異世界エレベーターの女神様

ムラショウ

第1話 エレベーターの女神様

 「下へ参ります」


 白い扉が閉まり、長方体の乗り物が静かに下に降りていく。乗り物の中には女神である私と人間の男性の二人だけだ。

 この乗り物は、異世界転生者・転移者・召喚者と呼ばれる人間達を、安心安全に目的の世界へと送るための転送機エレベーターだ。

 昨今、地球の主に日本と呼ばれる場所では異世界転生ものの小説や漫画、アニメなどの人気があるらしいが、勘違いして欲しくないことが一つだけある…そう易々と異世界に行くことが出来ると思うなということだ。

 まず、その理由を語る前に世界は三つの界に分かれていることを知っておいて欲しい。


 人間を含む動植物など肉体を持つ者の住む物質界(コーポリアル界)


 霊体や精霊など精神体の住む霊界(アストモフェリア界)


 物質界と霊界から隔絶された神々の住む神界(エーテリア界)


 これら三つの界を合わせて「世界」と呼ばれている。

 ただし、神界はただ一つだけであるが、霊界と物質界は神界を核にし、霊界と物質界が雲丹や栗の棘のような構造になっており、それぞれを管理する神々とセットで無数に存在している。


 通常、肉体が滅びれば魂は物質界から霊界に送られ、そこで生前の行いなどによって同一世界での転生か霊界の住人として迎えられるかなどの処遇が決まるのだが、神界へ行くには霊界で長い年月を過ごし神性を得ることが必要不可欠なうえ、更に神々の許可が無ければ絶対に不可能となっている。

 何故神性が必要不可欠であるかだが、それは私が今乗っている転送機エレベーターが大きく関わってくる。


 神界と霊界の間には神々や神性を持つ者しか通ることの出来ない広大な空間…そこはそれこそ宇宙の端から端程の広さがあり、もし資格の無い者がそこを通ったならば、未来永劫、魂が引き裂かれ続ける想像を絶する痛みに苛まれ続け、輪廻転生の輪からも外れてしまい二度と生まれ変わることが出来ないという、まさに絶望永久コンボを食らう羽目になる…まあ、分かりやすく言えば、聖闘◯星矢の神々の通り道のようなものを想像して貰ったら良いだろう。


 この転送機エレベーターは、神性を持たない者達をノーリスクでその空間の中を移動させることの出来る、数多いる神々の中で私だけが持つ唯一無二の特殊能力だ。ただし、その代償として他の能力がほとんど使えなくなっているのが玉に瑕だ…。


 転生などの儀式は私がこの職務に就く遥かに前から行われていたのだが、それは超越者である神々であっても容易ではなかった…神性を持たぬ者を安全に移動させることが非常に困難だったのだ。


 まず、物質界から霊界と神界へ渡るには一度肉体を棄てなければならない。物体は霊界と神界へは渡れず、さらには別の世界に渡る際、物質界へ降りる段階で元居た世界とはことわりの違うその世界に適した肉体へと作り直す必要があるからだ。

 そしてもう一つ、別世界への移動を困難たらしめる一番の要因は、人間の肉体及び魂の器の強度だ…人間のみならず神々ですら器の強度に個人差があるのだが、神々に比べ人間は身体も魂もあまりに脆弱過ぎるのだ。


 人間が神々から授けられるものの数は決まっている。新しい肉体、移動先の世界の人類より優れたステータス、与えられた使命に役立つスキルの三つのみだ。これ以上は心身共に耐えられない者が出ることがあるため、今では三つ以上の恩恵は禁止されている。

 それらの恩恵を授けた後、神が自身の管理する世界へと連れて行っていたのが以前までのシステムだったのだが、これが非常に問題だった…先述した通り人間だけでなく神々にも個人差があり、力が弱い神では人間を安全に異なる世界へ運ぶことが出来なかったのだ。

 恩恵を授ける行為は神であろうと疲弊する…その状況で、本来通る事の出来ない肉体を持つ存在を守りながら神々の通り道や霊界を抜けて物質界へ送らねばならなかったため、事故が多発したのだ。


 神は恩恵や天罰など飴と鞭を用い、その世界が繁栄するよう管理しているが、人々が信仰という形で崇めることで神はその力を保てる。共に無くてはならない関係だ。

 例え事故とはいえ、その人間を輪廻転生の輪から外させ未来永劫に魂を引き裂かれる苦痛を味わわせ続けてしまう…これが問題にならないはずがない。

 この問題に直面し、神々は頭を抱えた…自身の管理する世界のために異世界人の知識や経験が必要な状況になった際、事故が起きて連れて行けませんでしたでは困るからだ。


 神々は問題解決のため案を出し合ったが、我の強い神ばかりでは話にならずしばらく平行線が続き、無駄な時間を浪費していた。そこで、当時大した仕事もしていなかった私が面倒臭さとその場の思い付きで提案した転送機エレベーターが採用され、提案者である私は力の大半を失なう代わりにあらゆる我儘を許される特権を得て今ににいたるというわけだ…まあ、長々と説明したが、今は私のおかげでつつがなく世界間の移動が出来るようになったという訳だ。要するに私は偉い。それはもう宇宙よりデカくて偉い。


 「…ん。お…ぇさん!お姉さん!!」


 「はい何でしょう?」


 おっといけない…第四の壁を破壊して世界観説明をしている場合ではなかった。

 私が我に返り声のした方を振り返ると、今回召喚されたいかにもチャラい男が不機嫌そうな視線を向けていた。


 「いつまで乗ってりゃ良いんすか?」


 「あと10分程になります」


 「は?遅くね?」


 「嫌なら降りますか?死んで二度と転生することも叶わなくなり、永遠に魂を引き裂かれる激痛に悶え苦しむことになりますよ?それはもう24時間365日年中無休でございます」


「えっ…マジすか?」


「はい。なので私がお送りしているのです」


 チャラ男は物騒な内容を淡々と答えた私に若干引いたのか、それ以上何も言わずに大人しくなった…と思いきや、沈黙に耐えられないのかすぐにソワソワとしだした。


「何か?」


 キョロキョロとしている気配が若干ウザかったため仕方なくチャラ男に問いかける。


「えっと…お姉さんなんか無口じゃね?」


「話をしたところで意味はありませんし、ただ疲れるだけですから」


「気が紛れんじゃん?」


「申し訳ありません、言い方が悪かったようです」


 私の答えにチャラ男が首を傾げている…言葉足らずだったようだ。


「どういう意味すか?」


「ここでどんなに長く言葉を交わしたところで、降りた瞬間に全てを忘れてしまうからです…この転送機エレベーターのことも、私のことも。

 ですから、話をして意味がありませんし、労力の無駄なのです」


 「憶えて貰えないって、それって寂しくないんすか?」


 「お気遣いいただきありがとうございます。

 慣れておりますので問題ございません」


 「何で記憶消すんすか?」


 「防犯のためです…神と言っても善神だけではありませんし、魔族や龍族など神に匹敵する力を持つものがいる世界もあります。

  あなた方がここで得た情報をそのような存在に悪用される可能性も無いとは言い切れないため、ここでの記憶を消去させていただいております」


「そっすか…てか、お姉さんよく見るとメチャ美人すね?スタイルも良いしモテるんじゃないすか?」


 チャラ男は真面目な話がつまらなかったのか「デュフフ」と気持ち悪い笑いが聞こえそうな上擦った声で話を逸らす…私から問いかけたことで調子に乗ったようだ。

 背後から身体を舐め回すような下卑た視線を感じる…主に私のSiriもとい尻に。


 ーー金取るぞ下郎。


「私も神の端くれですので…ただ、私の見た目は見目麗しい神々の中でも平均的だと思われます」


「うはwめっちゃアガるw」


 何がアガると言うのだろうか…神は人間を愛してはいるが、それは子に対する愛情のようなものであり、特定の人物に惚れる事など有り得ないし、あってはならない。

 私をはじめ、神々にはそれぞれに役目があるため、特定の人物に執心してしまえば役目が疎かになってしまうし、それを他者に知られてしまえば不平不満の種ともなるからだ。

 神という存在は我が強く自由な者が多い反面、こと掟に関しては厳格だ。病的なまでに神経質と言っても良い。


 世界毎に緩かったり厳しかったりと掟は色々とあるが、神々は自身が定めた掟は遵守を徹底するし、破った者には厳正な処罰を下す…仮に自身が破ってしまった場合は、他者に対するものより厳しい処罰を受ける。それが神として、管理者としての責任だ。


 数多ある神々の中には愛を司り人を誘惑する者や肉体関係を持つ者もいるが、それはその神にとっての役目の一つであるからであって、個人に対する特別な感情などは抱かない…それが掟であり、そう自身を戒めているからだ。

 そして、チャラ男にとっては非常に残念なことに、今向かっている世界にはそのような神はいない…せいぜい自分に見合った女性を見つけてせっせと子作りにでも励むと良い。


 「いやぁ、ホントお姉さん美人すよねぇ…」


 「ありがとうございます」


 相変わらず下卑た視線を向けてくるチャラ男に対して適当に返事をしていると、臀部のあたりに何やら気配を感じた。

 これはあれだ…私の高貴な尻を触ろうと手を伸ばしている気配だ。

 チャラ男はバレていないと思っているらしく、ゆっくりと手を伸ばしている…残念だったなチャラ男、私のSiriいや尻は安くないんだ。


 「では良き旅を」


 「へっ…!?」


 「ボッシュートでございます」


 私が扉の横にあるスイッチを押し、それと同時に床が抜け、間抜けな声を上げてチャラ男が落下を始める。


 「世界ふ◯ぎ発見じゃねーかぁぁぁぁぁぁっ…!?」


 「チャラッチャラッチャーンでございます」


 チャラ男の叫び声が聞こえなくなり、床が閉じる。


 「改めまして、良き旅を…まあ、ゴブリンの巣ですし大丈夫でしょう」


 私はチャラ男が落ちた床を眺めながら小さく微笑んだが、すぐにパネルを操作して神界のボタンを押す。


 「上へ参ります」


転送機エレベーターが再び動き出し、神界に向けて上昇し始めた。

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