メガロマリス

一途貫

セーブファイル1:スタートボタンを押してください

 今、あなたはハードウェアにカセットを差し込んだ。慣れ親しんだ白いホーム画面の中に、新たなアイコンが現れる。"メガロマリス"黒いアイコンの中に、幾何学的な文字だけが浮かんでいた。


「ついに始まるんだな。メガロマリス」


 あなたの側にいる少年が、弾んだ調子でゲーム画面を覗き込む。あなたもメガロマリスの文字に釘付けになっていた。この日のために、あなたはメガロマリスに関する情報を集めていたのだ。ゲーム雑誌を集め、使い古されたハードウェアを押し入れから引っ張り出し、朝早くからゲーム店頭に並んだ。

 

「もちろんだよ高道。この時のために、ずっと貯金してたんだから」


 あなたは長年の親友と一緒にスタート画面を見つめる。近未来的な大都市を背景に、"さいしょからはじめる"の文字が中央に現れていた。

 興奮を抑え、汗ばむ指であなたはスタートボタンを押す。


 "メガロマリス"。新年の元旦にこのゲームが発表された時、一世を風靡するセンセーショナルが起きた。現実とのリンクを目指したこのゲームは、プレイヤー自身がアバターとなるキャラクターにコマンドを打ち込み、そのコマンド通りにキャラクターが動く仕組みとなっている。コマンドによってシナリオも異なり、まさにプレイヤーごとの物語がある巨大都市空間なのだ。このゲームが店頭に並んだ瞬間、誰もがショーウィンドウに手を伸ばし、広大な都市空間へと旅立った。今、あなたはその世界へのスタートボタンを押したのだ。


 甲高いスタート音が流れた瞬間、あなたの画面いっぱいに、サイバー調の都市が広がる。目の前に一人のキャラクターがおり、あなたはそれが自分のプレイヤーキャラだとすぐに分かった。あなたがキーを押すと、プレイヤーも上下左右に動く。エンターキーを押すと、プレイヤーキャラがあなたの方を向き、メニュー画面が表示された。宇宙飛行士のような格好をしたプレイヤーキャラは、不思議そうにあなたの顔を覗く。顔を覆うヘルメットには、デジタル表示で様々な表情が現れた。


「これが君のアバターなのかい?」


「そうみたいだね。この画面から色々コマンドが入力できるみたい」


 あなたは試しに、"はなす"というコマンドを入力した。すると、プレイヤーキャラからフキダシが浮かぶ。


「コンニチハ。"ネモ"デス。アナタノプレイヤーキャラデス」


「うわぁ! 文字が勝手に出てきた!」


 高道はひっくり返りそうになる。だが、あなたは興奮を抑え、汗ばむ手でキーボードを叩く。淡々としたクリック音だけが、部屋中に響き渡った。


『ハジメマシテ、ネモ』


 あなたが入力したテキストに、ネモのヘルメットの表情が変わる。検出された表情になるために、ドットが激しく動いた。黄色いデジタルに変わり、ネモは嬉しげな表情になる。


「すっごいな。顔が変わったよ」


 高道は愛おしげにネモを見た。ネモは画面の向こう側にいるあなたに笑いかける。あなたは次々と、ネモが取り得るコマンドを試してみた。"しらべる"を試すと、ネモは身の回りのものに興味を持ちはじめる。"もちもの"を試すと、ネモは宇宙服の中をまさぐった。結局何も持っていなかったようで、顔のアイコンがしょんぼりとする。ネモの反応に、あなたのキーボードを打つ手はどんどん早くなる。次にあなたは、近くにいるNPCに話しかけようと、キーボードを手早く打った。白衣を着たNPCは、目元がバイザーで隠れている。NPCに向かってコマンドを打ち込むと、ネモのデジタル板が激しく動いた。


「なんだか、初めて人に話しかけるから、どんな表情をしていいのか困っているみたいだね」


 あなたはネモに感情を教えようと、キーボードで"エガオ"と打ち込む。無数のデータの中から"エガオ"を探し、ネモの顔のドットが変わる。


「コンニチハ ネモデス。アナタハ ダレデスカ?」


「私はタカツキ博士。ここで案内をする者」


 白衣のNPCの頭に、メッセージの入ったウインドウが浮かび上がる。声こそは無いが、NPCは親しげに口元を上げていた。


「ははっ、この白衣の人、北塚先生そっくりじゃん!」


「ひょっとして、先生のアバターかもしれないね」


 画面を見合って、あなたと高道は笑い転げる。2人の笑い声は、画面の中には届いていない。ネモはヘルメット越しにタカツキ博士を見つめていた。タカツキ博士は次々とメッセージを送っていく。あなたは慎重に決定ボタンを押していた。


「この巨大都市、"メルティポット" には、誰も攻略できていない "メガロマリス" というダンジョンがある。この都市に来た今、君も新しい挑戦者だ」


 あなたは食い入るように博士の言葉にのめり込む。新しく出てきた言葉を忘れないように、あなたは電話機の側のメモを引っ張り出して、ペンで書き込んだ。ネモはピンときていないのか、首を傾げていた。


「ダンジョンだって、俺たちの町の駅も大概ダンジョンだけど、それよりもっとでっかいのかな?」


 あなたと高道はあれこれ想像する。"メガロマリス"は発売されて数日しか経っていなかったが、腕の立つプレイヤーなら今頃クリア動画を上げている頃だろう。だが、インターネットを検索しても、クリアどころか"メガロマリス"の攻略法すら上がっていなかったのだ。


「挑戦者には、アイテムと "エニー" を渡す事になっている。有効的に使ってくれたまえ」


 博士の言葉とともに、軽快な電子音が鳴り響いた。どうやら、アイテムを取得した音のようだ。博士のウインドウが閉じると、あなたはすぐさまメニュー画面を開いた。"もちもの"を選択すると、見覚えのないアイテムが1番上に表示されている。ネモも心なしか、知らないアイテムが追加されて戸惑っているようだ。早速あなたは、アイテムにカーソルを合わせる。


「エナジークッキー? 回復アイテムみたいだ」


 ネモの手の上に黄緑色のクッキーが現れる。パステルカラーのクッキーが現れると、ネモは口元にクッキーを運ぼうとした。あなたは慌ててキャンセルを選択する。ネモは不思議そうにあなたの方を見ていた。なぜクッキーが消えたのか分かっていないようだ。


『カイフクアイテム ハ タイリョク ガ ヘッタラ ツカウ』


 あなたがコマンドを入力すると、ネモは頷いた。様々な反応を見せるネモに、あなたは不思議と愛着が湧く。


「なあ、さっきもらった"エニー"って何だろうな?」


 高道が眉をひそめる。あなたはアイテム欄をさがしたが、エニーなるものはどこにも入っていない。あなたはあちこちメニュー欄をいじくるが、エニーという項目は無かった。ネモはあなたをじっと見ている。次のコマンドが選択されるのを、ネモは待っていた。


「もしかして、このゲームでの通貨かな? ほら、画面端のこのよく分からない記号、さっきまで0だったのに500になってる」


 あなたが指差す先には、500と円を崩したような記号があった。高道も500の数字を見て、関心する。ネモも袋を取り出し、これみよがしと金色に輝く金貨をあなたに見せた。おそらくこれが、50エニーとやらなのだろう。 


「50エニーがどのくらいの価値かは分からないけど、これでメガロマリスに挑む装備を整えるみたいだな」


 あなたはネモに呼びかけるように言う。あなたがキャンセルボタンを押すと、ネモは再び金貨を袋にしまった。あなたは早速店を探そうと、ネモを動かす。すると、足元のパネルが水色に輝いた。パネルはネモをすっぽりと覆う。身体中に溢れる光に、ネモは戸惑っていた。あなたの前にウインドウが浮かび上がる。


「これは、セーブポイント。現在までのプレイ状況をセーブするものです。セーブしますか?」


 無機質なメッセージが流れると、あなたの目の前に"はい"と"いいえ"のコマンドが浮かんでくる。ネモは黙ってあなたの選択を待っていた。


「セーブはこまめにしといた方がいいと思うぞ。

 いきなり戦闘になっちまうかもしれないからな」


「そうだね。50エニーの使い方も考えたいし」


 あなたは"はい"にカーソルを合わせる。ピコンと軽快な電子音がすると、渦巻きのようなローディングが流れた。しばらくして、"セーブが完了しました"というメッセージとともに、光が収まる。改めて、あなたはネモに新しい道を示そうと、キーを動かした。


 しかし、あなたは知らない。知らない間にアイテムの"だいじなもの''の欄に、あるメッセージが届いていた事を。


 オネガイ。アナタシカ "メガロマリス" ヲ 

コウリャクデキナイ。アナタノテデ コノ 

ゲーム ヲ スクッテ。ソレガ ミンナ ノ

ネガイ。


 アイテム欄に、新たなアイテムが加わった!


セーブファイル1:ネモ Lv.1 メルティポット


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