異世界転移して子供を産んだら捨てられました!?
神泉せい
第1話 捨てられた理由
スマホが圏外になり、道に迷ったと思ったら異世界だった十九歳。
出会って助けてくれた人に記憶喪失のフリをして、家に住まわせてもらった二十歳。
いつの間にか惹かれ合い、結婚した二十一歳。
そして彼の子供を産んだ二十二歳。
幸せの絶頂だったはずの二十三歳の私は、一方的に離婚され、子供ごと彼の家を追い出されて橋の上にいる。
なぜこんなことになっているのか、理解できない。
子供を産むまでは、上手くやっていたと思う。彼が浮気をしていたとか、子供が嫌いとかそういう感じはない。
ただ、子供を産んだ瞬間から、彼の家の使用人や医師の反応までおかしかった。産まれた子供を見て、誰との子だと私を浮気者扱いしたのだ。この世界にきて他に頼れる相手もいない私が、どうやって浮気をするのよ。
元夫の名は、アデル・アイゼンベルク。侯爵家の跡取りだ。使用人や護衛の目が常にあって、浮気どころじゃなかったわ。
とりあえず落ち着くまでタウンハウスで面倒を見てもらえたが、半年ほどで手切れ金を渡されて追い出された。子供の父親のところまで行く資金だそうだ。父親は目の前にいるのに、どんなに弁解しても、浮気疑惑は晴れなかった。
はあ……。
赤ちゃん……、男の子で名前はバルバロッサ。バルバロッサは機嫌よく笑っている。ちなみに半年でそろそろ歩きそうなくらいなのだが、この世界では普通らしい。むしろ遅いと言われたわ。
しかしこの後どうしたらいいんだろう。この子を飢えさせるわけにはいかない。
途方に暮れていても仕方ない。住む場所を探して、仕事も見つけないと。思えば、彼の家は侯爵家でとても大きく、商人が屋敷にやって来て買いものをしていた。なので、せっかくの異世界なのにほとんど屋敷の外に出ていない。
もっとこの世界をリサーチしておくんだった。
木箱のまま外で果物が売られ、テーブルには無造作に並べられた大量のアクセサリーがひしめき合い、飲みものは樽からすくって販売。服屋には大量の布が重なっていた。大雑把な売り方ねえ。日本とは全く違う光景に、逆に日本を思い出して恋しくなる。
「あーあー」
「さわっちゃダメだよ」
なんにでも手を伸ばそうとするバルバロッサをたしなめながら、市場を歩いた。
パンを買ってさらに道を進むと、人通りが少なくなってくる。
簡素な住宅街の奥にある、赤い屋根の広い家の入り口に、彫刻がしてあった。十字架の上が丸のマーク、これは確かこの国の守護神様のマークだ。
教会だわ。生活が安定するまで置いてもらえないか、頼んでみよう。
私は意を決して教会に足を踏み入れ、並んだテーブルの脇で掃除をしている女性に声をかけた。
「すみません! 私はリサといいます。実は夫から一方的に離縁され、追い出されてしまったんです。私には家も家族もなく、行く当てがありません。少しの間でもいいんで、子供と一緒に、ここに住ませていただけないでしょうか……!」
「大変なご苦労をされましたね。すぐに神官様に取り次ぎます」
女性は私を応接室に案内して、ここで待っているようにと告げた。
少しして、わずかに肩に届く長さの金髪に、青い瞳の若い神官様が姿を現した。異世界だけど北欧系だな、色がとても白く鼻筋がハッキリしている。神官様は、コンラート・クレマーと名乗った。
私が経緯を説明すると、二人とも「それは仕方ないね……」とでも言いたげな表情になった。神官様は苦笑いをして、質問をしてくる。
「記憶を失くしているのですよね? 人間なのは確かですか?」
なんだか失礼ね。どうして種族を疑われるのかしら。
「人間です、他に何に見えますか?」
「質問の仕方が悪かったですね。記憶を失っていて、どうして自分が人間だと言い切れるのでしょうか? あなたはどうも……人間でいて、人間とは異なる印象を受けるのです」
人間っぽくない……? もしかして、私が気づかないだけで、バルバロッサも人間らしくないのかしら……?
異世界転移の話なんて信じてもらえるか分からないし、転移した人間を受け入れてくれるのかも不安だった。でも、このまま黙っていても仕方がない。日本とは常識が違うのだ、記憶喪失だと言い訳しないで、本当のことを話してみようと決意した。
この子を受け入れてもらうためにも。
「……実は私は、異世界から転移してきたんです。気がついたらこの世界にいて……。お話ししていいものか判断できなかったので、私を保護してくれた元夫が、記憶がないと勘違いしたのに便乗してしまって……」
「異世界からいらしたのですね。それで、天人族や魔人族ではなく、精霊族でもなく、人間なのですか?」
ファンタジー種族が並んだ。侯爵気で種族について簡単に説明されたが、実際に見たことはない。いや、見た目はあまり変わらないらしいので、気づかないだけかな? 日本人って、そういうのに近いのかしら。
そういう種族も、異世界人扱いなのかな?
「もちろんです、人間です。元の世界にそんな種族はいませんでした。」
「では人間が、人間の子供を産んだことになりますが」
「いや普通ですよね? 人間だから人間の子供を産むんじゃ……」
目の前に産んだ子供がいるのに、質問の意図が分からない。コンラート神官は至極真面目な眼差しをしている。
状況の分かっていないバルバロッサは、無邪気に笑っている。
「赤ん坊の状態で産んだんですよ? 卵ではなく」
「卵? いや、人間は卵を産まないでしょう!」
思わず大声で訂正すると、二人は驚いた表情をした。そして顔を見合わせている。大声でビックリしたのか、泣いてしまったバルバロッサをあやしている間、二人はなにか相談していた。
そして私に向き直る。
「なるほど……、なぜあなたが子供を産むと分かっていて、人間だと主張したのか理解できました。この世界では人間同士の子供は、卵で産まれてきます」
「たまご」
思わず繰り返してしまったわ。卵なの……?
「赤ん坊として産まれるのは、先ほど述べた種族との混血など、上位種族だけ。つまり、あなたはこの世界の人間より上位種族の人間……、ということになりますね」
上位種族の人間……? 人間にも上位や下位があるなんて、考えたこともなかった。呆然とする私に、さらに説明を続ける。
「あなたの夫が自分の子だとは思わなかった理由は、お互いが人間ならば卵で産まれたはずだからです。医師も赤ん坊が産まれて驚いたことでしょう。母子ともに無事でよかったですね」
「そっか……。産科医でも卵しか知らなかったりするんだ……」
まさか。赤ん坊をとりあげた経験のない人で、焦っていたのか。そういえば専門の医師を呼べとか騒いでたわ。子供に何かあったのか、かなり不安になったのよね。
「そして上位種族の子供だと勘違いしていたので、すぐに追い出したくともできなかったのです。なにかあってそれが自分たちのせいだとなると、後が大変ですからね。最大限の譲歩のつもりだったんでしょう。自分の子を産んでくれたとも知らずに」
私が最初から異世界から転移してきたと伝えていれば、こんな辛いすれ違いはしなかったのかな。でも異世界とはいえ人間だとなると、理解してもらえなかったかも知れない。
子供が卵で産まれてくるなんて、誰も教えてくれなかった。この世界では当たり前すぎたのかな……。赤ちゃんに会わせてくれる人はいても、卵を見せてくれる人はいなかったな。
この世界について無知な私に、神官様が色々と説明してくれた。
私は人間の上位種族、この世界では「ガンダルヴァ」と呼ばれること。
卵の状態では他人に見せないので、見たことがないのも仕方ないこと。
赤ん坊は私の世界よりよほど早く成長し、子供の期間が長くなり、成人は十五歳。バルバロッサも成長は早そう。
ガンダルヴァの花嫁は、本来とても歓迎される。そして子供が卵でなく赤ん坊で産まれれば、陞爵も望めるほどの慶事だった。
そんな歓迎されるはずの子が追い出される羽目に……。
無知とは恐ろしい。私は生活の心配なんていらないはずだったの……。
「……ガンダルヴァだと告げれば、元に戻れるでしょう」
コンラート神官の言葉に、複雑な思いがした。どんなに訴えても信じてくれず、私の不貞だと捨てた夫。復縁したいかと問われると、素直に肯定はできない。それでもバルバロッサの父親だ。
「……もし私の言葉を少しでも信じてくれたとして、私がガンダルヴァだと調べることはできたんでしょうか……?」
本当にどうしようもなかったんだろうか。疑われて辛かった思いが胸を締め付ける。
「教会に問い合わせていただければ、確実に判定できました」
調べもしてくれなかったんだと思ったら、悲しくなった。私の不倫だと信じきっていたもんね……。
「やっぱりそうなんですね……」
「ハーフの私でもある程度感じ取れましたし、天人族であるわが父ならばすぐに見抜いたでしょう」
「神官様、ハーフなんですか。天人族ってどんな種族ですか?」
「真っ白い翼を持つ、神にお仕えする種族ですよ。人と子を作ると、人の世界に堕とされてしまいますが」
天使だ! じゃあ魔人族は悪魔かな。
この世界にいたら、天使に会えるんだ。すごいわ、ご利益がありそう。
「会ってみたいです!」
「父は現在、出張で天にいます。預言者として仕事をしているので、お言葉を預かりに行っています」
預言者は神様に言葉を聞きに行って、それが出張扱いなのかぁ。不思議ねえ。天から更に上の天まで行き、ヤコブのはしご待ちがあるから、一ヶ月はかかるそう。
ガンダルヴァの出現は、報告しないといけないらしい。夫の耳に入れば復縁を迫り、無理ならば子供だけでも引き取りたがるはずだと忠告された。
これからどうするか、慎重に考えないといけない。
神官様のお父さんがお帰りになるまで、教会で常識を教わりながら過ごすことになったわ。
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