一粒、千円。
黒猫280号
第一章
深夜。シン、と静まり返った我が家。
なるべくドアを開ける音を響かせないようにして、そろり…と千歳が電気の消えた玄関に足を踏み入れた瞬間。
「…今、何時だと思ってるの?」
パッ、と蛍光灯の明かりが夜闇に染まっていた視界を刺激して、その明暗の差に一瞬クラリと目眩を覚えたのも束の間。
目前の鋭い眼光に、迎え撃つようにあからさまな大きなため息をつく。
そんなことをすれば怒りを更に増幅させるなんて、分かりきっていた。分かっていて、そうした。
「千歳? 何、その態度は…こんな夜中まで帰ってこないでお母さんがどれだけ心配したと…」
「っさいなぁー…」
うんざりする。千歳とて、もう18歳なのだ。昔ならいざ知らず、今の、令和の法律が千歳を成人だと認めてくれている。何の文句を言われる筋合いもない。
「千歳、分かってるの? あなたまだ高校生の身分で…」
「あー、ハイハイハイハイ。学校なんてダルいだけだし、別に今すぐ辞めたって構わないから」
「千歳、…待ちなさい! 千歳!」
鬱陶しい、ウザい、構ってられない。
ダン! ダン! と抗議の気持ちを込めてわざとらしく荒々しく階段を登って…バタン! 大きな音を立ててドアを閉める。
ボフンッとそのまま、着の身着のままベッドに俯せに突っ込んで、枕に顔を埋めた。
…大体からして、千歳の母親は過保護だと思う。
千歳の友達の中には、数日遊び歩いて帰らなくても文句を言われない子がいるが、そういう話を聞く度に心底羨ましくなる。
千歳にだって千歳の人生がある。友達もいる、彼氏もいる、今が一番楽しい時期なのだから誰にも邪魔されたくない。
千歳に甘々で、何でも許してくれた父親が単身赴任になってから、そしてその父親に“現地妻”の存在がチラつき始めてからは、更に母親の過干渉が増えた気がする。
(女捨ててる自分が終わってんじゃん。…だから、浮気されるんだよ)
そこまで考えて、クスクスと千歳の唇から黒い笑いが溢れてきてしまう。
女を捨てて地味な格好をして毎日キリキリと過干渉をしてくる“女”と、若さを武器に青春を謳歌する自分と。
どっちが幸せかなんて、考えるまでもなかった。
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