A県 県庁所在地 ▲○駅

「着いたー!」


 A県の主要駅へとやってきた御幣島みてじま沙稀さきは電車から降りると大きく伸びをした。

 軽い足どりでポニーテールにした黒髪を揺らしながら改札を出る。日光が当たるとインナーだけ染めた金髪がきらりと輝いた。


 駅前ロータリーは判で押したみたいにどこでも見かける楕円形をしていた。平日の昼間ということもあるだろうが、人の姿がまばらなところがいかにも地方都市といったところだろう。


「えっと……場所はたしか……」


 御幣島はスマートフォンの地図アプリを眺めながら、目的地を確認する。ルートのナビを表示。徒歩ならば約二十分といったところ。五月とはいえ歩いたら絶対に汗ばむ。


「でもタクシー使ったら怒られるだろうしなあ」


 彼女の頭に思い浮かぶのは編集長である鴫野しぎのの姿だった。きっと領収書を出そうものなら「そういうのは記事が採用されてからにしろ!」と低い声が返ってくるに違いない。


「いやいや! でも今回こそは記事にさせてみせるんだから!」


 決意表明をして、タクシー乗り場へとのしのしと歩く。いい記事を書けばあの堅物編集長だってタクシー代を経費にしてくれるに違いない。むしろぎゃふんと言わせて褒めさせてやるんだ。

 御幣島はそう意気込んでタクシーに乗り込むと、目的地の住所を告げた。


「すみませーん、■■■■って定食屋さんに行きたいんですけど――」


 御幣島はオカルト雑誌、月刊「怪奇」の新進気鋭のライターだった。

 だが新進気鋭というのはあくまで自称で、悲しいかなこれまで記事が採用されたことは一度もない。


『御幣島……お前が書いた今回の記事……没だ』

『そ、そんなあ! なんでですか!』

『なんでも何も、もっと書き方を勉強してこい! とにかく没だ!』


 鴫野とのそんな会話を、今まで何度くり返したことか。身長が百八十を超えて、髪もワックスでセットされた風体の男にそう言われてしまったら、さすがの御幣島も食い下がることはできなかった。


 とはいえ、御幣島も仕事に対してやる気がないわけではない。なのでこうして次なる記事のネタを見つけては、自分の足で取材にやってきたというわけだ。


「でもほんとにいるのかなあ。『AIおばあちゃん』にそっくりな人なんて」


 動画系SNSでは最近、生成AIによって作られた動画があちらこちらで投稿されていた。


 中でも話題になっていたのは――バズっていたのは、老婆が現実ではあり得ないであろう行動をおもしろおかしく実践するという動画だった。ファミレスの厨房で遊んでみたり、ライオンがいる檻の中に入ってみたり。最初に誰がやり始めたのかは定かではないが、AIによって生成された主演の老婆は今や『AIおばあちゃん』として多くの人に認識されるに至っていた。


 それだけならなんてことはない。技術の進歩はめざましい、娯楽の形も変化してきたのか、なんてありふれた感想だけで終わる。オカルト雑誌ライターの御幣島がネタにするような要素はどこにもない。

 それでも御幣島がこうしているのには、理由があった。


 ――A県に■■■■って古い定食屋があるんだけど、そこの店主が『AIおばあちゃん』にそっくりらしいんだよ。


 SNSだったか匿名掲示板だったか。そんな発言を見つけたのだ。


 もしそれが本当だとしたら、これはおもしろい記事のネタになる予感しかない。AIで生成された老婆には実はモデルがいた? あるいは動画を投稿しているのは老婆自身だったのか? 真偽はさておき、オカルト好きの興味をそそるに違いない。


「まあ、噂の投稿以外にはなんにも情報がないんだけどね」


 というわけで、真相を探るべく御幣島は東京から数時間かけてここまでやってきたというわけなのである。

 むしろ情報源がそれしかないあたりが、逆に信憑性を増しているともいえるし、取材する価値はある。御幣島はそう判断したのだが、


「……それはそれとして」


 つぶやくと同時、御幣島の腹部から力のない音が聞こえてくる。理由は明白、この取材のために、朝食を抜いてきたからだ。


「定食屋さんかあ。どんな料理があるんだろ……楽しみだなあ」


 御幣島は表情を綻ばせる。取材先では必ず美味しいものを堪能する。それが、彼女の密かな楽しみのひとつだった。

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