雪の娘 1-4

 草間が父親をベッドに安置し終えた頃、美津江が両手に大ぶりのポリ容器と、灯油用のポンプを下げて戻ってきた。資産家だけに、使用人も舶来の電動小型ポンプを使っている。


「容れ物は、まだ物置に色々あります」

「どんどん持ってきてくれ。草間、こっちだ。手伝ってくれ」


 哲夫たちは湯舟の残り湯を、容器に移しはじめた。

「こぼすなよ」

「……思い当たることがあるのか?」

 草間に訊ねられ、哲夫は忙しくポリ容器を残り湯に沈めながら、問い返した。

「君は、里子と風呂に入ったことがあるか? いや、そりゃ夫婦ならあることはあるだろうが、実際、里子が熱いシャワーを浴びたり、湯舟に入るのを見たことがあるか?」


 草間は答えられなかった。

 反論の糸口を探すように、じっと考えこんでいたが、しばらくすると、みるみるその顔に疑念と驚愕が浮かんだ。


 哲夫は黙々と作業を続けた。

 草間と美津江もそれを手伝う。


 やがて残り湯は、容器やバケツや洗面器では、さらえない浅さになった。

 哲夫はポンプを使って、残り湯を吸い上げた。

 最後はタオルを絞る形で、念入りに容器に移す。


 残り湯は思ったより少なかったが、それでも十数本のポリ容器を満たした。

 三人がかりでそれらをステーション・ワゴンに積み終えた時、時計はすでに夜半を回っていた。


 ワゴンのキーを入れた哲夫に、草間は言った。

「言われたとおり、手配しておいた。昔、お前と何度も遊びに行った、銚子の冷凍倉庫だ。俺の名を出せば、すぐに入れてくれる」

 そして、傍らに立っている美津江を、顎で促した。

「美津江、君も彼と一緒に行け。実家の近くで降ろしてもらうといい」


 どうやら落ち着いたらしいな、と哲夫は思った。

 顔色はまだ青いが、いつもの精悍な面差しを取り戻している。

 美津江はそんな草間を不安げに振り返りながら、助手席に乗りこんだ。


 哲夫は草間に言った。

「何か事を起こすのは、明日の午後からにしてくれ。それまでにかたをつけたい。邪魔を入れたくない」

「承知した。……里子を、よろしく頼む」


「なんとかしてやれると思うが……」

 哲夫は少し口ごもったあと、静かに、しかしはっきりと告げた。

「もう君には返さない」


「……ああ」

 草間は、背後の黒い屋影を振り仰ぎながら、

「ひとりでなんとかするさ」


 哲夫は、ゆっくりとクラッチを繋いだ。

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