芥神遊奇譚

くろゐつむぎ

第1話

「お母さん、あのおにいさん達、なんで晴れてるのに傘持ってるの?」


 母親に手を引かれて街を歩く少女が、ふと視界に入った男女四人組を指さした。


 学ランとスーツを足して二で割ったような制服。


 黒の帽子に黒のマント、そして、黒の革靴。


 まるで昭和の時代からやってきたかのような、典型的な弊衣破帽へいいはぼうといった出で立ちだった。


 そんな、全身を黒一色で統一した制服に身を包んでいるからか、彼らが腰や背に差した唐傘の赤がやたらと映えた。


「おうちみっ子。ワシらのこの傘が気になるか!」


 少女の口にした疑問は、彼らの耳にしっかりと届いていたらしい。


 一団の中でひときわ上背の高い男性が、背中に差した傘を抜きはらい、少女に見せびらかすように掲げながら歩み寄ってくる。


「雨でもないっちゅうのに、なんでワシらが傘を持っとるか。それはな……」


 手にした傘を、頭上で自在に振り回す。


 まるで体の一部であるかのように動き回る傘に、少女も、母親も、視線を釘付けにされた。


 青年が少女の目の前にたどり着き、前に進む足が止まるまで、動くことすら忘れさせられた。


 少女を見下ろす彼の顔が、不敵な笑みを浮かべる。


 空に向けた傘が、ばっと音を立てて開かれた。


「ずばり、カッコええからじゃ!」


 右手を横に水平に引き、開かれた傘を真上に掲げる。


 その反対、左手は少女の眼前に向けるように大きく前にかざす。


 だん! と大きな足音を立てながら左足を前に踏み出す。


 まるで歌舞伎の見得のような、荒々しくも力強いポーズをきめた青年と、少女の目が合った。


「どうじゃ、カッコええじゃろ!」


「あんまり」


 返ってきたのは、あまりに淡白な否定だった。


「……カッコええじゃろ!?」


「あんまり」


 遠慮もお世辞もまるでない、無慈悲な感想だった。


「………………カッコ、ええじゃろ……?」


「あんまり」


 青年の語尾が、徐々に弱まっていく。


 少女の口にする四文字があまりにショックだったのか、自信たっぷりな表情を浮かべていた青年の顔が曇る。


 一向に変わらない少女の意見に、体が震え始める。


 そして、それから、彼は吹っ切れた。


「ええかちみっ子ぉ! 今からこのワシがぁ! 芥神遊劇団の制服であるこの服のカッコよさをみっちり教えたる! 心してぇぇぇぇぇ――」


「その辺にしとけ伊吹、おめーの話はうるせえし長えんだよ」


「注目集めすぎ。邪魔になるからやめろ」


「待てやお前らぁぁぁぁぁ」


 怒声をあげるのとほぼ同時に、青年――伊吹は一緒にいた仲間に両脇をがっしりと掴まれ、ずるずると引きずられて退散していく。


「うちの馬鹿が、大変失礼いたしました!」


「い、いえ、こちらこそうちの子がすみません」


 そんな彼と入れ替わるように前に出た、同じ格好をした女性が勢いよく頭を下げる。


 そんな彼女に気圧されながらも、少女の母親は彼女と同じように謝罪する。


 それから彼女は少女の母親と二、三言葉を交わした後、少女の前にかがみこんで目線の高さを合わせた。


「お嬢ちゃんもごめんね? いきなり変なおじさんにおっきな声出されて、怖かったでしょ?」


「ううん、全然?」


 笑顔で接する女性に、少女はまたもやあっさりと返事をした。


 気を遣わせてしまっているのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。少女のきょとんとした表情から、負の感情らしいものが一切感じられなかった。


「だって、あのおにいさんが怒ってたの、おしばいでしょ?」


 少女のその言葉に、学徒帽の一団がそろってぴくりと反応した。


「おねえさん、さっきおにいさんが言ってた、……なにげきだん? ってなあに?」


 そんな彼らの反応に気付かないまま、少女は女性に純粋な質問をぶつける。


 所属する団体名をちゃんと聞き取れていないらしく、口にした名前はあやふやだったが、言いたいことは理解できた。


芥神遊劇団あくたしんゆうげきだんね。ものすごく簡単に言うと、街の人達の平和を守るために活動をしている」


「おまわりさんみたいな?」


「そう、おまわりさんみたいな」


 女性はにっこりと微笑みを浮かべて、少女のなんとなくな認識を肯定する。


 治安維持のための組織、そういう意味では警察と似通った性質を持つため、少女の認識はあながち間違ってはいない。


 だから、わざわざ否定する必要もない。


 それから二、三言葉を交わして、大きく手を振って別れを告げる少女に、劇団員の女性も控えめに手を振り返す。


 街の雑踏に親子の姿が消えたのを見届けてから、彼女は仲間の元へと戻っていった。


「あんたさ、ほんと何やってんの?」


 戻って早々、彼女は未だ両脇を抱えられ身動きを封じられたままの伊吹に向けて、じっとりとした視線で睨みつけた。


「ワシらのカッコよさを伝えようとした」


「だからって、あんな目立つ真似する必要なかったでしょ?」


「ワシらがここにいるってのが分かってたら、悪事働こうとする輩のけん制にもなるじゃろ?」


「恥ずかしいからやめろって言ってんのよ」


「園原、騒ぐと周りに迷惑がかかる」


「そうそう、伊吹がこんな感じなのは今に始まったことじゃねえだろ?」


「それはそうだけどさ……」


 伊吹の両脇を抱えていた二人の仲間が、ヒートアップしかけている園原をなだめる。


 それを受けて、園原はため息ひとつ吐き出した。


「それはそれとして、だ」


 それから、仲間の一人がにやりと笑う。


「バレてたな、演技だってこと」


「あっさり見破られてやんの。しかも、あんな小さな子に」


「じゃかましいわ。ワシのあれが演技じゃと分からんかったら、あのちみっ子マジで泣いてまうやろ」


 両脇を抱えられながら、小馬鹿にするような言葉を両の耳から同時に入れられて、伊吹がじろりと睨みつける。


 それに怯むこともなく、彼の仲間は面白そうに煽るのをやめない。


「お、つまりあれか、俺はわざと下手な演技してましたー、って言い訳か」


「……だっさ」


「おうコラ上等じゃ、今度の模擬戦覚悟せえや。二人まとめてシバいたる」


「はいはい、覚悟はいいから、巡回戻るよ」


 柏手を打って、今度は園原が三人に制止をかけた。


 彼女の制止の声に、三人はおのおの返事をして、伊吹を解放する。


 そうして雑談を交えながら、四人はまたどこかへと歩き出した。


 治安維持組織、芥神遊劇団。


 園原は警察のようなものと軽く説明したが、一つだけ、明確に警察と違う点がある。


 彼らが相手取るのは、人間だけではない。

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芥神遊奇譚 くろゐつむぎ @kuroi_tsumugi

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