転移したおじさんと少女のちょっと世知辛い冒険者生活
佳作太郎右衛門
第1話 目覚め
冒険者都市アウレリア、ここは大陸北東部に位置する開拓都市である。
王国の辺境にありながら、魔獣の素材を主産業とすることで繁栄を築いた街だった。大陸北部は未開の地で、強大な魔獣が跋扈する暗黒地帯。そしての境界線に立つこの都市は、まさに人と魔の最前線である。
王国中の貧農や流浪人が一旗上げようと集まり、冒険者を志す。夢と欲望が渦巻く、そんな街だった。
アウレリアの街を見渡せる丘の上に、一本だけそびえる大きなニレの木があった。その木陰で寝転がる中年男は、この世界の住人ではなかった。
名を
この世界では転移者は珍しくはない。だが、金吾はそんな事情を知る由もなく、呑気にすやすや眠っていた。
彼を起こしたのは、北部遠征から帰還した四人組のSSランク冒険者――アウレリアの英雄たちだった。
黒鉄の鎧をまとった巨漢の戦士バルドル。
緑の髪を風に揺らし、豊満な胸を隠そうともしない魔女ミリア。
小柄ながら最年長、奇妙な笑みを浮かべる錬金術師エウリュディケ。
そして影のように存在感を消す斥候シルバ。
彼らは街の象徴であり、凡人からすれば雲の上の存在だった。
バルドル「起きろおっさん!」
金吾「ふがっ」
荒っぽく揺さぶられ、金吾は目を覚ます。寝起きの不快感に眉をひそめながら、状況を理解できずに口を開いた。
金吾「あ、はあ、あ? だ、だれ?」
ミリア「あら、私達のことをしらないってことは、やはり転移者なのかしら?」
エウリュディケ「ほーら、わたしの言った通り!」
バルドル「ふん、賭けはお前の勝ちだな」
金吾は混乱したまま、周囲を見渡す。
布団も部屋もない。パソコンもスマホもない。薄い部屋着では肌寒さにすら感じてしまった。
金吾「……えっ? ここどこだよ!! 寒い!! 布団がない!! 部屋もない!! パソコンは? スマホは? 俺の家は? えっ? えっ? えっ?」
バルドル「うるせえなあ、あんたは転移者だろ? 事情はなんだっけ、神様が教えてくれるんじゃないのか? 師匠はそう言ってたぞ?」
金吾「て、転移者ってなんだよ? いや、は? あんた誰だよ!! 俺の家になんで、まあ家なんてないわけだけど、え? どういうこと? なんで家がないんだ? え?」
逆に問い詰められて、バルドルは眉をひそめる。
バルドル「……本当に転移者なのか? 出身地は?」
金吾「神奈川だけど」
バルドル「どこだよ! 国は?」
金吾「日本」
エウリュディケ「ほら!! やっぱり転移者じゃないですかい!! ニホンラントは転生者のおはこですよ!!」
バルドル「ちっ」
エウリュディケは子供のようにはしゃいで、バルドルの前を走り回る。
エウリュディケ「おっかね! おっかね!!」
バルドル「うるせえよ! 帰ったら渡すよ!!」
やり取りの中で金吾はようやく冷静さを取り戻し、問いかける。
金吾「ここは、どこなんですか?」
金吾はバルドルに対して質問する。
バルドル「ここはアルカンディア王国の自由都市アウレリア、魔獣を狩って成り上がった者たちの、冒険者の街だ! そしてお前は異界から来た、転移者、なんだろ? 俺の金を奪いやがって」
金吾「奪ってないけど、あんたが勝手に賭けてたんだろ!! 口ぶりから察するに!!」
エウリュディケはぷっ、と笑ってバルドルを嘲笑った。
金吾は冷静に、説明を理解しようとする。
金吾「つまり、ここは異世界……俺は転移してきたってことか? 異世界転移!? うおおおおおおおおお?????? ……チートは?」
バルドル「チートってなんだよ」
ミリア「ギフテッドのことじゃないかしら? 異界人には多いものね。」
金吾「そうそれ! 俺にもすげーチートがあるはず!! 固有◯界! 領域◯開! 後は後は……とにかくすげーやつ! うおおおおおおおおお燃えてきたぜ!! ステータスオープン!!」
――しかし何も起こらなかった。
エウリュディケ「ステータスは魔石がないと確認できませんよ?」
金吾「なるほどね、はあくした」
バルドル「じゃあ、用もすんだんで俺達はこれで……」
そそくさと去ろうとしたSSランクパーティ一行に金吾はしがみついた。
金吾「お願いします!! どこに行ってどうすればいいか教えて!! あとこの憐れな物乞いに一枚の銀貨をおわけくださいいいいいいい!!!」
バルドルの足にすがって懇願する金吾は御年三十歳になる。あまりにも憐れな光景に一同は言葉を失った。
バルドル「離せコラ!! この異世界やろう!!」
金吾「僕は(お金を)渡すまで離すのをやめない!!」
バルドルは舌打ちをすると、小袋をそのまま金吾に投げつけた。
金吾はすかさず袋を取ると、そのなかの銀貨を数えた。
金吾「へっへっへ、ありがとうございやす旦那!! へへへ」
バルドル「お前、プライドはないのか?」
金吾「プライド? ふふ、ごく短い時の流れでしか生きない人間の考え方だな。あと味の良くないものを残すとか人生に悔いを残さないだとか、便所のネズミのクソにも匹敵するそのくだらない物の考えよ!! この金吾にはそれはない、あるのはシンプルなたったひとつの思想だけだ。たったひとつ! 働かずにメシを食う! それだけよ!! それだけが満足感よ!!!」
エウリュディケ「うわぁ…」
土埃をはらう動作をしたあと、金吾は膝をついて土下座をした。
金吾「この先どうすればいいか、教えて下さい!!」
一同ドン引きであった。
シルバ「……冒険者ギルドにいけ、そこで登録すれば、お前も冒険者だ」
金吾「どこに! あるんですか!!」
シルバ「……ついてこい、我々もそこにいく」
金吾「ありゃりゃしゃーす!!」
パーティメンバーは驚いていた。仲間内でもあまり喋らないシルバが、初対面の、しかもこんなやつに親切にするなんて、と。
ギルドへ向かう道中、金吾は英雄たちと並んで歩きながら、名前や冒険者の仕組みを聞き出した。
巨漢の戦士バルドルは豪快に笑い、魔女ミリアは皮肉を交えながらも丁寧に答え、錬金術師エウリュディケは子供のように騒ぎ立て、斥候シルバは寡黙ながら要点だけを教えてくれる。
不思議なことに、ほんの短い時間で金吾は彼らと悪くない関係を築いていた。異世界に来たばかりの、金吾自信自覚しきっていなかった不安を、彼らの存在が一時的に和らげてくれていた。
――だが、それも束の間だった。
冒険者ギルドの巨大な建物が視界に入った瞬間、現実が金吾の胸に重くのしかかる。
石造りの堂々たる外観。門前には依頼を待つ冒険者たちが列をなし、武具の音や怒号が響いている。
その喧騒の中で、SSランク冒険者たちは別の入口へと案内されていった。専用の応接室が用意されているらしく、彼らは当然のようにそちらへ消えていく。
それぞれが軽く手をふって、金吾の門出を祝福する。金吾もそれに答えて、力弱く手をふった。
しかし金吾はギルドの門戸の前で立ち尽くしていた。
自分はまだ「一般冒険者」としてすら扱われない。いや、それ以下の存在。
さっきまで肩を並べて歩いていたはずなのに、待遇の差は歴然だった。
胸の奥に冷たいものが広がる。浮かれていた気分は一瞬で霧散し、現実の重さだけが残る。
自分はただの凡人。ニートのおっさん。異世界に来たからといって、急に英雄になれるわけではない。チートだってあるかもわからない、明日を迎えられるのかも定かではない、そんな現実を一瞬で叩きつけられたような気分だった。
金吾「本当に異世界なんだ……俺、やっていけるのかな……」
声に出した途端、言葉の重みが自分自身をさらに追い詰める。
不安、孤独、そしてほんの少しの期待。
そのすべてを抱えながら、金吾は震える手でギルドの重い扉を叩いた。
――これが、おじさんニート久世金吾の異世界生活初日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます