セーブファイル4:メガロマリスへ

 タイソンは遅れて付いてきたネモを、武器屋の前まで連れて行く。武器屋の店主はすらりとした細身の男だが、筋肉は引き締まっていた。肌に密着するほどのぴっちりとした赤いライダースーツを着た店主は、ネモを見るなり目を輝かせる。


「あらぁ? 新しい挑戦者ちゃ〜ん?」


バイオリンを震えて弾いたような甲高い声の店主に、ネモは困惑した。細い指先で、店主はネモのヘルメットを撫でる。


「ネモって言うんだ。シャイな奴だから、あんまりベタベタするなよ」


「もちろんよぉ。お代はいただくけど、あなたにピッタリの武器と服を見立ててあげるからねぇ」


タイソンは呆れ顔で店主を諌める。店主は頷きながらも、ねっとりとした手つきでネモのヘルメットを触っていた。店主はヘルメットを取ろうとするが、ネモは痛そうに電子板の表情を歪める。だが、ネモはされるがままだ。あなたは慌てて、コマンドを打ち込む。


『イタイ!』


あなたが入力したコマンドそのものが、ネモのウィンドウに現れた。店主はネモの叫びを聞くと、そっと手を離す。あなたはネモを守るように、タイソンの後ろに隠した。


「あらぁ、そのヘルメットもしかして素顔なの? ごめんなさいね。てっきり中に素敵なお顔があると思っちゃったのよぉ」


店主はわざとらしいくらいに驚き、口に手を当てる。ネモもあなたも店主にそれ以上近づこうとはしなかった。ネモはタイソンの破けたコートの穴から顔を出す。


「35エニーで工面してくれないか?」


「もちろんよ! こんなキュートな子、アレンジのやりがいがあるわ!」


店主はクネクネと踊りながら、店のタンスを漁る。黄色い雨ガッパのようなフードを取り出し、店主は指を鳴らした。たちまち、フードが消え、ネモをすっぽりと覆う。ネモは驚き、尻餅をついた。ブカブカのフードから、ネモのヘルメットが覗く。


「これなんかどう? "みかわしのフード"。身体が軽くなるわよ」


店主は既に次の服を持って来ている。余り切った袖を見て、ネモは少々パネルを曇らせた。あなたの目の前にも"買う"と"買わない"の選択が出る。


「なんか、脆そうだね」


「素早さより、防御力が欲しいな」


あなたの選択に合わせて、ネモが首を横に振った。店主は残念そうに、もう一度指を鳴らす。すると、ネモは一瞬で元の宇宙服に戻る。もみくちゃにされて、ネモは目を回していた。


「じゃあ、これはどう? "パンクなジャケット"。テンションも上がるわよ」


店主が指パッチンをすると、ネモは一瞬でパンクロッカーに変身した。頭がヘルメットのネモは、さながらバイク乗りのようだ。だが、宇宙用のヘルメットは棘付きの革ジャンに不恰好に乗っていた。


「……なんかネモには合わないね」


あなたは再び買わないを選択する。さしもの上機嫌な店主も、次第に困り顔になっていった。タイソンも顔をしかめて、革ジャン姿のネモを見る。


「……もっと初心者向けの装備ってないか?」


「そうねぇ……。ちょっと値は張るけど、これはどうかしら?」


店主が指を鳴らすと、ネモはサイバーパンク風の服に変わった。宇宙用のヘルメットは変わらないが、赤くたなびくマフラーはいかにも冒険者のようだ。白基調の服は、メタリックな輝きを帯びていた。ネモは感情を上手く表せず、電子板の顔がコロコロと変わる。


「コノ キモチ ナント イウノデスカ?」


ネモがあなたに向かってメッセージを送る。初めて問いかけてきたネモに、あなたは戸惑った。画面の向こうのネモの気持ちを、あなたが形にしなければいけないのだ。


「ネモって、どんどん新しい感情を覚えていくのかな?」


「ま、まさか。ただのプレイヤーキャラだよ」


高道の言葉を、あなたは否定する。だが、もはやあなたには、ネモが単なるゲームのキャラクターには思えなかった。自分の分身となる存在でもない。意思を持った存在なのだ。ネモに答えなければいけない。そんな強迫観念に駆り立てられながら、あなたはキーを打ち込んだ。


『ソレハ ウレシイ』


「ウレシイ……」


ネモは"エガオ"とは違う、新たな表情を組み上げる。ドットが切り替わり、にっこりとした表情が現れた。"エガオ"より自然な笑い顔だ。店主もネモの様子を見て、両手を合わせて感激する。


「まあ! やっぱりね! "ワンダラーのふく"、似合うと思ったのよ!」


「よかったな。ネモ」


タイソンに、ネモは"ウレシイ"という感情を露わにする。それまで何者でもなかったネモが、少し挑戦者に近づいたようだ。あなたも新しい装備に、しばらく店主とタイソンの周りを、ネモに歩かせる。高道にはそれがはしゃいでいるようにも見えた。


「さて、次は武器ね。服で20エニーだから、どうしようかしら?」


店主は今度は仰々しい形のケースを漁る。中には光線銃やビーム状の剣など、ギラついた武器達が誰かの手に渡るのを待っていた。タイソンも真剣な面持ちで武器達を見ている。


「なるべく強いので頼むよ」


タイソンは静かに呟く。真剣なタイソンの表情を見て、店主もそれまでの飄々とした態度もなりを顰めた。ネモは初めて見る武器に、首を傾げている。 


「……そうね。じゃあ、これね」


店主が指を鳴らすと、ネモの手の上に奇妙な形の剣が現れた。一見水色の刃の片手剣に見えたが、刃の上に銃口が付いている。


「それは"ガンブレード"。性能はピーキーだけど、あなたなら使いこなせるはずよ」


ネモは恐る恐るガンブレードを握る。ずしりとした重みに振り回され、ネモは両手で支えるように持っていた。タイソンはネモのガンブレードを担ぎ上げ、片手で握る。


「こうやって使うんだ」


タイソンは軽々と剣を振り、グリップの部分を握りしめた。すると、銃口に光が集まり、唸りを上げる。光は一筋の光線となり、遠く離れた酒場のグラスを撃ち抜いた。突然の出来事に、ネモは震えている。


「コワイ デス」


ネモはウィンドウであなたに訴えかける。だが、あなたも威力に圧倒され、ネモにかける言葉も出てこなかった。


「こ、これ、始めたての人に渡していいものなの?」


画面越しに見ていた高道も、画面いっぱいを覆う光に恐れ慄いていた。タイソンは何事もなかったように、ネモにガンブレードを返す。


「慣れれば平気さ」


「ちょ、ちょっとアンタ! 何やってくれちゃってんの!」


店主が光の残滓を靡かせるガンブレードを見て狼狽える。撃ち抜いたグラスの先には、鬼のような形相のバーテンダーがいた。粉々になったグラスを見て、タイソンの頭に汗の記号が浮かぶ。


「ま……まず……」


「後で弁償しろよ! キザ野郎!」


タイソンは頭を掻きながら、コインの入った袋を取り出した。近寄りがたい雰囲気のタイソンが見せた人間臭さに、あなたは思わず笑う。


 こうして、メガロマリスへの準備は整ったのであった。


セーブファイル4:ネモ Lv.1 メルティポット


 →つづきから/タイトルにもどる


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メガロマリス 一途貫 @itcan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画