ロトヘブン

頻子

七福神

 俺の人生には時折船に乗った七福神が現れる。そして俺を省みることはなく過ぎ去ってゆくのだ。


「お前、あんまりテッポウ弄んじゃねぇよ」

「すんません」

 俺は腰に下げたハンドガン……ではない、ネットランチャーを触るのをやめた。おっさんはうんうんとうなずいて、先輩ぶってみせたが、警備員の歴は俺とたいして変わらない。

「あぶねえからな。はずみでズドンっていっちゃあよ」

「間違っていくもんじゃないでしょ固いし」

「わっかんねえぞ。けっつまづいてはずみで、どん、ってな。高ぇんだぞ。ふざけたバイトがぽーんて発射して、5万がパアよ。なあんてこともあったっけな、あっははっは」

 それから、おっさんは一つか二つ、性風俗を交えた下品なジョークを言った。俺がにこりとも笑わないのを見ると、やめる。不機嫌にはならない。

「そのテッポウ、そんなに気になるか?」

「いや、はい」

「まあ、わかるよ。男ってもんはさ。棒とか、傘とか、そういうのにテンション上がっちまうわな」

「あ違います」

 俺は早口で否定して、「しまったな」、と思った。ハイ、ハイ、言っておけばよかった。しかし、俺は、どうにも、感想を決めつけられるのがニガテで、ぜんぜん違うのに、「わかるよ」、と感情を四捨五入されるのがニガテだ。だいたいの場合、俺は1とか、2とか、3のほうだからだ。電話番号の音声案内みたいだ。

「ほら……チェーホフの銃って、あるじゃないですか」

「ああ? ……音楽の話か?」

「いや……ぜんぜん……」

「はあ。つまり、何? 何が言いたいの?」

「何でもないっす」

 手ごたえのない面接のようで、うっと息が詰まるが、このおっさんに、責めるような意図はない。ただただ、無遠慮なだけだった。

「あー。えっと、つまり、これがお芝居だったら……このネットランチャーには、なにか、役割がないといけないってことです。俺が、これを持ってる以上は。だって面白くないじゃないですか。何も起こらなかったら」

「ああ?」

「や、馬鹿みたいな考えだっていうのは分かってますけど。つい考えちゃって」

「大学行くやつはごちゃごちゃ考えるなあ。宝くじの抽選会場にゃあ、来ねえわなあ、銀行強盗は。……カノジョ、いるんだろ?」

 おっさんは勝手に共感して、勝手にウンウン頷いていた。

「お前だって、シフト増やして頑張って、なあ? 偉ぇよなあ。若いのによくやってるよ。カノジョ、病院行けてねえんだろ。支えてやんなきゃだ」

 違います・オブ・違いますだったが、これはもう、俺が悪い。次から、電話は詰め所じゃなくて外でするべきだった。

「ええと。あのひと……看護師なので」

「ナースさんかよ。じゃあ病院行けてねぇってのは?」

「シゴト休んじゃってるって意味です」

「ああ。なんだよ。働かなきゃなんねぇのは変わらねぇだろうが。なぁ?」

「まあ、はい」

 そのときだった。

 俺の目の前を、七福神が横切っていくのだった。

 正月の飾り物のような人形。安っぽいカメラにこびりついたみたいな残像。

 奇妙に刺身が乗る船みたいなつるっ・つるの船に浮いていた。恵比寿が、大げさすぎる笑顔を浮かべながら釣り竿を垂らしている。

 恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、布袋、福禄寿、寿老人。

 目を閉じる。

 実在しない。

 飛蚊症みたいに、ときおり、こうやって通り過ぎていった。ときどき、舞台セットの袖を。けたけたと笑いながら。

 俺の視線は右から左に動いて、船を追う。

 だからといって、現実の上では何もなかった。

 劇。なんかの劇。伝統的でも何でもないちょっとしらける、人殺しが二人目を手にかけたとき、そして、アラジンがランプを擦った時だったかな。あの時はアレンジが入っていて、クレカだった。七福神の幽霊は、金のあるところが好きだ。一件目は保険金殺人だった。

 こんなことは、俺の、妄想だって分かっている。

 でも、もしそうなら、……何か、起こるんじゃないか?

 そういう感覚がある。

 だから、俺は、ずっとネットランチャーが気になっていた。


 チェーホフの銃。

 ロシアの劇作家アントン・チェーホフが提唱した……言いだした、概念だ。

『誰も発砲することを考えもしないのであれば、弾を装填したライフルを舞台上に置いてはいけない』と、チェーホフより。アレクサンドル・セメノビッチ・ラザレフへ。

 銃について、ライフルとするバージョンがある。転じて、こうだ。

『もし第1章で、壁にライフルが掛けてあると述べたとする。ならば、第2章か第3章で、それは必ず発砲されなければならない。もし、それが発砲されることがないなら、そのライフルはそこに掛けられるべきではない』


「っと、はじまるな」

 俺とおっさんは、拍手の音と共に、会場を見つめる。

 東京宝くじホープ館。

 第635回、ロトヘブンの抽選がはじまろうとしている。


 何度か抽選会を見てきたけど、いつも、「ヘンな空間だなあ」、と思う。

 真面目くさった銀行員と、弁護士と、司会の人。そう。弁護士がいる。

 司会の人は、だいたい女の人。

 全員がスーツを着ていて、なんなら、企業説明会でもはじまりそうな雰囲気だ。

 けれども、背景にはまぶしく光るLUCKYの文字があって、星形のランプが、にこにこと点滅しているのである。

 なにより存在感を放っているのは、ロトヘブンを抽選するための機械だろう。

「電動攪拌式遠心力型抽せん機(愛称:福ロトくん)」が、でん、と、正面に鎮座している。

 全幅1m、高さ2.3m。大きいと言えば大きいが、怪獣のように巨大というほどでもない。

 てっぺんには、射幸心をあおるような謎のメーターがついていて、ぐわんぐわんと光っている。

 福ロトくんのほとんどのパーツは、透明なアクリルか何かでできていて、中を見通せるようになっている。それもまた、手作りを感じさせるというか……決してちゃちなわけではないが、絶妙に「庶民感」……みたいなものが……ある。

 おっさんがあくびした。

 俺たちは、警備といってもいるだけだ。

 ロープが渡してあるだけの、美術館にあるような柵は、単に、「ここから入らないでね」、くらいの意味しかない。おっさんの言う通り、ここに強盗が入ってきても、「で?」という感じであった。で? だから、なんだい?

 おそごかな気分にもなりようがないし、かといって、真顔で見るものでもない。

 七福神の影がゆっくりと部屋の隅にいき、再び空間を漂い始める。

 これはなんだ? 悲劇か、喜劇か? ミステリーか? SFか?

「銃、なんだっけ? あの」

「チェーホフの?」

「ああ。ハナシに登場する小物には意味があるんだろ?」

 おっさんはニヤッと笑った。意外と。人の話を聞いているようだ。

「それじゃあ、俺のくじも当たるんじゃないか? ってな」

 おっさんは、ポケットからくじを三枚、取り出す。

「買ってるんですか」

「ああ」

「当たりませんよね?」

「まあ。あの球に、あれにちょちょっと細工してよ、当ててえもんだな」

「無理でしょう」

「だろうな。実力で行くしかねぇわ。1等」

 ロトヘブンは、1から37までの数字を7つ選ぶ。それが7個、ぴったり揃うと一等賞だ。ちなみに、数字を6個当てるロトヘックスなら、数字は1から43から選ぶことになる。

 当たりの数字は、福ロトくんが吐き出したボールによって決まる。

「にしても、1等って、すごい確率でしょ?」

「10,295,472分の1だ」

「え?」

 おっさんが、あまりに唐突に、おそらく正確に、1のケタまですらすらというので驚いた。まあ、合っているかどうかは俺にはわからない。

「すごいすね」

「ざっくりいえば、東京の人間が1枚ずつ買ったら、当たるのは誰かひとりってとこかね。そんなん、まず当たらねえわな?」

 俺は、どっちかというと、その例えだと当たるような気がしてしまった。

 宝くじ、買ってないけど。

「じゃあなんで買うんですか、ロトヘブン」

「俺の人生だからだろ。誰かに10億当たるのと、俺に当たるのは違うだろ」

「そういうもんですか?」

「違えよ」

 18時45分になった。

 厳粛なのか、お祭りなのかわからない雰囲気の中、抽選がはじまろうとしている。

 わくわくするような空間ではあるけど、わくわくするのはこの場にいる人間ではない。

 この場は、他人のわくわくのためにある。

 恵比寿は笑っている。というか、人形のように表情はそれしかないのだ。ああ。

 当選金は当選者で分配される。二人同じ選択をしていたら、はんぶんこになる。カジノみたいに、この数字に当てたら倍、倍、倍で、胴元は大赤字、なーんてことはないわけだ。

 だから、ここには腕ききのディーラーはいない。公正にやればいいだけだ。あとは運命に身をゆだね、粛々と実行するだけだ。

 もう600回、それをやっている。

 宝くじの抽選結果について、不正だ、陰謀だ、なんだと言われることはあるけれど、この中に、利害関係者はいない。強いて言えば、おっさんはくじを買ってはいるが、意図して数字を当てるなんてできっこないわけだ。

「遅ぇな」

 抽選はなかなか始まらない。どうやら、撮影機材にトラブルがあるようだ。スタッフが、せわしなく働いている。お疲れ様です、と他人事のように思った。

 ここには不真面目さはないが、誰か、一個人の人生を決定的に左右してしまうような重さというのは感じられない。

 少し遅れて、抽選がはじまる。

「本日の立会人をご紹介いたします。全国自治宝くじ事務協議会の弁護士の横田美幸様、藤棚銀行の立花成都です。それでは準備いたします」

「おおっ、あの銀行員。浮かれて宝くじバッジつけてやがる」

「あれ、SDGsバッジですよ」

「は? 何?」

「なんでもないです」

 説明がめんどくさくなった。

 あのバッジの鮮やかなレインボーと同じように、ロトの抽選番号を示すボールには色がついている。赤、黄、橙、緑、青、紺、紫……。

 セット球と呼ばれるボールの組がある。組は、AからJまである。毎回、割り当てられたアルファベットから、ランダムに選んで使用することになっている。

 何色に何番が割り当てられているかは、セットによって違っている。

 これは、外部の立会人が選択することになっている。

 いままでの使用履歴を見て判断する人もいれば、直感で選ぶ立会人もいる。

 宝くじを好んで買う通は、このセットの確率も計算に入れるらしい。

 じゃらじゃらと、ボールの攪拌がなされる。ボール同士がこすれ合う轟音と、同時に、明るいBGMが主張し合って、にぎやかにうるさい。

 どうも、音楽もなくてはだめらしいのだ。轟音で、ほとんど聞こえないのに。

 かごで十分に混ぜられたあとに、ボールが下の土星の輪のようなパーツに入った。

 いくつかのゾーンがあり、段になっているから、さも下に行きそうな様子ではあるが、本数字の抽選には、一番上の段しか使われない。

 福ロトくんは、じゃんじゃんじゃん♪ と、効果音すらつけてボールを吐き出す。女性は、ボールを拾い上げて、番号を読み上げる。

 それを、立会人が手をあげ、了承する。

 ゼロナナ。七番だ。ラッキーセブン。

 ふうん?

 ラッキーセブンは別のかごに移される。

 一度使われたボールはその抽選ではもう使われない。

「おっ? 三等くらいは当たるかもな。へ、へ、へ」

「7月生まれですか?」

「まあな」

 俺はおっさんのくじを盗み見た。

「7月、21日生まれですか?」

「まあ、そうだ。そいつと、連番で買った」

 おっさんのパソコンとか、スマホのロックを解除するときに役に立つかもしれない。

 しかし、おっさんの生年月日という、くだらないものが頭の左から右に抜けていった。もう忘れた。

 二投目。同じく最上段から、ボールが排出される。

「高梨さん、くじに当たったら、何するんですか?」

「さあな。大学に入り直してみっか? これでも数学教えてたんだぜ、バイトで。中高生に。卒業はしてねぇけど」

「へえ」

「お前は、どうすんだよ?」

「俺、買ってませんよ」

「当たったらって話はくじ買ってなくてもできるだろ」

「ええ? ……NISAですかね……」

「あー」

 旅行したいな、と心の片隅で思っている。七福神がまた、ぺらぺらの船を往復させる。インドなのか、中国なのか、アジアなのか、世界観がまるでわからない。俺は好きじゃない。ベルギーがいい。居心地がよさそうだし、前に貰ったお土産のチョコレートが美味しかったから。

 海外旅行なんてしたことがないし、パスポートすら持っていやしない。

 別にそうはしないだろうな、と俺もおっさんも思っているはずだ。

「まー、当たるなら、10万円くらいがいいな。高額当選しても、大半は破産しちまうもんだよ」

「それ、わかってて買うんですか?」

「1000万円以上当たると、高額当選者がどうするかっていう冊子がもらえるらしい」

「冊子貰えたからってどうにかできるわけでもないでしょう」

「お」

 ぐだぐだしているあいだに、もう一つ、数字が選ばれている。聞き逃した。

「どうでした?」

「外れた。6だってよ」

 おっさんは別に期待もしていなかった調子で言った。

 そうだよな、と思った。

 宝くじは、外れるのがフツウだ。

 でも、俺は、この、誰かに見られているような感覚は、おっさんを見ているのかもしれないと思った。そろそろ年金生活に入りそうなおっさんの、人生の逆転劇、ないし転落劇を。

 それも違うらしい。

 恵比寿は笑っていた。

……これは、すべて気のせいなのだろうか?

 俺たちは単なる傍観者にすぎず、物語の主人公でもなんでもないのだろうか?

 チェーホフの銃なんてもんはない。

 全ての人生は、等しく無意味だ。

 そういうことなのだろうか?

「奇跡なんて、そう簡単には起こらないもんだな」

「ですね」

 宝くじを買ってすらいない俺は言った。

「ん? おお? なんか……」

「5番」

 司会の女性の声はまだ一定だ。……けれど……。

「4番」

「あれ」

 7、6、5。そして、4。数字は一つずつ、カウントダウンされている。

 デジタル時計の数字が、偶然に揃ったところを目撃するようなきもちだろうか?

 めずらしい虹を見たような気持ち。ふーん。たしかにレインボーで、鮮やかでもあった。

「あはは。えっと、あのこれって」

「1,585,080の1」

 おっさんは答えた。

 まるで見えざる手に操られているかのようだ。

 俺たちは今何を見ているんだ?

 百万いくらか分の一の、無意味な奇跡が目の前で易々と消費されている。

「3、番」

 俺とおっさんは、絶句する。3が出た。

 さすがに、会場もかすかにざわついている。

 そして、また次のボールが投げられる。

 がらがらがらがらとかき回され、ボールはやかましく取り出される。

「2番、2番だ!」

……。

 ついに、立会人が顔を見合わせて、手をあげるのが遅れた。

 あと、1が出れば……。

 きれいに、7からカウントダウンしたような数字になる。

「これって、おい。おいおいおい……なあ……」

「そうですよね?」

 だから?

 だから、なんだっていうんだ?

 全ては無意味だ。

 たとえボールの数字が1個ずつ階段になっていたところで、だから、いったいなんなんだ?

 横着して数字を決めた幸運な誰かが、ちょっとした大金を得るくらいじゃないか?

 けれども、今、奇跡が起きようとしている。

 ちっぽけな奇跡が。どうでもいい、確率の奇跡が。一生に一度もないだろう、ありえないことが起きようとしていた。

「こういう数字って」

「ない、今までに一度も」

 一個一個の数字は単なる数字にすぎない。

 しかし、それが並んだ時、人は勝手に法則性を見出す。

 7、6、5、4、3、2は、2、4、26、21、8よりも人為的で、意味ありげで、おかしくみえる。

(くだらない)

 でも、どうせなら揃ってしまえと、俺は願っている。

 1から37の数字のうちの1つ。

 いびつで、異質な組み合わせ。

 で? だから?

 揃っちまえよ。

 当たったところで俺たちの懐には1円も入ってはこないのに、俺は、思っている。

 きれいに数字が揃ってしまえばいい。

 ボールの回転が、惑星の公転であるかのようだった。隠された数字の神秘を暴き立てるように、まるで予言であるかのようにあった。零れ落ちる、俺たちは、その一言を待っている。

 ゴロゴロと、ボールが転がっている。靴の底から、鼓膜の奥に響き渡るような音がする。

 ひんやりとした視線を感じる。

 先ほどまでは単なる機械に見えていた福ロトくんが、異様な神秘をたたえて見えた。

 そこか?

 俺を見ている、いや、この場にいる、「誰か」はそこに、……福ロトくんの中に、いるのか?

 さっきから俺を見ている理由というのは「これ」なのか?

 だったら、揃ってしまえ。

 いっそ、揃ってしまえ。

……なら、揃ってくれ。

 揃えてくれ。

 俺は真剣に祈っていた。

 俺には、数字をどうこうすることはできない。

 勝手に割り当てられた人生だ。誰がどうすることもできないものだ。でも、なら、だったらせめて並べよ。並んで見せろよ。

 この場にいる人たちをぎょっとさせてくれ、ちょっと、世間を、脅かしてくれ。

 たまたま、数字の隣に数字がいて、珍しい並びになったくらいで、いちいち理由を説明する義理はないって言ってくれよ。

 ここまで来たんなら、「やっぱそう都合のいいことはないわな」って、せめて、お前だけは言うな。言わないでくれ。

 俺はゆっくりと祈った。

 恵比寿の表情は変わらない。だが、げたげたと笑うように笑みを深くすると、釣竿を狂喜乱舞と言いたげに振り回している。

 景気の良いBGMが、声を張り上げんばかりにボリュームを上げる。

 なぜか、世界がスローモーションに見える。

 助けてくれなくてもいい、神様。

 そこにいるんなら。

 俺の願いを聞いてくれたら。

 数字が揃ったら、俺は、一生、世界から無視されていないと信じる。

 だから、神様。どうか、返事をしてくれ。

…………。

 恵比寿が笑った。

 頷いた気がした。

 球はゆっくりと吐き出され、結果はきちんともたらされる。

……01。

 イチバン。

「そろ、った?」

「並んだ? え?」

――その時だった。

 パン、という景気の良い音とともに、奇跡を作り出した福ロトくんが小さく破裂した。

「え?」

 正確には後ろのランプがはじけとんでいた。

 もういちど、パン。

 こんどは、本体だ。

 福ロトくんがブブブブと震え出していた。

 次の瞬間、福ロトくんはバラバラに崩れ落ち、全ての球を床にこぼした。


「いやあ、珍しいもん、見たなあ」

 おっさんはにこにこと上機嫌に言った。

 警備服を着替え、俺は日常に戻る。

 腰につけたネットランチャーは、ついぞ発射されずじまいだった。

「はははは! 良い虹みたってもんだ。なあ?」

 機械が故障していたため信頼性に疑問が残る、かもしれない……ということで、結果は協議中である。

 けれども、もしもこの結果が正式に採用されたら、ちょっとした面白ニュースになるだろう。

 陰謀だの出来すぎだの確率を操作しているだの、宇宙人がどうとかオカルトをにぎわすことになるんだろう。

 でも、くつがえらない。

 結果は結果だ。受け容れてもらおう。

 撮影機材が壊れていたから、あの奇跡を目撃したのは少数の人間と、見ていたかもしれない誰かだけだ。

 数字が、あんなヘンなふうではなければ、なんてことはない、信じただろ?

 そういうモンだって思ったろ?

 たしかに福ロトくんはぶっ壊れたが、抽選を終えたあとだったはずだ。

 修繕された福ロトくんは、一瞬の神秘を失い、ランダムな数字を吐き出すだけの機械になっていた。

 神は、あそこにいた。

 あの瞬間、たしかに、福ロトくんの中から、誰かが俺を見ていた。

 都合が悪くなんてないだろう?

 数字なんて、なんだっていいんだから。たんなる数字の羅列の気味の悪さすらも受け容れられないくせに、何が多様性だ?

……と、俺は思っている。

 尻ポケットの中で、スマートフォンが震える。

「ああ、うん。ごめん。今から帰るところ。そう、卵? わかった。今、帰る。寝てて」

「ああ、彼女かあ?」

「彼氏です」

「おっ? ははは……?」

 おっさんは無精ひげを何度も何度も撫でつけた。

「あー、大学でもいくか、まァ」

 行くのかもしれない。

 ロトヘブンの数字が順番に並ぶよりはありえそうなことだ。

 俺もほんとにベルギーに行こうかな、と思ったりした。

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