第2話 色んな予感
くだらない学校の時間を終えて、放課後の私は戸惑っていた。
普段なら家でゲームをするために帰宅部の意地を見せるのだが、なんとあの橘くんとの秘密の約束があるのだ。
橘くんのクラス、3組はまだホームルーム中だ。
クラスの前で堂々と待つわけにはいかないし、かといって校門で待ってたら橘くんが私を探しちゃうかもしれない。
なんでちゃんと待ち合わせ場所を設定しないのか…。
そんなことを考えていたら、もうホームルームが終わったみたいだ。
クラスからぞろぞろと生徒が流れ出てくる。
「橘くん〜!」
私が声をかける前に、明るい空気をまとった女の子たちが橘くんに寄って集った。
「何。急いでるんだけど。」
「相変わらず冷たいね〜。てか、これから3組の男子と一緒にカラオケ行くの!一緒に来ない?」
「無理。」
食い気味に返した。
普段の橘くんってあんな冷たいの…?
今朝、私に見せたあの笑顔からは考えられない冷たさだ。
「なーんーでー。前は来てくれたじゃん!」
「前は悠太がいたから。」
「あいつのことほんと好きだよね〜。まぁいいや、またね!」
女子たちは残念そうにぞろぞろと階段を降りていった。
「るみさん!」
「ちょ…。」
橘くんの元気な声が廊下に響いた。
幸い人は少なかったけど、これはまずい。
みんなが私のこと見てる。
「るみさ…。」
「待って。話しは学校出た後ね。」
私は彼の手を引いて小走りに校門へ向かった。
さすがに、たくさんの視線を向けられながら話せるほどメンタル強くない。
息も切れ、周りの視線がようやく逸れる。
校門までとは言ったが、人が多いので校舎裏まで走ることになった。
「るみさん、大丈夫?」
なんだこいつ。全然息切れてないぞ。
「た、橘…くんは…大丈夫…?」
「僕は陸上部だから、体力あるんだ。」
陸上部なんて帰宅部と真逆の部活じゃんか…。
いや、逆に似てるのか…?
まぁどうでもいい。
「は、話しても…いいかな?」
私はちゃんと息を整え、話す準備を終えた。
「あの…私、考えたんだけどさ、私のスマホでカラスポやってみたらどう?」
ポケットからスマホを出してゲームを起動する。
「え…い、いいの?」
「まぁ口で説明するより早いでしょ。」
橘くんは目を輝かせて私のスマホを受け取る。
なんか、初めておもちゃを授かった赤ちゃんみたいだな。
「ここ押すんだよ。」
「う、うん。」
音楽ゲームをプレイする様も、たどたどしくて可愛らしい。
ノーツ全部外してるけど。
「廉!」
突然、知らない男の子の声がした。
「あ…悠太。」
悠太?
悠太っていうと、さっき女の子と話してた人か。
「知らない女と一緒に走ってっからついてきたら…何してんだ?」
「ゲームさせてもらってるんだ。」
「ゲームぅ!?あの廉がゲーム…。」
廉っていうのは、橘くんの名前だろうか。
ていうか、これ色々話さないとまずいんじゃ…。
「てか廉、彼女できたのかよ!?」
ほらこうなるじゃん。
「違います!私は橘くんに頼まれて…。」
「しかも廉から告白したのか!?」
こいつ話聞かねぇ。
「悠太。僕はこの人と付き合ってないの。」
橘くんは悠太さんの肩を両手で掴んでとても冷静に伝えた。
「なるほどな。でも大丈夫なのか?お父さんからまた罰受けちゃうぞ。」
罰…?
「大丈夫だから。悠太部活でしょ、早く行きなよ。」
「え?お、おう…。」
悠太さんはなんだかしょんぼりしながら学校へ戻っていった。
「いいの?あんな門前払いしちゃって。」
「今はこれに集中したいの。」
橘くんは私に目もくれず、音ゲーに集中し始めた。
私は後ろからプレイしている様子を見るが…。
(下手だなぁ……)
指が全く譜面に追いついていないし、リズムにも乗れていない。
音ゲーはやっぱり個人差があるから直接は言えないけど、初プレイにしても下手だなぁ…。
「全然出来ない…。」
ぼそっと呟いた橘くんの表情を少し覗いてみた。
「できない…。」
涙目だー!
やばい。橘くんの精神年齢がこんなにも低いとは思わなかった。
なんかサポートしないと…!
「あ、あの、あれだよ。指が悪いんだよ!橘くん悪くないから!指が悪い、うん。」
サポート下手か。
「ぼ…僕、このゲーム向いてないのかな…。」
「そ、そんなことないよ!続けたらきっと上手くなるし…てか、私他にもゲームやってるから、それでいいなら一緒にやろうか!?」
めっちゃ早口になっちゃった。
それから私はスマホに入れているゲームを端から端まで紹介した。
が、橘くんが思うように操作できるゲームはなかった。
橘くんはその度に毎回泣きそうになるから、この短時間で私の励まし力(?)がすごく鍛えられた。
「パ、パソコンゲームとかだったら向いてるかもね!」
「るみさん…パソコンゲーム持ってるんですか…?」
橘くんのほうが身長高いくせに、上目遣いしてくる。
「持ってるよ。でも家にある。」
「じゃ、じゃあ家行ってもいいですか…?」
「え?」
聞き間違えたかと思った。
「僕…生まれてからやったことあるゲーム、遊園地の射的しかないんだ。スマホとかパソコンは、お母さんの管理下にあるし…お願い!」
橘くんの家庭は思ったより深刻みたい。
まぁここまで完璧な子になるにはそんな環境が必要なんだろうけど、自分が楽しみたいものを楽しめない悲しさっていうのは、どんなに恵まれてても突き刺さるものだ。
「いいよ。誰にも見られないならね。」
「…やった!ありがとう、るみさん!」
橘くんは会った時と同じような無邪気すぎる笑顔で返事した。
なんか同情して許可しちゃったけど、これお母さんが知ったら転がるな。
私たちはいつもの電車に乗って私の家へ向かった。
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