第二話 不要物の去った後で
「あやさん、今日のお召し物も大変綺麗ですね。
梅雨の曇天に、一服の清涼剤のようだ。」
母に付き添われた水茶屋で、向かい合った嘉七が目を細めた。
「嘉七さまに褒めていただきたくて、一生懸命選んだのです。」
あやは口を付けていた茶碗をそっと卓に置き、小首をかしげてほほ笑んだ。
それが、一番自分を可愛く見せる仕草だと、彼女はよくわかっていた。
「……お父上は、何か申しておりませんでしたか?」
「父、ですか? 父も私の着物を褒めてくださりましたが……」
なぜ、ここで父の話が出てくるのかわからないあやは、心に浮かんだ不満を表情に出さないように苦心する。
「いえ、何もおっしゃっていないなら結構なのですが――
急に大柴氏の新事業に、多額の投資を名乗り出られたものですから、何かあったのかな、と、ちょっと気になりまして……」
「ほほほ、特にやましいことはございません。私どもは主人のすることには口出しいたしませんので、詳しいことは存じませんが――。
ただ、資金の件は、家庭内の不要物を処分したところ、思った以上の値が付いた――とでも申しましょうか。
ええ、そういうことでございます。」
あやの隣に座っていた母・さいが場違いなほど明るい声で言う。
嘉七は一瞬いぶかし気に眉をひそめたが、次の瞬間には柔らかい微笑で疑念をかき消した。
「そうですか。お金の出どころが綺麗なものであれば、私も安心できます。
ただ、大柴氏の事業は注意を払うよう、旦那様にも申し上げておいてください。」
「はぁ、わかりました……」
さいは少し困ったように、あいまいに笑って眉をしかめた。
――私が嘉七さまと交流したくてお会いしているのに、嘉七さまはお父様やお家の事ばかり……
あやは二人のやり取りを横目で見ながら、ふつふつと不満が
けれども、彼女は心のうちの憤懣を、心のままにさらけ出すような、そんな愚かな子供ではなかった。
嘉七はあやより七つも年上の大人の男だ。
こうして交流を持つたびに、話が家のことや父の事業のことにそれて、
あやと嘉七ではなく、さいと嘉七の会話になってしまうのは毎度のことだった。
――まあ、嘉七さまは婿養子に入って片岡家を継ぐのだから、お家のことが気になって当然よね。
いつの間にか、嘉七とさいの会話になってしまったその様子を、蚊帳の外から眺めながらあやは、白ういろうに楊枝を突き刺した。
その日、嘉七とはまた次に必ず、と別れたが――
次は二度とやってこなかった。
どの日が境だったか、後になっては誰も分からない。
武士の世が終わり、仕える主を失って、家はゆっくりと、でも確実に傾いてはいた。
けれどもただ一つ、決定的な転落に心当たりがあるとすれば、たぶん、姉が――りよが、片岡家を出てから間もなく、そこから始まっていたのだと、ずいぶん経ってから知った。
秘された旦那様は、目隠しの彼女を離さない ――片岡あやの顛末 じょーもん @jomon619
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