第2話 荒れ地
____「メイヴン将軍、戻られたかッ」
少女が、魔女を連れ添い、王宮へと戻れば…同僚らが出迎えてくれた。
城壁は崩れ、道は破れ、草地となっている。
それでも、王国将兵のみ、士気は篝火の様に高く、かつ南方王国との再戦に向けて鍛錬を怠ってはいない。
「なんと…ガラ様」
…口をつーんと尖らせつつ、深くフードを被った魔女を見れば、皆。当然、複雑そうな表情になり、黙った。
「……今日は、ガラ様と共に、宮殿周辺を歩こうかなぁと」
「貴殿らは、変わらず、陛下の側に居られよ、最近は野盗が多うて敵わんからな」
メイヴンは、笑顔のまま、そう冷静に命じつつ、魔女の手を取り、歩き出す。
「ガラ様、あの者たちと、喋らなくて良かったのですか?」
「……」
「貴方の、弟子でしょう?」
そう、メイヴンは、魔女に……己の師に、問うた。その口調は、自分すらも捨てた魔女を、多少憎んでいる様に思われる。
「…皆、優秀だな、生き抜いて、変わらず王に忠誠を誓って__」
「先生」
そう、メイヴンは、寂しそうな表情になり、遮りつつ
「マディソンにジャック、リース…そして、我が副官アンナ」
「忘れられたか?」
そう、睨んだ。
魔女は…黒髪の、女は、名を聞き、少し苦い顔をした。
「忘れてなど、いないさ……」
そして、寂れ、城壁は破壊され、畑は荒らされ、そこら中に野犬が蔓延る王都を眺める。
人が少なくなったお陰で、小鳥達の囀りが、よく聞こえる。
「…私は、きっと、屑なんだ」
「君達を、愛していた」
「魔法の飲み込みが早く、教え甲斐があって、生意気で……」
「人間など、我ら魔女…魔族からすれば、虫程度の存在であったはずなのに…きっと、絆されたのだろうよ」
目を瞑り、魔女は、呪文を唱える。
魔女が唱えるだけ、メイヴンは、嬉しさと、怒りが混ざった様な顔になり
「…先生、アンタはッ」
「そうさ、だから、屑なんだ」
「教え子達の命より、私に、席を与えて下さった、陛下の安全より……魔法の探求を、優先した」
「して、しまったんだ」
いつの間にか、二人は、壊れかけた長椅子に、ゆったりと、腰を降ろしていた。
長椅子の周囲には、『発光』の魔法により作られた、街灯があり、本来ならば…五十万人が行き交う王都の道を、照らしていたのだろう。
……遂に、向き合うときが来た。
己の罪と、夢を優先した対価を、支払う時である。
故に、魔女は恐る恐る、尋ねる。
「メイヴン…死んだ、我が弟子達の最期を、聞かせて欲しい」
それは、恐ろしい言葉であった。
魔女が今まで作り、そして唱えてきた、どんな魔法よりも、強く、そして痛かった。
「…マディソンとリースは、最期は分からない、ただ、胴体のみが見つかった」
ソレに、少女は、淡々と答えてゆく。
「ジャックは陛下を守る為に、アンタが教えた禁術を使い、塵になって消えたよ」
それに、死んだ様な、光の灯らぬ瞳のまま、魔女は、目を丸くする。
「坊やが…ジャックが、『復活』の魔法を?」
復活の魔法。それは、己の魔力が尽きるまで、肉体と、魂の再生を繰り返す、禁術である。
夜明けの魔女、ガラでさえも完全には操れない。
「成長…したのだね」
「だろ、あの脳筋ゴリラがなぁ…本当に、アイツは努力家だったよなぁ」
ふと、少女の口調が、昔の頃に、戻っている。
「…あっははは…ふふ、本当に」
「いつか、ガラ先生を超えて、求婚してやる…とか言い回ってたよ」
「……まったく、変わらんなぁ、あの子は」
立場を忘れ、ただの、生徒と先生として、二人は、今、この瞬間だけは、自由なのだろう。
「…で、アンナの最期だ」
続けて、少女は、喋る。
「アイツも、魔女ガラの弟子に相応しい最期だった」
アンナは、メイヴンの副官であった。
その為、その最期を詳細に…毎夜毎夜、夢に、出てくるほどに、覚えている。
「私を逃がす為に、『操作』の魔法で、殿を務めた」
メイヴンは、すっ、と長椅子から立ち上がると、剣を抜き、劇団員のように、身振り手振りで、表現し始める。
「『メイヴン将軍、南の将兵らに、手品を披露しなければ』」
怒号と、悲鳴が飛び交う戦場の真っ只中、戯けつつ、馬から転げ落ちそうになりつつ、言ったそうな。
そして、アンナは馬首を反転させ、メインウェポンである、鎖鉄球を『浮遊』させ……敵雲の中へと、身を投げた。
時に『操作』を併用し、鎖で首を絞めて殺し、また…殴り殺した。
「あの手品師は、最後の、最期まで…己を曲げなかった」
「顔の皮が、半分抉り取られようと、両足が無くなろうと、アンタから…魔女様より下賜された、白手袋を、汚さなかったんだ」
「きっと、微弱な『操作』の魔法を流し続け、返り血や埃を払っていたんだろう」
「ふむ、ふむ…流石は、我が一番弟子…優秀優秀」
魔女は、心底満足そうに頷いた。
「…はぁ」
「今日は、空気が、美味しい」
続けて、言った。
諦めと、安堵が入り混じった様な、声音である。
「なるほど、なるほど…本当に、死んだんだね」
黒目を大きくしたまま、空に向かい、魔女は、言った。
「空気から、あの子達の匂いがしない」
呆然としたような、魂が抜けたような顔のまま、言った。
だが、泣かぬ。泣けば、不義になってしまう。
「話を聞けて、良かった」
「だがね、悔いはないよ…メイヴン」
「私は魔女であり、魔法の探求が、最優先だったのだから」
せめて、教え子達が、そうした様に、貫かねば。
殺されるべき、国を売った魔女として。血も、涙も無い、冷血の魔女として。
「教え子らが、彼らが死んだから…王国が滅びたからと言って、何だと言うのだね」
「本当に、くだらない」
その言葉は、覚悟の表れであった。
少女も、ソレを深く理解し…故に、そのまま剣を、師へと向ける。
夜明けの魔女の最期は、近付いている。
その日、世界に魔法が溢れた ミドリヤマ @midoriyama2006
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