲間を救おうとして、けれどそれが帝に不都合だからって殺されて......父の仲間は散り散りになって、その家族も除け者にされて。だから、僕が、僕が......」




 話しながら、なぜか出てくる涙を拭いながら、少年は必死に伝えようとする。




「子供の頃から、隠されて育てれて、自分だけ守られて、自分たちに味方してくれた人たちが悪いって言われるのが嫌で......」




「もういい」




 少女は、少年の話を遮った。




「もういい。それで、お前は私に何を望む。私に何をしてほしい。お前の父親を殺したやつの仇討ちか?そいつを私に殺せというのか?そういうのならば、私は力を貸さないぞ」




 少女はその澄んだ瞳を少年に向ける。その瞳に怯むことなく、少年は少女に言った。




「僕を、強くしてください。僕に、力をください。守られるだけでなく、人を守れるような。そんな力を僕にください。」




 そう言って、少年は頭を下げる。少女は黙って少年を見つめた。彼女の瞳に映る少年の目には、強い決意に意思が見えた。




「少年、名前はなんという」




「はっ?」




「名前だ、お前の名前だよ」




 少年は戸惑いながらも、答えた。




「名は、平陽将たいらのはるまさといいます」




 その名を聞き、少女は一瞬驚いたかのように目を見開いた。




「そうか、これも何かの縁か......」




 そう呟くと、少女はくるりと背を向けた。




「陽将よ、お前に覚悟はあるか。諦めないという覚悟、死をも厭わない覚悟はあるか」




 少女は陽将に、そう訊いた。




「覚悟なら、疾うの昔にできています」




 陽将は確固たる決意のこもった声で、そう力のこもった声で答えた。




「そうか。もしも、お前が力が欲しいなら、ついてこい。稽古くらい、つけてやる」




「っ!」




 少年は歓喜に満ちた顔で少女を見上げた。




「早く、ついてこい」




 そう言われて、少年は慌てて走り出した。

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