第2話 ボーイッシュ

 このおれが、魔術日本に落とされたのは偶然じゃない。

 やり直せってことだ。


 正直おれはモブだったよ。

 負けたらヤバいとか、そんなことばかり心配してた。

 ネガチブ思考ってやつ。

 引きもれるものなら引き籠もりたかったけどな、実家も崩壊。

 だからまあ、無料の独身寮とか引かれて仕事してたんだけどな。

 ヤル気がないスライムとモブを足したようなもんだった。


 めることばっか考えてたよ。

 

 なんのことだかわからない?

 まあ、そうだろうな。


 とにかくそれは、リス園で一匹のエゾリスが産まれたことからはじまったんだ。


 町田リス園、知ってる?

 その町田から遠くもなく近くもなく、微妙にダサい横浜線につながれて、町田と八王子はリンクしていたのだ。

 赤い糸で結ばれたみたいに。

 おれは八王子。リスは町田。

 そのリスが、あの小さなからだでわざわざおれに会いに来た。

 これが偶然と言えるか?

 町田を出るとその終点は八王子なんだぞ。

 わかる?

 わかんね?


 ————とにかくそれがすべての、ことの始まりだったんだ。


            *

 

 なんだかペットショップでご対面、みたいな話になっちまったが、

 初めから語ります。


 むろんその夜、そのとき、おれは町田リス園のあわれな宇宙支配者リスのことなんか知らず、アホみたいに、おれはただひとつのことをムチャ憤慨ふんがいしてたんだ。

 激オコしてた。


 その原因は、かすみさん。

 もう、かすみおじょう様、といってもいい。

 ボーイッシュ。スタイリッシュ。超カワユイ。おまけに出てるとこはすべて出ていて、しかも微妙な曲線を描いている。

 しかも、しかも、おれと同じナース見習い。

 あっちはピンクのパンツスーツ。おれは淡いブルー。

(ところがおれはダメなやつ! 尻ごみ、嫌われたらどうしよ。やはり遠くから見てるだけにして。へたに近づいたら、気がある、お局様つぼねさまのパワハラにおびえなきゃなんねえから、言い出せなくて、ただ遠くからチラ見してるだけ)

 おれっていつもそうだった。

 自信がないんだよね、自分に。


 もちろん、おれの過失で姉貴を亡くしちまったこともある。双子だったしな、あきらかにおれの迂闊うかつさというか、だらしなさが原因だったわけで、止めようと思えば止められたのに、見過ごしてしまって、実の姉をおれは失ってる。

 十七のときだったよ。


(でもそんなの読者には関係ねえだろうし)

 ヘタレはもともとだったわけだしな。。。


 まあ、こういうシミジミ系はひとまず置いといて、

 まずは冷静になります。

 とにかくおれが魔術日本に参戦するにあたって(別の女性的存在・・・・・)、かすみさんが重要なポストガールだった。


 それが言いたいだけなんだから。


            *

 

 そう、いまから考えてみれば、確かに彼女は「入り口」だったんだよ。

 あらゆる意味でね。 

 

 岩井かすみ。

 彼女のフルネーム。

 年齢は同じ十九歳。


 彼女も、中学出てから五年制の看護学校に入って新しくここに配属されてきた。

 で、同じ看護学校ではなかったけど、そういう縁で少しずつ話すようになったわけ。向こうから話しかけてきてくれたんだけどね。おれはいつだって口籠ごもっちゃうから、「あああ、あ、どうも」とか意味不いみふなことニョゴニョゴしただけ。実は心臓パクパク。血圧急上昇だったんだけどさ。

「普通科高校飛ばして五年の学校生活どうだった?」、とかね。

 言われちゃったわけ。


 初めはさりげなく。

 おれはもうドキドキで、あんま何くっちゃべったか覚えてない。

 とにかく彼女はすごい快活で、

 なーんか全然フランクで、

「よろしくねー」とか言われておれは舞い上がった。


 それからちょっと、機会あると立ち話っぽいことするようになったわけ。ひとこと二言ふたことだけどね。

 それでもおれはもう天国さ。

 独身寮に戻って自分の時間。ゲームとカップラーメンばっかのいこいのひとときだったけどさ、死にゲーやりながらスマイルしちゃって、「ああ、いくらでも殺してください」全然一発でやられても気にならないわけさ。


(うーん、これが恋の力だろうか。。。)

 そんなこと考えちゃったりしてね。

 

 彼女、笑うと八重歯が真っ白でさ。

 おれは百七十五くらいあって背だけはまあまあなんだけど、百六十三とかいってたなあ。

 髪は短めのボブ。

 首筋のちょっと上ぐらいで髪が揺れてる。

 あの感じ。


 わかる?


(やっぱ、現実ですよ、現実)

(脳内pixivもう卒業)

(二次元より三次元確定)

 そんな気分で、ほんとにこの八王山奥の病院に来てよかったって、初めて思ったよ。超ラッキーってな。


 小柄だけど抜群にスタイル良くて、

 出るとこは出てて、

 ほんとおれの「好みタイプ」っていうか……。

 これも厨二病?とか思っていたけど、

 そうではなくて、

 なんつーかおれが感じる女子らしさというか、

 女の子らしさというものは、

 歳など関係なく、

 恥ずかしいけどあえていえば、

「首筋から背中をゆるっと滑らかにくだっていく」

 あの細首うなじビーナスラインにあるので、

 それがかずみさんには完璧かんぺきそなわっていたのだ。


 おれの美的感覚、わかります?

 ほんとマイ・ビーナス。


 ところが、とろころがだ。

 おれの悪いクセで、脳内恋愛は順調にしているのに、現実にはただ、だらだらとした毎日がつづいていったんだ。

 告ればいいのに、そんなこと滅相めっそうもなくて、

 中学のときの奥手(おくて》の初恋が悲惨なことになっていた関係で、おれはどうしても踏み切れなかった。

 恋したい、恋したい、恋したい。。。

 

 なのにだ!


 いきなり院内異動いどうだぜ。

 配置替え。


 ありえないだろ!


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