1日遅れのクリスマス

南條 綾

1日遅れのクリスマス

 街はまだクリスマスの余韻を引きずっているのに、私の心だけが妙に冷えていた。

それまでは、毎日一緒に帰ったり、放課後にカフェでだらだらおしゃべりしたりしていたというのに。音信不通になっちゃった。


 放置されてしまったみたいで。私はベッドの上に横たわり、枕に顔を埋めて、12月23日の夜のことを何度も思い出していた。


 二人で私の部屋にいて、クリスマスプレゼントを何にするかスマホを見ながら相談していたときだった。

ネットで可愛いアクセサリーとか見せて「これどう?」って聞いた時に、瞳の声が急に真剣で。


「綾ってさ、私のこと本気で好き?」瞳が唐突にそう言った。

いつもの優しい声じゃなくて、少し棘を含んだ響きだった。

私は驚いて、スマホから顔を上げた。


「どういうこと? 当たり前じゃん」


「当たり前って……言葉にしてくれないじゃん。いつも曖昧で、私ばっかり本気みたいで不安になる」瞳の瞳が、少し潤んでいた。


 長いまつ毛が震えている。私は慌てて手を伸ばしたけど、瞳はその手を払った。


「ごめん、ちゃんと……」


「いいよ、もう。綾はいつもそう。私の気持ちばっかりで、綾は平気な顔してる」

そう言って、瞳は鞄を掴んで部屋を出て行った。


 私は追いかけようとしたけど、足が動かなかった。

瞳の背中がドアの向こうに消えて、部屋に静寂が戻った瞬間、胸が締めつけられるように痛くなった。


 今まで、瞳が時々見せる寂しそうな目をしてたのは知ってた。

いつも「大丈夫だよ」とか恥ずかしかったから軽い感じで「好きだよ」って返したこともあった。

全部、瞳の本気のサインだったのに、私は気づかないふりをしてた。

だって瞳のことが好きでたまらないのに、はっきり「好きだよ」って言葉にするのが恥ずかしくて、いつも曖昧に誤魔化してた。

そのせいで、瞳をずっと不安にさせてたんだ。

自分がどれだけ瞳を傷つけてきたのか、自分がどれだけ瞳を大切にできてなかったのか、そのとき、初めてちゃんとわかった。涙が溢れてきて、止まらなかった。

瞳、ごめんね。

本当に、ごめん。


 それから、連絡が途絶えた。クリスマスイブも、クリスマス当日も、私は一人で過ごした。プレゼントは用意してあったのに、渡せないまま引き出しにしまった。

瞳の好きな、淡い水色のマフラー。もう、必要ないのかもしれない。


 そして今日、12月26日。学校はまだ休みだけど、私は朝から外に出ていた。寒いのに、コートも厚手のマフラーもせず、ただ歩いていた。

無意識で、瞳の家の近くまで来て、立ち止まった。

門の前で、どれだけ時間が経っただろう。息が白く、指先が凍りそうだった。

もう無理なのかな?

瞳にもう一度会いたい。

私に微笑んでほしい。

ごめんなさい。

後悔の波が後から後からあふれ出してきて涙が出そうになった時だった。


「……綾?」背後から、聞き慣れた声がした。


 振り返ると、瞳が立っていた。

コンビニの袋を提げて、驚いた顔で私を見ている。

髪が少し乱れていて、頬が寒さで赤い。

いつもの制服じゃなくて、私服のコート姿。すごく、可愛かった。


「どうして……ここに」瞳が小声で訊いた。


 私は、言葉に詰まった。「ごめん」最初に出たのは、それだけだった。

続けて、息を吸う。「ごめんね、瞳。私、ちゃんと気持ち伝えてなくて。瞳が不安になるようなことばっかりして」

瞳は黙って、私を見ていた。瞳の目は少し腫れている。泣いた跡があるのを見つけた。


「クリスマス、二人で過ごすって約束してたのに。私、一人で放っておかれて……すごく寂しかった」声が震えた。


「プレゼントも用意してたのに、渡せなくて。瞳のこと、ちゃんと好きだよ。本気だよ。瞳がいないと、私、ダメなんだ」


 瞳の表情が、ゆっくりと変わった。驚きから、戸惑いへ。そして、涙が溢れた。


「私も……ごめん。急に怒ったりして。綾が傷ついてるのわかってたのに、逃げちゃって」瞳が一歩、近づいてくる。


「クリスマス、綾のことばっかり考えてた。一人で過ごして、綾に会いたくて……でも、怖くて連絡できなくて」


 私はもう我慢できなくて、瞳を抱きしめた。

瞳の体が小さく震えて、私のコートに顔を埋めた。

温かい。瞳の匂いがした。シャンプーと、少し甘い香水の匂い。


「遅れちゃったけど……今日、クリスマスにしない?」耳元で囁くと、瞳が顔を上げた。

涙で濡れた目が、優しく笑っている。「うん……したい」


 瞳の家のリビングで、二人でケーキを食べた。

コンビニの小さなショートケーキだけど、瞳が「これでいいよ」と言ってくれた。プレゼントのマフラーも、ちゃんと渡せた。瞳はすごく喜んで、すぐに巻いてみせてくれる。


「似合う?」


「すごく似合う。瞳が可愛すぎて、困る」瞳が照れて笑った。

この笑顔を、もう二度と曇らせたくないと思った。


 夜になって、瞳が私の家に泊まることになった。

親には「勉強会」と嘘をついたけど、もうバレてるかもしれない。

でも、今はそんなことどうでもいい。


 私の部屋で、二人並んでベッドに座った。

電気を消して、窓から見える街の灯りだけが部屋を照らしている。


「綾…大好きだよ」瞳が、私の手を握った。


 私は瞳の顔を両手で包んだ。瞳の瞳が、すぐ近くで私を見ている。

長いまつ毛が、ゆっくり瞬いた。


「私も……瞳が大好き」そう言って、私は瞳にキスをした。

最初は、唇が触れるだけ。瞳の唇が少し冷たかった。

でも、すぐに温かくなった。瞳が目を閉じて、私の首に腕を回してくる。

私はもっと深く、瞳を抱きしめた。

柔らかくて、甘いキス。瞳の息が、私の頬にかかる。時間が止まったみたいだった。


離れたとき、瞳が恥ずかしそうに笑った。「1日遅れのクリスマス……でも、今年一番幸せ」


 私も笑って、もう一度瞳にキスをした。

これから先、どんなことがあっても、瞳の気持ちを曖昧にしたりしない。

ちゃんと、言葉にして、触れて、伝えていく。


 言葉にしないと伝わらない。

言うべきごとはきちんと言わないと本当に大切なものを逃すことを私は知った。

瞳の手を握ったまま、私たちはそのまま一緒に手を繋いで眠りについた。

二人でこのようにしていけばきっと大丈夫。


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